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▼1月1日(木)大晦日が明け、寝ようかなと思いつつ、テレビの「朝まで生テレビ」をとうとう最後(朝の6時)まで観てしまいました。イラク派兵への各者各様の論を聞き、現実政治と理想との狭間をどう埋めていくのか、時代の流れをどう読んでいけばいいのか、自分なりの頭で考え、自分の言葉で語ることが、事の是非の前にいかに大事なことかを思いました。小林よしのりの「憲法を変えても無意味じゃないか」(正確な記憶ではないけれど)という言葉に思わず、そうだ!と共感。それにしても、姜尚中の論理は明快で快哉!何か、うまずたゆまず努力することへの確信を感じさせてくれる表現でしたね。そして、寝不足のボワンとした頭で運転し、息子たちと母の待つ病院へ。もう少し近くだったら、頻繁に行き来ができるし、母も安心するだろうにと思うが、今はその糸口が見出せない。今年は、議員・議会活動と母の事とをいかに両立させるかで明け暮れるのかもしれません。何を削って、母への時間を作るか、・・・プライベートも趣味もゼロに近づけて(元々、趣味は殆どなしって感じなのですが)やるっきゃない、というところでしょうか。

▼1月2日(金)年賀状の返信書きで丸1日費やす。公選法の規定をいいことに、年賀状を全然書かなかったので、今頃あくせくしているあほなやつ、と自分に言いながら。HP作りで時間とエネルギーを取り、9月議会の市議会報告は繰り延べたので、新年早々には絶対に発行しなくちゃ、と作業の段取りを頭で組み立てるけど、具体的には何もまだ出来ていない。あした、やろうっと。

▼1月3日(土)未明から、息子が腹痛を起こし、激痛だという。血便も出ていて、ウンウンとうなっている。救急車はいやだというので、朝まで待ち、休日診療所へ。応急的な処置をしてもらったのですが、やはり痛みは収まらず、夕方、紹介状をいただいた病院へ。6時に行って、帰りは夜の10時半。休み中でも病気や怪我は待ってくれない、特に子どもの場合は大抵そう。つくづくと待合室内を見回しました。佐藤さかえさんが12月31日の夜、お亡くなりになられ、明日の11時に荼毘にふされますというFAX。ええーっ、

▼1月4日(日)息子は痛みは取れないが、何とか寝ていられそう。佐藤さかえさんの葬儀に斎場へ。お顔を拝み、火葬を待ちました。小さな骨だけになって、戻ってきました。土屋前知事さん、坂東さんなど、県の関係の方も多く、さまざまな方たちがいらしてました。女・男(ひと・ひと)フェスタの実行委員長も務められ、とにかく行動力と毒舌には定評がありました。ひょんなことから、ご厚誼を得て、可愛がっていただきました。佐藤さかえさま、ありがとうございました。やすらかに。

▼1月5日(月)年賀状がきょう届いた中に、差出人の書いてない賀状がありました。「AHappyNewYear!2004急がしい毎日を送られていると思いますが、お体には気を付けて下さい!!今年も宜しくお願い致します。」です。どなたかわからないので、返事が出せません。このHPを見ていてくれる方だといいのですが。どうもありがとうございました。きょうも息子の病院通いにつきあいで、市の賀詞交換会も会派の会議(これは延期に)もキャンセル。病院で延々と待って、おかげで持参した日経新聞を隅から隅まで目を通し、頭がふらついてきました。日経をとり始めて数日ですが、けっこう読みでがあって面白い。

▼1月6日(火)きょうも病院へ。自治会だよりをつくって、配布。年賀状にまた名無しのゴン子さんから。誰にも年賀状をだしてないので、せめていただいた賀状には、すぐに返事を出すをモットーにした私としては、気持ちの収まりがつきません。「新年おめでとうございます。議員活動に心から敬意を表します。いま、健康第一にと台湾式足裏マッサージの特訓を受けています。年末には本場台湾に渡り、1月には台湾から来日されて、研修を続けます。2004年元旦」と、どこかで見たような字なのですが、アノ人だという方が思い浮かびません。賀状、ありごとうございました。

▼1月7日(水)車を駐車場に入れようとしたら、お世話になったご近所の方がいらしたのでご挨拶。ご主人が入院されてこれから行くのだけれど、タクシーがなかなか来ないとおっしゃる。ならばと、入院先の病院までお送りしました。何てことでしょうか。今年は元旦からきょうまでの7日間の内、病院通いの日が5日(私の病気ではないのですが)。何はなくとも健康第一と、しみじみ。家族がつつがなく暮らせることが、ホントに幸せなことなんですね。私にとってのお正月らしさは、奮発して大晦日に買った百合の花が、次々咲いてそのかぐわしさを味わったことぐらいでしょうか。

▼1月8日(木)朝、議会事務局の職員の方々へ新年のご挨拶。無所属の会の会議。勉強会とか、視察の予定を決め、岩槻との合併問題への臨む姿勢などを議論。市民への説明が圧倒的に足りないし、市民の意向確認もうやむやのまま。この状態で合併しても、わがまちを愛する「愛街心」は育つはずがないと思う。岩槻は住民投票をやったが、さいたま市は市民の関心も盛り上がっていない。合併の必然性がないからだと思いますね。

▼1月9日(金)ホームページ作りで四苦八苦。ページ立てで悩んだり、リンクがうまくいかなかったり、時間はあれあれっという間に過ぎていく。

▼1月10日(土)領寿会(老人会)の新年会。集って来られた方々は皆さん、お元気そう。健康第一、元気が一番。事務所の机の上にたまった書類の山を片付け。あっこんなところにあったんだ、という書類を発見したり、うわーっやばい、連絡してなかったという連絡メモが出てきたり。

▼1月11日(日)虹の会のもちつきで、見沼の農園へ。お雑煮もあんころもちも、めちゃおいしい。すもうやサッカーをやったりして楽しそう。広々とした見沼の畑の一角から,ぐるりと見回す。「がんばろうッ突き上げる空に~、」「ああインタナショナ~ル、われらがもの~」の歌をこの場で、みんなで歌うなんて。30年前に歌ったんだよ。いま、10代~30代の面々が、スーパーちんどんで楽器を鳴らし歌っている。私もちっちゃな太鼓を叩いて、声を張り上げて歌いました。久しぶりに。歌詞は一番しか覚えてなかったけど。時代が動いている。新しい流れが「古い歌」を蘇らせて、まったく別なやり方を現しているとしたら、私もその流れに乗って行こう。目標は変わってないのだから。人間らしく希望を持つってことだから。

▼1月12日(月)今日もいい天気で、日差しの悪い我が家もお昼頃には、陽光が入って気持ちいい。お日様の恵みとは、よく言ったもんだと思います。私の関係の新年会の打ち合わせ。

▼1月13日(火)自治会でお世話になっている方のお連れ合い(ご主人)のお通夜。寒い夜でした。新聞切抜きがまた溜まっている。でも、頭がボーッとして、やる気が出ない。洗濯機も回す気がしない。ぼんやりテレビのニュースを見ていると、小泉首相の支持率が上がったと、何で上がるのか私には解せませんね。庶民の暮らしの大変さがどこまで分かっているんだか。勝ち組み・負け組みの二極分化が進んでいるとコメンテーターが言っていたけど、自分だけは負け組みにならないと思っている人が多いのかしら?

▼1月14日(水)公民館の利用者会議で、コミュニティ関連施設の今後のあり方について、公民館から説明があったのだけど、利用者からすると、どこがどのように変わっていくのかが具体的にわからないという意見が圧倒的でした。公民館の所管が変わり、社会教育施設じゃなくコミュニティ施設で地区センターになると言われても、公民館とコミュニティとどう違うんだとの疑問には答えられないですよね(理屈はともかく)。利用の仕方、施設の運営のやり方が変わるのか、既存の公民館の再編統合があるのかどうか、こういうところが知りたいところだと思うのですが。緑色のちらし「コミュニティ関連施設の今後のあり方等について報告書に対する皆様からのご意見募集」には、集約された意見がどのように反映されるのかは書かれていない。ので、多分、意見聴取の聞き置くぐらいの位置付けなんでしょう。市民参画をいうなら、パブリックコメントがちゃんと参画に値するようにしなければ。

▼1月15日(木)母の病院へ。家に立ち寄り、仏壇にお線香。父の写真にまたお祈り。要支援から介護度2になった母の様子は、見ていてつらい。自分はもう好きなように動けないし、暮らせないんだというあきらめが、母の心の大部分を占めているようで。往復6時間かかって帰宅。病院を出たとき、夕焼けがきれいでした。空には雲が、海に浮かぶ島のように浮かび、東は夕闇の墨色、西は夕日の赤が墨色に溶け始め、朝の日の出と夕の日の入りの違いは何だろう?なんて思いつつ、車を走らせました。

▼1月16日(金)誰それさんに電話、メール、FAX、はがき、手紙、何時いつまでに原稿、報告書、作業……議員の仕事の態様は、約束事をどれだけ消化できるかにかかっているのかもしれません。夜になると、し残したものがあり、自分の時間の使い方が甘いのか、あしたやろうっと、と寝床に入るのが常です。あしたになると、次の用事が入っていて突発的に入る用事もあり、…といつも、用事をこなす追いかけごっこをしているみたいです。無所属の会の会議が2時~6時近くまで。合併協議や政治倫理に関して議論、議論で会派としての確認には時間がかかる(かな)。視察、勉強会もスケジュールに入り、手帳が埋まっていく。気合を入れてやりましょう。

▼1月17日(土)相も変わらず、市議会報告の作成で事務所詰め。B5版1枚の原稿と版下を作るのに3時間。同封のはがき両面を作るのに2時間余り。印刷しようとしたら紙がない。買い物へ。外はホント寒い。そんなこんなでもう夜の8時をとっくに過ぎています。ご近所のKさんが封筒のタックシール貼りをどんと引き受けてくれて、なおかつ、「差し入れよ」と言って、大皿にオムレツを持ってきてくれました。豚肉、にんじん、もやし、たけのこを炒めて片栗粉でとろみをつけたのが卵焼きの中に入って、できたてのあったかさで、一口食べて「おいし~い!Kさん、お料理抜群」うーん、もう少し頑張ろうかな。パソコンの調子がいまいちで、すぐ途中で「閉じる」になって、強制終了ばかりでくさっていたので、なおさら嬉しいです。ご馳走様でした。やっぱり、食べると元気になるもんです。

▼1月18日(日)世間は日曜日ですが、私は関係なく作業。友人のIさんが作業手伝いに来てくれて折りの作業。ありがとうございます。すごく助かりました。午前中は洗濯や台所の荒いものをしながら、テレビのサンデープロジェクトを横目で見て、田中康夫長野県知事の意気軒昂な話しに思わずにんまり。日本をアメリカの喜び組・喜ばせ組ですって。彼の青十字(銃を持たない義勇軍)の提案には、私も同感です。殺すな!殺されるな!です。戦争からは何も生まれない。破壊の後の建設がうまくいくとは思えません。民族、宗教のアイデンティティを奪うことは誰もできないと思うのですが。

▼1月19日(月)浦和区の北部第一社会福祉協議会・民生委員協議会の合同新年会にご案内をいただいたので、出席。新都心のホテルブリランテです。会費5000円でフルコースのご馳走で、料理の名前は不勉強で(というより食べつけてないので)わからないのですが、上品でおいしかったです。デザートのアイスクリームとケーキもおいしかった。ただ、私が小食なのか、食べきれずに残したのがもったいない。罪悪感を感じてしまいます。ごぶさたしている方がたに久しぶりにお会いできたり、社協の話などをいろいろうかがえて、ラッキーでした。いま28歳の息子が小学1年生のとき、通った学童保育のA先生、全然としをとっていなくて、「けんちゃんによろしくねッ!」と元気そのもの!先生、いまも子どもたちの世界に心身を置いているので、若いのかも。

▼1月20日(火)母の病院へ。母と妹と私の3人で、ケアハウスの見学へ行ってきました。3階建てでまだ3年しか経ってないので、中も広々、全室個室の8畳・キッチン・トイレ・洗面で当然ながら段差なし、食堂が3階にあって見晴し抜群。食事のメニューもバリエーション豊富で栄養のバランスもよさそう。食べ物ってすごく大事。そこにどれだけ気を使っているかで、その施設の姿勢がわかります。説明してくれた施設長さんもていねいに応対してくれました。定員50人に職員9人の配置、しかもその内5人は調理担当とかで、人手が足りませんと率直です。久しぶりに母娘3人で昼食をとり、幸せでした。誰もが歳をとり、身体がきかなくなるのはわかっていても、いざ自分や身内がそうなると生活をどう作り直すか、にあたふたしてしまいますね。どうしましょうか。朝、何も食べずに麦茶だけ用意して、事務所から病院へ行く私に、Tさんが急遽おにぎりを2個作って持たせてくれました。行きの車中で1個ほおばり、夜、帰りの車中で1個食べ、漬物と糸ワカメの煮物も添えてあって満足。ありがとうございました。やっぱり、買ったおにぎりより何倍もおいしい。気持ちも、おにぎりのお米粒の中に味が沁みこんでいるのかも。

▼1月21日(水)町内の駐車場の隅に消火器3本が捨てられている、危ないので、交番にも連絡し、みてもらったが、お巡りさんは持っていかないんだ、という連絡を受けて、廃棄物政策課へ電話。こういう類のものは、大崎清掃事業所の管轄だというのでそちらに電話して、収集をお願いしました。道路にあれば清掃事業所が収集するが、駐車場内だと民地なので難しいとのこと。近所の方の話だと、ずっと置いておかれたそう。誰が出したのか分かりませんが、自分の使ったものの始末は、ちゃんと自分でやらなくちゃ。誰かがその後始末をやっているのだから。どこかに出かけたときも、ごみは持ち帰るべきだと思いますね。あなた任せの暮らし方は変えないと。ごみの問題だけにとどまりません。生活者の視点て、こういうことを言うのだと思いますが…。夕方、事務所のパソコンに向かっていたら、Kさんが、じゃがいもとベーコンを炒めて周りをミニトマト、ブロッコリー、きゅうりで囲んだ、彩りのきれいな一品を「食べてね」と持ってきてくれました。おいしそう!買い物はほとんどせず、生協で注文したものがメーンの食材なので、ワンパターンになりがちです。毎日、夕飯のおかず作り(短時間で作る)に頭を悩ましている私にとって、こうした差し入れは大感謝。「からだ、気をつけて」というお気持ち、ありがたく頂戴しました。

▼1月22日(木)月1回、さいたま市消費者団体連絡会の会議を浦和コミュニティセンターの地下の消費者交流室でおこなっています。消費生活センターは市内に3ヵ所あるのですが、大宮駅のコンコース内にある消費生活総合センターが、いわゆる行政対応のセンターで、浦和と与野は相談業務だけになり、私たち消費者団体としては使いにくくなりました。今日、消団連の会議の後、大宮の職員の方と話をして、行政との協働(パートナーシップとか、コラボレーションとか言われている)についても言いましたが、分かっていただけたでしょうか。

▼1月23日(金)無所属の会の会派会議を2時間半、ばっちりやって、北浦和青少年育成会の新年会へ。お久しぶりの方々にお会いできてよかったです。すぐのご近所なのに、この頃は車で市役所へ直行が多いし、地元にいるときは事務所にこもって、こういう事(パソコンや事務作業等)ばかりに費やされているもので、なかなかお話しできません。お元気そうなお顔を見て、おしゃべりできて嬉しかったです。

▼1月24日(土)おなじみの本屋さんに頼んでおいた本を受け取りに。買うときは、読まなくちゃ!と意気込むのですが、読了がむずかしい。勉強、市政の参考にと買う本なので、~ねばならないという切羽詰った気持ちがないとどうしても後回しになりますね。本の背表紙を見てるだけで中身が分かるといいのにな。

▼1月25日(日)和楽会(元町3丁目老人会)新年会。老人会の新年会から帰って、家の中のアレコレを片付ける。少し、時間のゆとりがあって、気持ちも少し楽。それでも夕方、事務所に行き、やらねばならないことがババッと思い出してきて、あ~やっぱり今日も休みバージョンじゃないんだと、自分に言い聞かせ、パソコンに向いました。相談の予約が2件。明日から視察で、帰りが28日。北九州市、福岡市の議会運営についての視察。その前に、ちょっと予習もしておかなくちゃ。インターネットはホントに便利。でも、2市とも、いまいち、私の知りたい細かな議会の情報は載っていませんでした。いろんな市のホームページをざっと覗くと、大体、その市の姿勢みたいなものが分かるし、比較ができますね。

▼1月26日(月)視察1日目。飛行機で北九州市へ。議会運営委員会の視察なので、市議会へ直行。説明と質疑の後、議場を見せてもらう。傍聴席は車いすOK。最近(前日ぐらい?)北九州市市議会議長宅へ銃弾が打ち込まれた、とのことで、宿泊先のホテルの前にプレハブで、警察の詰め所が設置されていました。

▼1月27日(火)福岡市議会へ。136万人の政令市。2千年の歴史があると、市議会議長さんの歓迎あいさつで。確かに活気がありました。市役所は15階建てで、5~15階は行政棟と議会棟が区分けされています。議場は楕円の横広、車いすの傍聴も赤ちゃん連れの人もOK。駅から歩いて2~3分の便利さ。隣に福岡県の公園があり、川も2つ流れていて、なかなかいい雰囲気です。議員提案の条例作りも活発のようで、ピンクちらし禁止条例などが制定されたとのこと。

▼1月28日(水)飛行機に乗るちょっとの時間で、バババッとおみやげに辛子明太子を買う。昼頃、羽田へ到着。午後、議会の合併問題特別委員会を傍聴。家は、洗濯物の山と新聞、手紙類がたまっていて、げっそり。見ないようにしよう。

▼1月29日(木)合併協議会の設立総会、「八ツ場ダム等の建設に関する基本計画変更に係わる懇話会」傍聴、グリーンフィンガーズ、岸町公民館長さんからにヒアリング、またグリーンフィンガーズでノーマライズうらわの役員会と、バタバタと時間に追われながらの一日でした。それでも、役員会が夜7時ごろ終わったので、お弁当を買うことなく、夕飯をつくれてよかった。

▼1月30日(金)自治会の自治会だより№54を作成。Aさんご夫婦の相談に乗る。生活は誰も大変で、苦労してない人はほんとにまれだと思います。まじめにずうっと働いてきても、時代や社会の流れの中で人生が決められてしまう、理不尽さに私もため息。でも、自分でチャンネルを切り替えて状況対応しないと、面前の人生は進んでいかない。夕方は、武藤敏郎日銀副総裁の経済講演会へ。日本経済はゆるやかに回復だそう。今回の景気回復はバブル崩壊後3回目となり、これが本格的な回復となるかどうか。日銀は、ゼロ金利政策をとっているが、金利コントロールで物価安定をめざす、というお話し。なめらかな語り口で、興味深く聞きました。都市と地方の格差、大企業と中小企業の格差も言われてました。中小企業(非製造業)の回復が本格回復の分かれ目だとも。少子化とか、まち(自治体)との関連とかも、聞きたかったですね。勝負、競争で負けても、やり直しができる社会であれば、機会・チャンスの公平さが保たれている社会であれば、ずいぶん違うでしょう。いまの社会はまだまだ硬直化、既得権益を離さない仕組みが根強く残っている。

▼1月31日(土)朝から夕方まで、さいたま市消費生活展に参加。うらわ市民広場で「いらない!遺伝子組み換え食品」で出展。ここ数年間はずっとこのテーマ。米や小麦が実用、商品化されようとしているので、予断は許されない。除草剤耐性や殺虫成分を含んだ遺伝子組み換えの食べ物なんて、食べたくない。いまのところ、食品メーカーは、表示義務のない油やしょうゆでも「非遺伝子組み換え」表示で安全性をアピールする姿勢だが、消費者が無関心でいると、コマーシャルベースだけで販売されてしまう。消費生活展を一巡すると、知らないことがわかったり(私はIASマークが4種類になっていたのを知らなかった)して、面白いです。

▼2月1日(日)ようやく日曜日。洗濯を3回、新聞、手紙の山の片付けに着手。生協の注文書も記入。視察で使ったバッグの中をからっぽにできた。生ごみを猫の額ならぬ猫の瞼の庭に埋めて、鉢植えに水をあげて、少し自己満足。其処此処に、前に埋めた生ごみから、びわの芽が出てきている。なんとも整理のついてない小さな庭とテラスです。視察報告をこのホームページで出すつもりなのだけど、この日記をアップするだけで、きょうは終わりそう。

▼2月2日(月)寒い日でした。4日に会派で行う財政の勉強会の資料つくり。グラフが分かりやすいようにと6人分、棒グラフの区分けの色塗りに時間がかかりました。やる前は、ぬり絵だ、楽しもうと思ってとりかかったのですが、すぐに飽きてしまい、ちょっとばかばかしいかなと思いつつ、「さいたま市の財政」のコピーを冊子にしたのです。久しぶりに市役所の市民食堂でカレーライスを食べ、売店でおにぎりと本を買い、1階の福祉ショップ(授産製品販売所…いくら試行的とはいえ、もう少しネーミングにこだわってもいいと思うのですが)で手作り石けんを1個買いました。

▼2月3日(火)2月11日に行われる八ツ場ダム問題の集会の会場下見に浦和の文化センターに。180人は入れる部屋で、当日何人来るか、ちょっと不安。グリーンフィンガーズに行き、またクッキーとコート(600円、安い!)をお買い求め。いろんな人が関わるようになって、関係も解きほぐしが必要になってきた時期かもしれません。ここに通う利用者の気持ちが当然、第一ですが。夜は第一火曜会の懇親会。イラク問題について各自が、自分の意見を言ったのですが、賛成・反対がちょうど半々。日本とアメリカとの関係、日本の経済とかを、戦争はダメというところとどうリンクさせてとらえればいいのか、が分かれ目なのかなと感じました。

▼2月4日(水)10時から1時間、無所属の会で市の財政担当の職員から、財政についてのヒアリング。今年度実施した市場公募債のとき、配布した「さいたま市の財政」にもとづき、状況や意味付けなどを聴く。(本当は、新年度の予算についてをテーマにしたいのだけど、まだ言えませんと言われたので)。合併特例債の7割が交付税措置されても、不交付団体になれば交付税として来ないので特例債の借金は返さなければならないこともありうる、ということを聴き、エエーっと一同。不交付団体になるかどうかの微妙なところだそう(不交付団体になるのは、市の財政状況としては誇れるところなのだが、)。午後、会派で出した予算要望についての回答を助役応接室で、政策企画部長から伺う。明日からまた、視察。夜、バタバタと用意をして、疲れた~。

▼2月5日(木)大阪市議会へ会派で視察。正確には旧5大政令市は別格で市議会と言わず、市会というみたい。大阪市会は一般質問もなし、本会議にかける前に常任委員会にかけて、委員会に付託するかどうかを決める(事前調査とよんでいる)、開会時間は1時からが慣行、議会運営委員会は法定化されていない(議運とよばず、運営委員会と読んでいる)と、ずいぶん、ちがいます。明治22年からの歴史(人口260万人)があることを見ると、大阪独自のやり方でずっときているのかなと思います。ちなみに政務調査費は60万円、議員報酬は月額100万円だそうで、すごい!のひとこと。政務調査費には事務所費も認められている。さいたま市議会は事務所費は認められていず、私費でまかなっているので、毎月の維持は大変です。ホテルに行く前に、明日の視察先の豊中市の男女共同参画センターを見学。駅前の再開発ビルの5階・6階。3600㎡でキッズコーナーもよく配慮されていて、情報コーナーも充実されている。

▼2月6日(金)豊中市のくらしかん(消費生活センター3階建て)へ視察。豊中市は大阪市のベッドタウン、千里ニュータウンのある市。人口は一時期より減少し40万人を切ったそう。大きな団地があると必ず起こる問題で、団地の子どもが大きくなってそこで家を持てない(地価が高い)、高齢化は進むという問題。くらしかんもすばらしい建物ですが、消費者行政に力を入れていることが職員の説明でもよくわかりました。1階には喫茶コーナーがあり、障害者団体の連絡会に貸しているそう。賃料や光熱費は行政が負担。一番いいなと思ったのは、小・中・高生向けに毎年、消費者問題を教えているそうで、副読本を家庭科の先生方と作成しているとか。こういうことをずっと続けることが大切で、一人一人がきちんと判断できるようになっていくことなのだと思いますね。消費者被害はやはり、こちらも深刻、激増で、被害にあう前の取り組みが絶対必要なんです。ホームページも昨年つくったそうです。これを見ればある程度はわかります。さいたま市の消費者行政は、まだまだこれから課題が多い、という実感。午後、さいたま市に帰着。新幹線でずっと眠っていたのですが、家に着いて疲れがどっと出た感じで、いろんな用事は後回し。

▼2月7日(土)明日のそえのふみ子を支持する会の総会・新年会の準備でなんとなく落ち着かない。総会資料をコピーして綴じこんで、という作業を一人でもくもくと。いつもそうなのですが、ぎりぎりになるまでやらない性分。だめですね~。せめての救いは、当日アタフタじゃなくて前日バタバタとやっつけちゃうことでしょうか。

▼2月8日(日)午前中は、「コーヒー瀬ケ崎3丁目」という喫茶店のオープニングセレモニーに出席。喫茶店と言うよりもレストランといった方がふさわしい、広くて明るくて素敵なお店です。ゆったりとしてコーヒーを飲みながら、おしゃべりを楽しんでもらいたい、という店主の方の気持ちが出ています。駐車場も広くて20台くらいはとまれそうなので、車でぶらっというのもいいですね。午後は、総会と新年会。長年の友と、新しい方々と半々くらいの面々で、自己紹介や私の市政報告。皆さん、まじめ。類友ですね。それに、誰かに言われてとかより、自分で考えて納得して動くことを大事にしている方々かも。名誉とか、権力とか、お金とかの損得よりも、大事なものがある、ということ、そして、人と人とがつながってもたらされる力を現実のものにしていくのが、私の活動なのだということを改めて思いました。友、遠方より来る、でなつかしいお顔とおしゃべり、嬉しかったです。ご出席のみなさま、ありがとうございました。出席のご返事で、当日欠席された方々、ちょっと心配です。あとでご連絡してみます。
▼2月9日(月)浦和市長を4期つとめられた、故中川健吉氏の葬儀、告別式に。寒かった!1時間以上も寒い通路で立っていたので、身体がぞくぞくして、風邪をひきそう。私は中川市長時代は、市議ではなかったので直接の面識はありませんが、敬意を表して、焼香してきました。帰宅してお昼を食べて、ちょっと横になるつもりが夕方まで寝てしまいました。自分の身体に聞いてみると、風邪っぽいので休むべし。市役所に行く用事や事務所での作業や、連絡などやらなければならない事は山ほどあるのですが、ごめん!あした!クークーとよく眠りました。歳をとったせいか、無理がきかなくなって、その分、自分のからだの調子を自覚するようになりました。

▼2月10日(火)ある方から、浦和駅東口の再開発で、パルコが出店と聞いたが、本当か?とたずねられたので、都市局へ聞いてきました。まだ決まってないそうで、他にもいくつか希望があるとのこと。5月に公募するそうです。特定建築~制度を使って、建物の建設も企業にやってもらうのだそうで、公募の過程も明らかにします、とのことでした。夕方は同僚の議員が結婚したので、お祝いの会食。もちろん、新婦もお呼びして。早めに切り上げるつもりが、皆で盛り上がり、2次会へ。夜景がきれいなロイヤルパインズホテルの最上階のラウンジで。初めて入ったのですが、ちょうどピアノの生演奏があって、ぜいたくな時間を過ごしました。

▼2月11日(水)いまさっき、「八ツ場ダムは本当に必要か」シンポジウムが終わったところです。参加者130名で、水の問題、ダム・公共事業の問題に関心が持たれていることを感じさせられました。中村敦夫参議院議員の知名度もあったのかも。国の人口ピークは2006年、埼玉県の人口ピークは2015年。八ツ場ダムの完成予定は2010年だけど、まだ工事の進捗は延びる可能性大。水需要がピークを過ぎた頃に莫大なお金(全体で8800億円、埼玉県の負担は起債利子分も入れて1205億円)をかけて作るダムって、一体何なんだ。ブラックユーモアではすまされない。計画から52年も経つ公共事業は、ほんとに必要なのか、です。税金の無駄遣いです。誰がこれを負担するの?県民・国民です。役所は責任とらないし。

▼2月12日(木)10時から、無所属の会で地下鉄7号線(埼玉高速鉄道)のヒアリング、知れば知るほど岩槻、蓮田までの延伸に疑問が湧きます。かといって美園でストップしていていいのか、ということもあるでしょうし、どちらにしてもすごいお金が出て行くことになって、さいたま市の財政に影響を与えることは間違いない。11時から議運。17日開会の議案、会期予定、請願の急施案件についてを審議。13時から議案説明会。その後、夕方まで会派会議(予算特別委員会の資料要求項目、代表質問の項目等)でいつものごとく、あれこれあれこれ、意見を言い合う。疲れた~!

▼2月13日(金)昨夜の10時ごろから、前年度予算書と見比べてチェックしたり、決算の資料項目を見たり、財政のテキストを引っ張り出したり、予算概要を読んだりして、予算資料要求項目をとにかく書き出していって、体力の限界が明け方の午前4時。もうだめだ寝よう、としたときに、テレビで「これから寝る方、お休みなさい、お目覚めの方、おはようございます」と言ってたのが妙に納得。あと1時間もしたら、息子が起きる時間だ。無所属の会の会議(予算資料要求、代表質問内容検討)が10時から。そこで最終的に資料要求項目を決めるので、ノートパソコンも肩にかつぎ、分厚い予算関係の資料をバッグ2つに持ち、よろよろしながら議員室へ。そして、なんと今日5時が資料要求提出しめきりだと思っていたのが、昼の12時だということが分かり、エエーっ!まにあうか!?私の作成した要求項目をベースに皆でチェックしつつ、パソコン得意のD議員が入力。無所属の会の会派の特徴は、話がすぐ脇道に入り、盛り上がること。でも、今は、とにかく11時55分には、議会事務局に出さなければならない!と議論をスピードアップして、何とか項目をまとめて、しめきり時間内に提出。今朝は睡眠不足で食欲もなく、午前中は焦っていたので空腹の自覚もなかったのが、急におなかがすいてきて、お弁当をきれいに食べました。そしたら、今度は眠気が催してきて、なんてまあ、身体というのは正直にできているものでしょうか。午後は代表質問の内容討議。夕方、帰りしなに他の会派のO議員が、締め切りが5時までと思って持っていったら、過ぎているのでダメと受け付けてもらえなかった!と、嘆息。もう一つの会派の方も過ぎていたとか。とにかく初めてのことなので、ルールを正確に覚えるのに苦労します。

▼2月14日(土)看板屋さんを長年つとめてこられたKさんの告別式。とってもやさしい、良い方でした。奥さんのご挨拶に、10年間の闘病生活とありました。そんなに長く患っていたとは思ってもいませんでした。71歳はまだ早いです。選挙カーの看板も、2回つくってもらい、お世話になりました。ご冥福をお祈りします。お葬式に出るたびに、人間の生きることを考えます。いつかは死ぬのだけれど、いつかはわからない。人生設計通りにいくのかどうかも、わからない。ならば、いま、現在を精一杯、一生懸命に生きることで、明日につなげることしかできないのでは。少なくとも私は、そういう生き方です。自分の生命力の燃焼と、復元力を自分でどこまでコントロールできるか。肩ひじ張らずに、恥をかくのをいとわす、ポリシーを形にして、笑いながら、自分の人生をまっとうしていきたいとは、思っているのですが。

▼2月15日(日)今日は一度も外出せず、家の中。2月議会関係の調べ物とか、予算関係の本を読んだりとか、やるつもりでいたのだけど、なかなかスタートできずに生ごみを土に埋めたり、洗濯に精を出したり、新聞記事を切り抜いたり、関係ないことばっかり。掃除は相変わらずやらず、床の塵には目をつぶる。昔、小中学生の頃、宿題をやらなくてはならない時、鉛筆を何本も削ってそれからようやく、勉強にとりかかるのが常でした。まじめなので、やるのですが、やるまでが大変。やらねばと思うと、気が重くなり、(やり始めれば面白くやれるのに)後伸ばしにして、ぎりぎりになるまでやらない、というこの性分。直ってない。4時ごろから気合が入り始め、資料に目を通すのを主にしながら、合い間合い間に夕飯の支度を組み込む。こんな日があってもいいかも。

▼2月16日(月)午前中は、合併問題の協議会全体会、交通博物館建設促進連盟報告会と続き、午後は財政課に行って疑問点を聞いたり、住宅課にマスタープランの資料をもらいに行ったり、あっという間に時間が過ぎて帰宅。事務所に寄ったのだけどメールも開かず、6時ちょっと過ぎには帰宅。こんなに早く家に帰ると、何だか得した気分になるのは何故?明日の自民党彩生会の団会議にお邪魔して、浜岡原発の震災被害の対策を求める意見書請願のお願いをすることがプレッシャーで、夕飯の支度をしていても気分が落ち着かない。結局、原発関係の資料をひっくり返して、浜岡原発についてのものをピックアップして、要点をチェック。これが夜11時すぎまでかかって、それから環境部関係の事務事業評価表を一枚一枚、目を通す。職員の気持ちみたいなものが伝わってきて、へーッそうなんだと思ったり、なになに、条例を作るんだ、とか、興味深く読めます。

▼2月17日(火)今日から2月議会。本会議が始まる前、自民党彩政会の団会議にうかがって、中央防災会議に浜岡原発震災専門調査会の設置を求める意見書に関する請願について、意見書として通るよう、協力のお願いと説明をしました。24人の大きい会派の部屋で、皆さんの前でお話しするのにすごい緊張で、どこまで分かっていただけるように話せたか。まだ結果は分かりませんが、前向きに検討されるよう願っています。本会議が終わってから、会派会議で代表質問の内容と、常任委員会での議案外質問の項目について、またもや喧々諤々。3時には終わらせて、早く家に帰って、明日の準備をしたいという希望はまたも消えて、5時過ぎまでかかりました。でも、意見がそれぞれ違うことを前提にして、言い合うことは結果的にはいい勉強になるし、互いの切磋琢磨にもなるのだろうと思っているので、疲れるけどストレスにはなりません。明日、常任委員会(私は環境経済常任委員会)の議案外質問の通告です。明日もがんばらなくちゃ。

▼2月18日(水)議会2日目。本会議はお昼で終わり、予算特別委員会の初会合で資料要求審査。予算特別委員会(21人)の委員と、理事(各会派から一人)になりました。予算書と膨大な予算資料、関連資料を読み込むのは、正直いって気が重い。4年間の空白があるし、その間合併したし、半分くらいは1期生のようなもので、さいたま市全体の姿を自分なりに捉えることの時間不足を感じているので、予特の委員を無所属の会で選ぶとき、本当は来年あたりにやりたいと思っていたのです。結局、しぶしぶながら引き受けました。母のこともあるし、会派内で確認をしてからも、他の人に換えて、と言おうかなと迷いました。でも、無理を承知で、力不足でも予特に取り組み、市政で知らなければならないこと、判断しなければならないことを早くに吸収しよう、と決めました。どっちみち、やらなければならないことなのだから、この際、短期間で議員としての判断力を身につけようと思ったのです。予算特別委員会の審査は、3月1日から、各局別で始まります。傍聴もできます。質疑の時間は会派持ち時間制で、一人当たりでは、答弁時間も含めて約10分。短い時間をどう効果的に使うのか。分からないことを聞くのでなく、政策提案につながるような質問をするには、ある程度の中身を分かってないとできません。各担当課に出向き、説明を聴き、話をしなければならず、その時間をつくるのに四苦八苦。3月1日までにどれだけ動けるか、それが課題。

▼2月19日(木)午前に、「中央防災会議に浜岡原発震災専門調査会の設置を求める意見書に関する請願」の紹介議員になり、請願者の方に同行して提出、受理されました。請願の紹介議員は、無所属の会の私と土井議員だけで出しました。2月議会から請願の扱いが変わり、この請願は、2月議会以降の閉会中の審査の取り扱いとなります。意見書の取り扱いについては、会派で出して、全会派一致があれば議員提出議案として議会に上程されます。請願と同趣旨の意見書が通れば、請願が生きることになります。午後はグリーンフィンガーズに行き、久しぶりにみんなに会って、おしゃべり。変わりないようでよかった。ついつい、どうかな?とみんなの表情を見てしまいます。グリーンフィンガーズの店内は品物が増えて、けっこう掘り出し物もあります。ジャケットを2つ、計800円。安いです。グリーンフィンガーズも人が入れ替わったりしているけれど、オープン時からのメンバーも多いし、10代から80代の老若男女の利用者10人。このまま、ゆったりした空間を維持していってほしいな、と思います。そんな思いで、ノーマライズうらわ(グリーンフィンガーズの設置・運営母体)の役員会に出席。いくつかの懸案事項を話し合い、帰宅。夜9時をまわっていたので、今晩は手抜きで生協のお店のカツどん弁当となすの漬物。もちろん私のでなく、息子の。

▼2月20日(金)10時から会派会議で、各常任委員会に付託されている議案について検討。その間に代表質問の内容への意見とかも入り、6時半ごろまで、そんなこんなの時間が過ぎ、夜は私の関係の運営会議。議会の状況や、合併問題などを報告。合併問題については、皆情報がちゃんと入っていないし、そもそも岩槻と合併しなければならない理由があるのか、3市合併して政令市になって、例えば奨学金の申請に区役所で住民票をとり、市役所に申請で、面倒になった、という話などが出されました。確かに浦和区は市役所と区役所が一緒なので、そんなことはないけど、他の区の人にとっては不自由になったところがあるかもなと、思います。毎日、朝、家を出て、帰るのは夜遅くて、帰ればご飯の支度と洗濯で時間が過ぎて、疲労度は限界。家で予算書を読もうと思っても、なかなかできない、やらねばならないことができていないことへの焦り。議会中はホントに他のことに気を振り向けている余裕がほとんどありません。やっぱり、4年の(議員でなかった期間の)空白を埋めずに、予特の委員を引き受けたのはミスマッチかも、と弱気になっています。

▼2月21日(土)昨夜は、会議の後、このホームページの更新で、事務所を出たのが夜11時をまわってしまい、ふぅーっとため息をつきながら事務所のドアを閉めようとしたら、気がつきました。事務所の前に置いた年を越したおととしのシクラメン。ピンクの花が2つ。葉の中を見るとつぼみもいくつか。うれしい!これで疲れがとれて、るんるんと歩いて帰宅。久方ぶりに東京に行きました。自治体議会政策学会主催の勉強会「特別会計予算審議のポイントー国民健康保険・介護保険」に参加。予特の審議に参考になればと、お話を聞いてきました。高齢者の医療費増が自治体財政を圧迫していること、その対策に妙案もないことがわかりました。困る話ではあるのですが。

▼2月22日(日)何だかんだいっても、私は洗濯が好きです。たらいに洗濯板でごしごしするわけじゃなく、2槽式の洗濯機での洗濯で、自分で洗う作業を行うわけではないのですが。全自動に比べると、予洗い、本洗い、すすぎ2回とけっこうめんどくさくて、嫌なのですが、干して、たたんで、きれいになった洗濯物が好きなのかも。というわけで、きょうも予算書関係の資料類を開きながら、洗濯を3回。春のような暖かな空気に誘われ、ほんとうに久方ぶりに、息子の掛け布団と敷布団を干して、ヤッタ~!っという達成感?日曜の布団干しは貴重なチャンス。予算書を見れば見るほど、?のところが出てきて、本を引っ張りだして言葉の意味を知るところから始まり、市の財政資料関係を書類の山から捜したり、新聞切抜きを選り分けたり、ノートに書き込んだり、どうもこれは、試験勉強に似てる。すぐに飽きてきて、ちがうことをやりたい欲求が出てくるのだけど、そんな時間的余裕がないのは自分がよく知っているので、しぶしぶ机の前に座り続けるのも試験勉強と同じ。明日からの1週間は、本会議・本会議・学習会・常任委員会・常任委員会と毎日続き、その間にも、3月1日から連日始まる予算特別委員会での質問を準備(会派での話し合い・整理)しなければなりません。中央防災会議に関する意見書請願の趣旨を生かした意見書の採択に向けた努力(働きかけ)もやらねばならず、入試直前の学生と同じ心境。

▼2月23日(月)今日から2日間、代表質問の本会議。何だか、抽象的な答弁ばかりで、気抜けした感じ。質問も答弁も原稿読みなので、聴いてる方も緊張感が生まれない。自民党彩政会、公明党、共産党の大会派順で、10時から夕方まで。頭は猛烈に疲れているのだけれど、身体は座りっぱなしで運動不足。

▼2月24日(火)朝一番の代表質問は、わが会派の細川邦子さん。がんばれと拍手。質問内容、よかったと思います。午後1時半に本会議が終わったので、無所属の会のそれぞれのメンバーは、常任委員会の議案の内容調査に出向く。私は、環境経済で出ている競輪の条例改正で、担当課に行って詳しい中身をヒアリング。職員が親切に説明してくれて、資料も嫌がらずに出してくれました。行政職員が競輪の売上アップにエネルギーを注ぐということに?、大変だろうな。私を応援していただいたTさんのお通夜。みなさん、口をそろえて「いい方だったのに」と言われた方。入院されて1回お見舞いに行きましたが、その時はまだお元気そうでした。ご冥福をお祈りします。

▼2月25日(水)午前中はさいたま市消費者団体連絡会の学習会。テーマは「ごみ、環境基本計画」について。市の担当職員2名の方が講師で、お話を聴きました。ごみも環境問題も、消費者としてはすごく関心のあるところ。質疑もたくさん出て、出席者の感想も、参考になったとの声が多かったです。環境基本計画は策定されたばかりで、いま印刷製本中で、3月には目を通すことができるということです。学習会終了後、そのまま消団連の定例会議。すぐ、そのまま市役所の議員室へ直行。2時近くになっていて、お昼をたべ、会派の会議に参加。

▼2月26日(木)環境経済常任委員会。議案の質疑、討論、採決と進み、議案外の質問にも入り、きょう1日だけで当委員会は終了。他の5つの常任委員会は、きょうは議案の審査だけで終わりで、あす、討論・採決、議案外の質問らしい。環境経済は、議案も少なく、議案外質問者も3人と少ないので、2日の予定が半日で終わってしまいました。私の議案外の質問は7項目あり、他の議員から多い!といわれ、確かに執行部の答弁に時間がかかり、10分以内に終わるかどうか気がかりで、答弁内容が耳に入りませんでした。(今議会から、常任委員会で議案外の質疑ができるようになったのですが、時間制限で質問と答弁で10分以内とされたので、時間内のやりくりにエネルギーがさかれるようになった)それでも、さすがというか、答弁が時間内に終わり、他の委員からも思わず拍手が起こりました。ということは、他の委員も時間内に答弁が終わるかどうか、はらはらしていたんですね。反省。これからは、もう少し質問項目を絞って、時間の余裕が出るようにやります。

▼2月27日(金)何でこんなに日にちがたつのが早いのでしょうか。昨日で環境経済常任委員会が終わったので、今朝はゆっくりめの気分で、洗濯を2回、植木鉢に水をあげて、新聞を読んで、お昼に市役所議員室へ。昼に各会派の代表者会議があって、各会派の出した意見書案への結果が出ました。無所属の会が出していた中央防災会議関係の意見書(私と土井議員が紹介議員となっている請願と同趣旨のもの)は、全会派一致をみず、ホントに残念ながらダメでした。この件で自民党彩政会の担当になってくれた中山欽哉議員も、一生懸命取り組んでくれましたし、自民党彩政会の議員の方からも「通るかもな」と聞いていたので、正直期待もしていました。(8割方無理かも、と口では言ってましたが、もしかしたらと望みをつないでいました)でも、他の会派から反対が出たとのこと。きのう、ある程度その話を聞いたので、だめかなと思いつつも、きょうの代表者会議の結果に万が一の希望を持ったのですが、意見書採択の場合、全会派一致(交渉会派でなくても拒否権が発揮できる慣行)なので、通らなかったのです。意見書採択をめざした努力で、私がやれることは最大限やりました。原発の是非は脇に置き、100%起こると言われている東海地震の震源域の真上に立っている浜岡原発の震災事故対策を、中央防災会議の検討事項にいれてほしいという、しごく当たり前な内容なのです。…なのに、です。今回のことは、でもいろいろと勉強になりました。議員室で、夜8時まで、資料要求した予算資料(来週の月曜日から始まるのに金曜日のきょう、資料が出されるなんて!?この資料内容について執行部に聞きに行くこともできない)の読み込み。同じ予特の委員になった沢田哲夫議員もがんばって、2人で資料と格闘。おなかも空いたし、数字を見るのも限界なので、私は帰宅。どっさりと資料類を入れた3つのバッグを持ちながら、駐車場から家までの間、夜空を見ると東南の星が、私の歩きに合わせて動いているよう。不思議。真上を仰ぐと、星々がきらきらしてました。子どもの頃に見た星の数より少ないのですが、やっぱり、夜空の星を仰ぐと心が洗われる感じがします。

▼2月28日(土)今日も一日、予算関連の資料整理。自分の問題意識と予算書の項目とどう結びつけるか、なんて考えながら、各局別に整理。わが家のダイニングテーブルの上は、食卓じゃなくて机みたいになっちゃいました。私のへやのテーブルにも資料と本が重なって、ぐちゃぐちゃです。こういう時は、あたまのシャープな人がうらやましい。いまのところ、地域のこととか、いろいろな活動がほとんど取りかかれず、関係者の皆さま、ごめんなさい。H子さん、いつもありがとう!ベランダの沈丁花に少しずつつぼみが出て、花も咲き始め、洗濯物を干すときにふゎ~と香りが流れてきました。もう春になりつつある。沈丁花の花、大好き。昔、子どもの頃、家の庭に大きく繁った沈丁花の花が咲き出すと、あの甘くてきつい匂いに冬から春に変わるのを感じてました。

▼2月29日(日)日曜日ですが、午後から市役所の議員室で、明日の予特(総務)と、次の日の予特(教育市民)の質問の確認。総務は私、教育市民は沢田議員。7時くらいまでかかり、帰宅。お風呂に入り、夕食の支度をして、明日の用意にとりかかったのが10時くらい。最初の市税のところで、昨年の予算、一昨年の決算を開いたり、意味を調べたりで、ひっかかり、それから明け方の4時まで、延々質問事項の裏づけで、読み込み。箇条書きで原稿を書くのも、四苦八苦。他の人が読めば何でもない事柄を書くのに、なんと時間のかかることか。埼玉高速鉄道の検討委員会の会議録を再度読んだり、費用の額を頭に入れ込んだり、要求資料に目を再度通したり、最後まであがいてる感じ。

▼3月2日(火)予特2日目。教育市民局関係。無所属の会は、沢田哲夫議員が質疑で、私はなし。ちょっと気が楽なものの、沢田議員の初めての質問なので、隣席の私も緊張しました。予特終了は4時ごろ、奮発した握りずしのお弁当を買って大急ぎで家に帰り、夕方からの議員同士の懇親会に出席。お酒が入ると遠慮がなくなりワイワイガヤガヤ。飲みすぎました。明日は調査日で議会はないけど、次の予特の質問準備をしなければならないので、あまり飲まないようにしようと思っていたのに、なぜでしょうか、飲んでしまいました。若いときはよく飲みすぎたのですが、今はそういうこともなくなったのに。

▼3月3日(水)午前中は起きられず、寒気もして風邪っぽい。午後はそれでも、自治会の役員会があるので、やっとの思いで参加。途中で退席し、無所属の会の会議へ。環境経済局と保健福祉局の質問について打ち合わせ。森永議員が用意してくれた栄養ドリンクが効いたみたいで、何とか持ちこたえる。6時過ぎ、廃棄物政策課、環境政策課、農業政策課、経済政策課に行って、あすの質問内容について、大雑把に伝える。これから答弁の準備をするとのことで、すみません、お伝えするのが遅くなってと謝る。

▼3月4日(木)環境経済局の質疑。無所属の会は私が質問。農業政策では地産地消の推進、経済政策では産業ビジョン、環境政策では、包括外部監査指摘事項の改善結果の公表、ごみの排出抑制や環境情報のインターネットによる提供、環境基本計画などを質問。一問一答なので時間がかかり、用意していた質問の4つを残して終了。予特終了後、会派で明日の質問の確認。このところ、四六時中会派の6人で顔を合わせているみたい。7時過ぎに虹の会に行き、明日の質問の参考に支援費制度の事業所用資料をもらい、計算方法をレクチャーしてもらう。泥縄って感じ。

▼3月5日(金)明け方の3時まで保健福祉の質問作り。睡眠不足で、吐き気もして、「う~、最悪、でも行かなくちゃ」と議会へ。9じ30分過ぎに着くと、「9時ごろから、職員15人ぐらいが質問の中身について聞きたいって待っていたのよ!代わりに大体のところでヒアリングに答えといたから」と森永議員に言われ、ごめんなさい。泥縄でここまできちゃっているので、連続の2日目は、質問事項を伝えるのが間際になってしまいました。前半を沢田議員、後半を私の順番で質問。沢田議員への答弁が予測より長くなり、それがプレッシャーとなり、私はついつい、質問の度に「簡潔に答弁を」を連発してしまい、反省。答弁する職員にしてみれば、簡潔に分かりやすい質問をしろ、ということですよね。子育て支援センター、児童虐待対策事業、支援費支給事業、福祉ショップの質問、答弁のところで終了。病児保育、学童保育の家賃補助、ファミリーサポートセンター、児童養護施設などの用意をしていたのですが、残念。虹の金子さん、藤井さん、加納さんの3人が傍聴にきてくれました。金子さんと藤井さんは電動の車椅子。全員協議会室の傍聴席に入れるかなと心配しましたが、大丈夫でした。本会議場は、階段があって、車椅子はだめなんです。改修してほしいと言っているのですが、まだ時間がかかりそう。加納さんは遅くなったので一杯で、別室のモニターテレビで見たそう。ありがとう!3人の感想を聞きたいな。夕方、沢田議員や森永議員、土井議員たちと都市局関連の予算について、調べたり、議論したり。8時ごろになると、頭痛がしてきたので私は帰宅。右肩が凝った感じで腕も痛いし、疲れがどど~と溜まっている。風呂に入りながら考えました。予特の事以外、何もできず、ホントにきついのだけど、せっかく用意した質問も生きなかったりするけれど、でも、これは今後の活動にとって、プラスになるってことを。予算のすべてを分かることはできないけど、主なものを検討し、妥当性があるかどうかを判断していく作業を続けていくことは、積み重ねれば積み重ねるほど、力量がついていく。ちゃんと市民のための議員活動していくのに必要な情報と、知識と判断力を身につけていくことになるんだと。

▼3月6日(土)待ちに待った土曜日。きょうは議会はなし。少しゆっくりした気分。洗濯や台所の洗い物も終え、11時頃から3時まで、都市局関係の予算資料と首っ引き。市街地再開発とか土地区画整理事業とか都市計画とかのハードは、数字も大きいし、独特の制度、しくみなので苦手。と言っててもしようがないので、前年度予算、14年度決算行政報告書、事務事業評価表、市政概要と予算書を見比べて、??何でこんな金額になるんだ?とか、疑問点や問題意識にひっかかったところをピックアップ。パソコンのCDROMでCDの音楽を聴けるという事に、突然気がついて、ミュージックスタート。スタンダードポップス、なつかしい!夢のカリフォルニア、蒼い影、バスストップ、オネスティ…いいなあ。そういえば最近ずっと、車の運転中グレイの曲を聴く以外は、ポッポスを聴いていない。高校、大学の受験勉強はラジオのポップミュージックを聴きながらのながら族でした。心が浮き立つようなポップス曲で、数字の読み込み作業を楽しもう。

▼3月7日(日)相変わらず予特に備えたお勉強。受験勉強をやっているみたいです。議員4年間の空白期間を経て、さいたま市政全般の情報を一気に吸収という感じで、興味深く資料を読んで、面白いことは面白いです。日曜日で、緊張感がないせいかヌボーッとして、資料を読んでも頭に入らないし、お米も切れたので生協のお店に買い物。事務所の玄関前のピンクのシクラメン、花が一斉に咲き出して感激。2つも年を越してよく命を永らえてくれました。

▼3月8日(月)都市開発関係の質疑。沢田議員が予定通りに9分でぴったり質疑を終え、私にバトンタッチ。都市計画情報のHP、交通バリアフリー基本構想と駅のバリアフリー化事業、浦和駅東口再開発事業の3つで時間。一問一答方式なので、用意していた質問事項がどこまで行けるか不明。

▼3月9日(火)予特の局別審査は今日の建設局で一段階終了。私の今日の質問は、公共事業評価審査事業、住宅政策、水需給についての3点。用意しておいた道路の件は時間がなく質問せず。明日の10時までに総括質疑の質問通告書を出すことになっているので、また会派で議論。質問項目は大体共通確認して、明日までに私が作ることに。右肩が痛くて右目と頭の右側も痛い。神経的疲れだと思うけど、資料を読む気も起こらない。議会という所は、自分の考えをいかに言葉で表現するかにかかっている。自分のポリシーを常に確認しないと、よろけそうな所ではあります(抽象的な言い方ですが)。楽しいとか、仲良くとかは二の次というところでしょうか。

▼3月10日(水)予特の総括質疑の通告締め切り2分前の9時58分に、通告書を提出。どうでもいいようなことかもしれないけど、言葉の言い回しに悩み、時間だけが過ぎ、焦りまくりで、議会事務局へ。10時過ぎには、早速、質疑項目に関係するコミュニティ課や財政課、情報政策課、行政管理課の職員が来て、ヒアリングされる。でもね、こちらはきのう、会派で質問項目と簡単な内容を確認しただけなので、すぐには質問のなかみについて、お伝えできませんの。後で、内容を整理して伝えるということで、それから夕方まで質問内容を作成。それでも終わらない。家に帰ってからはパソコンで、質問原稿を作成。質疑時間は答弁を入れて11分なので、質問が5分ぐらいになるように作ったのだけど、まだ長い。

▼3月11日(木)ノートパソコンを議員室に持ち込み、9時半に議会議員室へ。同僚の沢田議員も来て、質問時間を3分30秒にするべく、原稿を切りまくるのに協力してくれました。沢田議員が委員長に扮し、私が原稿を読み上げ、彼が時間を計ってくれる。書きことばではいいけど、話し言葉では分かりにくいところを直したり、短く簡潔で正確な表現に直したりと、夕方の5時過ぎまでかかってしまった。質問原稿は余分な所を全部削って骨だけになったけど、思考も整理できました。時間も3分50秒ぐらいに圧縮。帰宅してからは、その原稿に今度は、赤字で付記をいれコメントやデータなどを入れ込む。もしかして、質問、答弁が一巡して時間が余ったら、再質問するかもしれないので、その用意。夕飯の支度をダラダラしつつ、原稿を読み直して赤を入れたり消したり。そうだ、もうひとつ(正確には3つ)原稿を作らなければならなかったんだ。総括質疑のあとに討論するのですが、その原稿も今夜中に作らなければならない。頭がパンクしそう。仕方がないのでお風呂に入り、少し気分を変えたところで、原稿作成。6日間の局別審査を振り返り、自分なりの感想を書く所からスタート。会派内で出ていた意見を入れ込んで、一般会計については何とか起承転結のスタイルになったものの、ああもう駄目、眠いし、頭の右側がまた痛み出してきた、競輪事業会計、水道事業会計の原稿は書けない、明日の朝にしよう、と就寝。

▼3月12日(金)ばんざい!予算特別委員会終了。午前中は2時間の総括質疑。私の質問は、市民との協働をどうつくっていくか。事務事業評価の生かし方。情報の提供と発信(市のHP)について。補助金・交付金の一括管理について。予算書の様式について。の5項目。市長が、市民との協働、事務事業評価、情報(HP)の3項目について答弁。補助金、予算書は財政局長が答弁。時間が少し余ったので、市民との協働では、その関係性を整理していってほしい(自治基本条例のことを言ったつもりだったのですが、分かってもらえたでしょうか)ことと、市のホームページリニューアルについては、市長がリーダーシップを発揮し、編集局体制を作ってほしいことを要望して質問を終えました。昼休み、森永議員が作ってくれた競輪と水道の討論原稿を、自分風に修正して、これでよし。午前中に、私の一般会計討論の手書き原稿を土井議員がパソコンに入力してくれたので、大助かり。午後は討論・採決。私はすべての議案に賛成。討論時間は10分以内で、時間内に終わることはわかっているので、気が楽。7分ぐらいかかりました。予特終了後、6時まで会派会議。いままでの疲れがドッと目に出たみたいで、まぶたがくっつきそう。予特の実質審査は3月1日から今日の12日まででした。長かったです。予特以外、何もできない2週間でした。買い物も銀行も郵便局にも行けず、時には夕飯の仕度もパスし、電話も極力かけず、会合は1件だけ出席で後はパスして、予算書、資料、参考書、データ類とにらみっこの日々。これはこれでなかなか楽しい。私は元々勉強好きかも。選挙のときとは違うのですが、時間の濃密性という点では重なるところがありました。おかげで、身体は動かしていないのに、1キロ弱やせた感じです。一緒に委員になった沢田議員もすごく頑張って、事務事業評価表すべてに目を通し、予算書と照らし合わせチェックし、会派の同僚議員からの助言を受けて、夜を明かして質問を作り直したりガッツでしたね。私の総括質疑の質問原稿作りのときは、お弁当を買いに行ってくれたり、私への訪問客への相手をしてくれたり、気遣ってくれました。この予算が執行され、決算書になって出てきたとき、また沢田議員と組んで、決算特別委員になって、しっかりチェックしようね、と言ってます。無味乾燥な予算書がちゃんと意味を持って、生きて出てくると思います。この日記に時に弱気を吐いたことがありました。でも、やってよかったと今は思っています。抜けてるところはあるものの、予算全体、市政全般への目、把握の仕方を身体的に身につけた感じがします。勘という形で、これから生きてくるでしょう。何が問題で、何を優先して解決しなければならないか、やることによる影響はどういうことをもたらすか、これらを裏付ける市の財政はどうか、人の問題はどうか、等々のことへの見方、対処の方法、全体把握と判断に多分、役立つのでしょう。議員活動の市民へのフィードバックという点で、これは有難いです。今までも予算書を見てはいましたが、ひとつの常任委員会枠なので相互の連関性が分からず、生きた予算把握ではなかったような気がします。何より嬉しいのは、予算が意味を持って、表現されているのを受け止められるようになったことです。

▼3月13日(土)いいお天気です。日当たりの悪い我が家も、ようやく春の陽の恩恵を受けられる季節となりました。朝から主婦業にいそしみ、息子の布団を干しシーツを洗い、洗濯を計4回やり、お昼はインスタントラーメン。卵とわかめとちくわ、しいたけを入れて、久しぶりのラーメン、おいしい!これから念願の掃除機かけ。それから溜まっている郵便物の開封整理。それから事務所に行ってメール(これも溜まっているんでしょうね)をチェック。自治会の回覧板を班長さんたちに届けて(これも遅れ気味)、生協の店に買い物。冷蔵庫ががらすきになっているので、野菜を買わなくちゃ。これで今日一日は終了でしょう。夜はボタン付けとズボンのすそ上げをやるぞ!

▼3月14日(日)きょうも春の陽射しのいい天気。気持ちがいいですね。風と光が。きのう掃除機をかけて、すこしさっぱりした室内で、今度は紙類の整理。息子からも度々「何とかしてくれ」と言われているのですが、部屋は紙のごみの山(私には玉石混交で、宝のような資料も混ざっているので、そうそう捨てられない。そうこうする内に未整理の資料が山となり、見たくないほどに)。せめて、予算特別委員会の整理だけは、忘れないうちにやった方がいいので、着手。HPに載せたり、私の市議会報告にも載せなくては。委員会の速記録をもらってあるので、それを見ながら総務関係からパソコンに入力を開始。速記録は、読み返すと本当に顔から火の出る思いの恥ずかしさ。話し言葉が簡潔じゃないし、あのが多いし、ぐちゃぐちゃと言っていて、できることなら読みたくない。一問一答方式の質疑で、原稿読み上げではないので、仕方がないといえばそうかもしれませんが。でも今後、この経験を生かすためには、ちゃんと向き合わなくては。(嫌だけど)きょうのCDは、ビートルズ。ALLMYLOVINGやIWANTTOHOLDYOURHAND、ROLLOVERBEETHOVEN、etc…何度聴いても飽きません。ビートルズの後は、ブルーハーツをかけてがんがんの気分で、入力しよう。

▼3月15日(月)中学校の卒業式に出席してきました。早咲きの桜がもう咲いていました。257名の卒業生。来賓の小学校の校長先生が、卒業生に送る言葉でおしゃっていたのは、ご自分の経験…高校を中退し、また18歳から高校をやり直していまにいたっていること。悩みや挫折があっても、自分の人生を自分でつかんでほしい…趣旨のお話でした。送る言葉では、自分を語り、そして呼びかけをする、これが大事なことだと思いました。257名の卒業生は、ほんとに皆が皆、違ってました。顔はもちろん、立つ姿勢、歩き方、うつむき方、よくここまでみんな違うもんだなぁと変な感心をしてしまいました。違って当然。大人になりかけの顔つきをしている彼らのこれからに、自分をしっかりもって歩いて行ってほしい、と心の中でエールを送りました。午後は、やっと美容院に行く時間がとれたので、髪を短くカット。染めようかなとも思ったのですが、それは次に。さっぱりしました。この美容院のセンスとうでは抜群。ちゃんと理論があるんです。いつ行っても一杯。待つのを覚悟で行かないとならないので、そうそう行けないのです。今日はラッキーでした。夕方は、自治会の役員をされていた方のお通夜。死ぬと物体になるのは、当たり前のことだけど、生きているこのときに、身体を通した考えをどこまで実践できるかを考えます。日曜日の埼玉新聞の書評欄に共感できる文章が載ってました。

▼3月16日(火)午前中は、たまりにたまった用事を一つ一つ片をつけて(それでもまだ残っていますが)、午後2時に議員室で、来客とお話。乳幼児医療費無料化の件で、近くにお出かけ。電話で、開発関係の相談を受け、開発調整課に要綱や協議基準をもらいに行って、例規集で開発関係の条例規則を調べて準備OK。来週お話にうかがいます。とうとう、やっと、携帯のメール設定にチャレンジ。2~3時間ああでもない、こうでもないとやるのだけど、森永議員にも手伝ってもらうのだけど、うまくいかず、選挙の時に携帯の使い方をレクチャーしてくれた、虹の新田さんにSOS。夜8時過ぎに介助派遣システムへお邪魔。加納さんがいたので、予特の保健福祉関係の時に傍聴に来てくれたお礼を言って、森永議員からもらった笹かま2つを分け合って食べて、私のホームパージの検索の仕方を言って、画面をみてもらう。加納さん、見てくれてるかな?新田さんが虹から来て、すばらしいですね、10分もかからないうちに私のメールアドレスを設定してくれました。ウワァと感激です。やっぱり、年齢の差なんでしょうか。感覚?センス?が違うのか、かないません。夕飯後、以前マンション問題で協力した方から、看板の大きい板とのぼりを立てるポールの重しがあるので、どこかで有効に使ってもらえないかという電話。こちらも来週うかがいます。議会が終わったら、いろいろとまたしゃかりきに動きます。

▼3月17日(水)携帯でメールができるようになって、会派の同僚議員の携帯メールアドレスを次々と入力。会議中も内職。容器包装リサイクル法の意見書請願の紹介議員になってほしいと、頼まれたのですが、そのお願いを受けたのがおととい。紹介議員になるのは、趣旨は大賛成なのでいいのですが、会派に属しているので、会議にかけて皆の了解をもらわないとなれません。6月議会までの閉会中に常任委員会の審査に付すには、きのう(議運開催の前日)の午後5時までに出さねばなりません。追加の紹介議員になれればということで、そのつもりでいました。今日の午前中に議運があり、あすの議事日程と請願表が配られました。会派の会議は午後からでした。議会事務局に紹介議員の追加ができるか確認したのですが、結局、議運が開かれた後なので無理ということでした。紹介議員を頼むには、もっと早く言ってくれればよかったのが一つ。私の反省は、こちらからも連絡をすればよかった(署名集めをやっているのは知っていたので)こと、そして会議の前にそれぞれの同僚議員に伝えて、同意を得て、代表者会議で「なるかもしれない」ことを言っておいてもらえばよかった、ということです。それから、一番の反省点は、追加の紹介議員になる場合のきちんとした確認をしておけばよかった、ということ。もう少しゆるやかな形で、追加の紹介議員になれるかもしれないと勝手に思い込んでいた部分があって、認識が甘かったです。紹介議員になるには、議運のテーブルにつけなければならない訳ですから、(理屈ではいつでも紹介議員の追加ができる、となっていても)わざわざそのために議運を開いてもらう、というのも、なかなかできないでしょう。今回の勉強でした。明日は本会議の閉会日です。長かった2月議会もようやく終了です。

▼3月18日(木)2月議会最終日。滞りなく議事日程が進み、午後の1時半前には閉会になりました。盆栽文化振興議員連盟の勉強会に出席し、すぐ、虹の会と障害福祉課との話し合いの場へ。支援費制度になって、介助の分類が、身体介護、移動介護、日常生活支援と分かれ、また時間帯によっても介護の単価が区分けされたのですが、なかなか24時間介助保障というわけにはいってないのが現実です。虹の会の重度障害者への介助は、身体介護でいうと13時間分。今年(4月から始まる)の介助時間(どのサービスを使い、どれくらいサービスが市から支給されるか)についての交渉です。3時から途中休憩をはさみ5時すぎまで話し合い。虹の会の主張は、身体介護でどれだけ昨年より上乗せできるか。言い換えると身体介護でどれだけ24時間保障に近づいていけるか、ということ。市が持ってきた案は、日常生活支援と移動介護を組み合わせれば24時間派遣が可能になる、というものでした。それでは、実際には介助派遣は24時間にならない、ので、虹としてはあくまでも身体介護を基本に介助保障の拡大を求める、ということで、市と話し合い。市からの回答は1週間後ということになりました。たしかに障害福祉課が一生懸命、介助の拡充を図ろうとしても、財源の問題がありますし、市の政策として、どれだけ障害福祉(ノーマライゼーション)に力点をおくかで、決まってしまいます。参加して、感じたことはやはり、他の部署の職員にそのこと(ノーマライゼーション~障害があっても、またどんなに重度の障害があっても、当たり前に生きていけること)をどれだけ認識してもらうか、政策の優先度を自覚してもらうかにかかっていると思いました。逆説的ですが、こういう場で率直に話し合うことで、まず、担当の職員にその気概を持ってもらうというのも大事だなと感じました。消防庁舎の会議室に、虹の会の面々が40人(?)くらい集まり、久方ぶりに皆の顔を見て嬉しかったです。

▼3月19日(金)慌しい一日でした。9時に無所属の会の議員室で集合で、大宮の盆栽村へ。盆栽文化振興議員連盟の視察です。盆栽って手間隙がかかるんだなって感心。帰りに四葉のクローバーと山野草のすみれをつい買ってしまいました。帰りに近くにある漫画会館にも寄って、見学。会派全員と他の同僚議員8人でお昼。その後、グリーンフィンガーズへ。久しぶり!売上協力で、ハイムの化粧品とスカート300円、お皿200円をお買い上げ。職員希望の方と初対面で面接。グリーンフィンガーズ自作のクッキーを作って売るために、保健所の許可がいるので、ただいま調理室を改造中。可能性をたくさん秘めているんです。夕方、急いで家に帰り夕飯の支度を30分ですませ、自治会の回覧を各役員さん宅へ。ばたばたと用事をこなし、これから私の方の「まちを創る会」の会議。

▼3月20日(土)寒い日です。雪、なごり雪なんでしょうか。午後、特定非営利活動法人法人彩星学舎という、学びの場の卒業を祝う会「デイドリーム・ビリーバー」に出席しました。どこかで聴いたようなネーミングと思ったら、モンキースの曲が式の最後に出てきたので、ああ、やっぱりと納得。式は、独特。生徒、卒業生たちがそれぞれマイクを握り、歌をうたったり、叫んだり、ダンスがあったり、その合間に卒業生の3年間の思い出が朗読される、という展開。彩星学舎の1階の教室に100人ぐらいの人が入って、中は暑いくらい。舞台に立った10代の若者たちの熱気が、こちらに伝わってきます。最後に15人の卒業生一人一人に、卒業を祝うことばと書状が贈られました。1時間半の式でしたが、音楽や身体で表現するエネルギーって、すごいなと。見ている私もつい、うるうると涙がこぼれてきました。彩星学舎には、こういうイベントの時ぐらいしか行けてないのですが、今年の春で6年目に入るとか。3年前、グリーンフィンガーズを立ち上げたとき、すぐ近くに来られた時からのお付き合いです。地域の中でバザーをやったり、タイに研修旅行に行ったり、と精力的に活動しています。「甦れ、私の自信」が、彩星学舎の看板に書かれています。

▼3月21日(日)いいお天気です。昨日の雪~雨に洗い流されて、気持ちいい春びより。母の病院へ。療養棟で3ヶ月が過ぎたので、出なければなりません。議会が終わるまで待ってもらっていたので、29日に実家近くのケアハウスへ入居です。母は血色もよく、顔の色つやは私よりも良くてホントつやつや、皺もない、ほっぺも紅をさす必要のないほど身体の中からの赤さ。見た目にはとても80歳とは思えない。だから妹も私も「もっと、気持ちをしっかりして」と叱咤激励に傾いていました。いまは、母の身体は母が一番知っているのだから、母の望むようにしようと思っています。肩の力が抜けました。一緒に暮らせれば一番いいのでしょうが…。ちょうど3時に、ホールで、看護師(婦)さんが音頭をとって、20人ぐらいのお年寄りの方たちが椅子に座りながらの体操、懐メロを10曲ぐらい皆で合唱。誰か故郷を思わざるなど、若い看護婦さん、よく覚えてリードしてました。私も一緒に参加して、体操と合唱。歌うって、身体と気持ちを開放するのでしょうね。母も楽しんでました。声を出す、表現する、何かを作る、こういうことは、人間の営みに欠かせないものだなぁと実感。昨日の、彩星学舎の若者たちの舞台もそう。帰ろうとすると、ペットのお茶とか、もらいもののお菓子を「まこちゃんにやって」と渡そうとする。言い出したら聞かないので、私はいつもその通りにします。まこちゃんは、もういい大人なのに。「けんちゃんは?」と必ず聞くし、おばあちゃん心、親心というのはいつまでたってもなくならないものです。帰りは大渋滞(行きも渋滞だったけど)で、4時間かかって夜8時過ぎに帰宅。グレイの曲をがんがんにかけて、よく飽きずに聴いているなと自分に感心しながら、そういえば、もう5年間いつも車ではグレイばかり。家ではまったく聴かないのに。そして、ようやく覚えた携帯のメール。電話とは、また違うコミュニケーションのとり方。携帯でメールしている若い人が多いのも納得。短文に自分の気持ちを入れ込むって、短歌のやりとりみたいです。

▼3月22日(月)雨の一日。ひと雨ごとに春が深まります。午後、都市計画のプランナーの方とある方を介してお話。まちづくりに必要な知識をもっと私たち市民が持つ必要があること、消費者教育、まちづくり教育、環境教育などをその分野で区切るのでなく、学校教育や公民館などの社会教育で取り上げることがこれから、ますます大事になっていることなど、自己紹介も兼ねながらおしゃべり。各区と市全体の中でどうバランスをとって、まちづくりを行なうか。縦割りから横割りへ。市民との協働の意味など、話は尽きません。夕方は、ノーマライズうらわの役員会。決算の内容や総会の日程などを決めました。グリーンフィンガーズも4年目に入り、活動も定着してきていますが、次々と課題が出てきて、それを支えるノーマライズうらわの活動ももっと知恵を絞ったものを展開していかなければとは思うのですが、時間がないのが悩みです。

▼3月23日(火)午前中は無所属の会のHPの件で、業者の方と打ち合わせ。午後はデイサービスセンターあしたばの方がみえられ、事務所のガラスにポスターを貼り、通行する人に取ってもらうチラシ入りの缶をセッティング。あしたばさんは、小規模のお年寄りのデイサービスを始めて3年。こういう小規模で家庭的な施設が街中にもっとできるといいのになと思います。夕方から、議会運営委員会の懇談会と懇親会。議会事務局の職員の方も参加されて、今年度の議会改革の感想や提案などを率直に話し合い。予特の一問一答方式をみなが評価。質問時間の設定の仕方については検討の余地ありも、大方の意見でした。今までの各常任委員会での予算の分割審査が一括審査に変わり、予算全体(課題)に対する共通認識を持てるようになったことも評価。議員もしっかりするし、執行部にも頑張ってもらわなければならない、議会と執行部の緊張関係が生まれ、互いの切磋琢磨が問われる構造になったと思います。懇親会は飲み会で、盛り上がってました。私は飲むのをセーブして、おしゃべりを楽しみました。帰宅はシンデレラでしたが。

▼3月24日(水)北浦和小学校の卒業式に出席。中学校に比べると可愛い!89名の卒業生。校長先生が式辞で、金子みすずの詩を引用していましたが、「みんなちがってみんないい」です。大きい子小さい子、カラフルなのは女の子たちの服装が私服、男の子たちもセーターありブレザーありと、思い思いの服装で(彼ら彼女らにとっては正装)、式に臨んでいたからでしょう。お父さん、お母さんたちも皆さん若い。式は型にはまっていましたが、アットホームな雰囲気でした。残念ながらまだ混合名簿になっていなくて、卒業証書授与で呼ばれる順番は男の子のブロックがまず先で、その後が女の子。順番なんてどうでもいいじゃないかと言われるますが、それなら次は変えてみてもいいと思うのですが。刷り込み効果というのは、おそろしいもので、いつもその順番だとそれが当たり前だと思ってしまう。便宜的にしているのなら、時々変えた方がいいと思いますね。そうでなければ、男の子と女の子を交互にするとか。午後、南浦和の文化センターで環境フォーラムが開催されているので、そちらへ。石原良純さんの講演は時間の関係でお聴きできなかったのですが、事例発表は面白く聴きました。企業も環境のことを考えて取り組んでいるのだなと。環境マネジメントシステムとしてのエコステージだそう。レベル1から5まで、環境経営評価・支援システムがあって、企業の社会的責任をそれで計るというものだそうです。リサイクル女性会議によるリサイクルファッションショー(リフォーム)を途中まで見て、移動。隣地に開発行為の工事が始まっているが、種々納得できないところがあるということで、相談を受け、お宅を訪問。現場を見てお話を聞いて、担当セクションに確認することに。

▼3月25日(木)昨夜は落ち込んで、ぼーっとして、息子向けの夕飯の支度も、ごそごそっとやって、「フーッ」とため息、またごそごそ。洗濯も台所の洗い物にも手をつけず、市議会報告の原稿も書く気にもなれず、加藤登紀子のCDを聴いて、…よけいブルーになり、(Revolutionという歌はすばらしいのですが)気分転換にお風呂に入りました。朝風呂も入ったので、私としては珍しく日に2回も入浴。で、今朝は元気。ふっきって、用事を片付けよう!午後、さいたま市消費者団体連絡会の定例の会議。三ヶ山の最終処分場を4月に見学にいくことに。5月は内閣府とさいたま市の共催で「消費者問題国民会議2004さいたま市大会」があるので、その協力依頼が消費生活センターからあったり、スケジュールが埋まっていきますね。市役所へ寄って用事をすませ、開発の問題で、南部都市・公園管理事務所の開発指導課へ。いろいろと親切に教えていただいたのですが、開発の関係の書類のコピーが、開発登録簿(調書)と開発等概要図以外は、情報公開請求しないとダメということで、その2つだけはコピー。1枚470円も取られ、「えっ、高いのね!」と言いましたら、「これは議会で条例で決められたんですよ」と言われ、「はい、分かりました」。3000㎡を超える開発だと、道路も6.5メートルにしなければならなかったり、公園をつくらなければならないので、全体の面積は3000を超えているが、中や脇に未利用地も入れて3000以下で申請し、それが終わったら今度は500㎡以下で建築確認だけでいいというやり方をとっているようです。(開発の許可申請は500㎡以上)。何だか、制度の網のすり抜けみたいで、おかしい。4メートルの道路でも、制度上は市道分が1.8メートルしかなかったり、90センチの市道があったり(公図上は)、いろいろあるんですね。帰りに、マンション建設問題で協力した方から、当事使ったベニヤ板や壁紙、ポールなど有効に使ってくれるところはないか、という相談があったので、立ち寄って見せていただく。「きょう、届いたのよ。夕飯まだなんでしょ、おすそ分け」と鯵のひものをいただきました。ごちそうさまです。夜は、明日の会派の会議の準備があるので、虹の会の評議委員会は欠席です。あすの障害福祉課との話し合いには、出たいと思っているのですが。会派の会議次第です。

▼3月26日(金)今週1週間はハードでしたが、ようやく何とか乗り切れました。午前中は保健愛育会のふれあい会食。私も久しぶりに参加して、包丁をにぎり、にんじんの千切りやわかめを切ったり、天ぷらしたりとお弁当作りに励みました。20数人の一人ぐらしの高齢者の方と一緒に会食する会です。お食事の前に、皆さんにご挨拶。浦高通りのバリアフリー化と、領家交番の人の配置をお話しました。この愛育会は、昨年、浦和区のコミュニティ会議に申請して補助金をいただき、お弁当の配食も始めています。午後は、会派の会議、そして虹の会の障害者福祉課との話し合いに参加。分かったのですが、さいたま市の重度障害者への介助派遣は、全国一ということ。ニーズもあり、運動として展開してきた虹の会の存在なくしてこの結果はないでしょうが、ちゃんと応えた市の対応も評価しなくちゃと思います。あまり、こういうことは知られていないかもしれませんが。それでも、虹が要求するような24時間の介助保障にはまだ遠い、身体介護で15.5時間分ということ。これは担当セクションの問題だけでなく、市全体のノーマライゼーションの政策の進め方になってくると思います。そして、急いで家に戻り、息子の夕飯の支度をしてから、細川代表のHappyBirtudayと、予特の委員(私と沢田哲夫議員)のご苦労さん会へ。おいしい会食料理、二次会はカラオケ。最後は定番の青い山脈を合唱して終わり。11時にご帰還です。

▼3月27日(土)母のいる病院へ。妹夫婦も来て、今度入居するケアハウスへ、契約と布団類の持ち込み。きょうも行きが渋滞でしたね。やっぱり片道3時間は遠い。行って帰って一日かかります。道中の畑では、菜の花がまぶしい黄色で、ウワッと咲いていました。中学生の頃の通学路の隣には、菜の花畑が一面にあって、春になると、その強いかぐわしさを吸い込んで通っていました。そのせいか、今も菜の花、大好き。もう春爛漫です。

▼3月28日(日)予定していた用事がお役ご免になり、家でたまっている片づけもの。いいお天気だとやっぱり、ふとんを干したくなるし、洗濯もしたくなる。貧乏性ですね。相変わらず2月議会の資料が片付けられずに、山と積んであるので、早いとこ報告にまとめないと、何がなにやらわからなくなります。外は気持ちのいい午後の昼下がりです。

▼3月29日(月)今朝、嬉しい電話。うれしくて気持ちルンルンで、母の病院へ。退院手続きをして、妹と母とで役場に行き、実家にも寄って、新しいケアハウスへ。気丈だけど甘ったれの母だから、こちらも何でもない風にして入居手続き。ケアマネさんから説明を聞いて、新しい部屋に。ここで母のくらしが始まる。楽しくやってくれることだけを願います。夕刻の帰り道、橋の上から見た沈みかけの夕陽、雲の流れ、夕闇の中の灯。陽はまた昇る。朝の来ない夜はない。自然の摂理のように人もまた生きていければ。私の友人のキムちゃんから昨晩、電話。娘のもこちゃんが、晴れて看護師(婦)の国家試験に合格したって。よかったね!もこちゃんは、チェルノブイリ原発事故で被曝し、甲状腺がんの手術をうけた、子どもたち10人を招いたプロジェクトがあったとき(7年前の1997年5月)、埼玉での講演会と交流会にお母さんと一緒に参加し、ウクライナとベラルーシの子どもたちと接し、このことをきっかけに、看護婦さんを目指すことになったそう。私はあの時、当時の土屋知事に、子どもたちの表敬訪問を受けてもらうために動いたんでしたっけ。知事は快く会ってくださり、子どもたちの望むもの(ハンバーガー!)をごちそうしてくださった。浦和市は市長さんじゃなくて、助役さんが応対してくれました。おきゃんで、いま風のもこちゃんだけど、素直でまっすぐな心を持っている。志の道が一つ開けたのね。おめでとう!きっと、患者さんの身になって仕事のできる看護婦さんになれるでしょう。もこちゃんもえらいけど、女手ひとつで、もこちゃんを育てあげたキムちゃんは、えらい!私も女手ひとつで、男の子二人を育てあげたからえらいかな?なんて(ちょっと言ってみたいです)。

▼3月30日(火)グリーンフィンガーズにワゴン車が寄贈されることになり、私の印鑑証明と住民票を持って、寄贈してくださる方の所へ。法人化してないので、個人の所有物の手続きになるのですが、どうも気持ちが悪いです。法人化がいいとは思っても、まだそこまでの段階になっていないので、仕方がないのですが。ともあれ、まだ1台しかワゴン車がないので、本当に助かります。ありがとうございます。きょうは10時にマンション問題で、人と会うことになっていたので、時間の調整に四苦八苦。時間を約束して、それが無理かどうかの境目の場合、追われてアセアセになる自分が嫌ですね。午後、さいたま市の産業創造財団の設立式典に出席。朝食も昼食もとれずに(おまんじゅう1個だけ)行ったので、4時まで空腹をかかえたまま。もう限界だ!何でもいいから食べようと、同じく昼食抜きだった森永議員と焼きうどんを食べ、満足。

▼3月31日(水)午前中、南部都市・公園管理事務所の開発指導課へ行って、先日の続きの話。開発協議申請書類の情報公開請求をしました。午後は、南部建設事務所の道路維持課に行って、浦高通りのバリアフリー化工事の今年の見通しを確認、寺前地下道の工事の進捗と供用開始時期の確認、そして、前々から頼まれている電柱を後退させたい件で、暮らしの道路整備事業申請用紙をもらい、次に土木管理課に行って、該当する箇所の道路台帳のコピーをもらい、次に与野区役所の税務課に行って、該当箇所の公図のコピーをもらい(と言っても両方ともタダではなく、料金を支払います、当然。)、課税台帳を閲覧しながら土地所有の確認。これで何とか、動く際の準備ができました。帰りに、久方ぶりにタバコ屋さんのおばさんの所に寄って、ご挨拶。「隣のセブンさんに立ててもらっている(私の)看板がひしゃがってるのが、気になってしようがないよ」と言われ、ごもっともです。「前から言われていたんですけど、そこを通らないと、丸々忘れてしまうもので。すみません。明日、直しにきま~す。」夜は、八ツ場ダムをストップさせる埼玉の会の会議です。

▼4月1日(木)珍しく事務所に一日いました。午前中は長い電話。午後、きのう約束した看板の付け替えをやってもらいました(私は看板を押さえていただけ)。タバコ屋のNおばさんが黒飴を差し入れてくれました。ごちそうさまです。来客。久しぶりの川上亜子さん。うらわ美術館で個展をおやりになるそう。4月14日から18日まで。テーマは「内なる聖地2004~勾玉によせて~」。ご案内のはがきの絵は淡いパステル調。勾玉の世界は、私はまったく分かりませんが、時間をとって観に行ってみようかな。

▼4月2日(金)午前中、岩槻市との合併に関する協議会が開かれ、執行部から、第7回任意協議会の報告と、合併問題検討特別委員会の報告が委員長からありました。その後、質問は?となったのですが、無しで終了。6月議会には法定協議会の設置が出されるだろうと言われています。それにしても手際のよさ。新市建設計画の素案(財政は除く)や地図までも、もう合併は本決まりみたいな感じです。岩槻市がさいたま市と合併を希望する最大要因の地下鉄7号線の延伸が、岩槻~蓮田と行かずに大宮の方にいくとしたら、あるいは美園でストップになるとしたら、岩槻はどうなのでしょう?それでもさいたま市と合併したいのか?本当に岩槻市民は合併をのぞんでいるのか?4月には、市内各区で、岩槻市との合併協議に関する市民説明会が開催される予定で、「何らかの形で」市民の意向を把握する(今までの執行部答弁)のは、5月にやって、6月2日から始まる6月議会に法定協の設置決議をあげる段取りになっているのでしょうが、市民の意向確認は一番最後というやり方になりそうです。かといって、こちら側で何か運動を展開できるかというと、3市合併の時のような切迫感もないし、力不足を痛感します。

▼4月3日(土)春びよりの午後、満開の桜です。花びらが風に乗って舞っている、午後の2時間、大宮公園サッカー場で行なわれたアルディージャとサガン鳥栖(トス)との試合を観戦してきました。サッカーは全然分かりません。サッカー議員連盟に無所属の会も入っているので、2日間の試合観戦の呼びかけがあったので、分担して見に行くことになりました。以前、浦和市議だったとき、レッズの試合を駒場で見たのが2回ぐらい。大宮公園サッカー場は、駒場より小さく、選手の表情もよく見えて臨場感を感じました。知らないとはいえ、後半になると私も声を出して、声援を送っていました。不思議な感じです。試合終了前に、アルディージャのゴールが1点入り、1対0でアルディージャが勝ちました。サガン鳥栖は佐賀だそうですが、応援団も青のユニフォームで力の入った応援をしていました。

▼4月4日(日)雨の一日です。事務所に来客。懸案のことを話し合う。組織とか運動とかでも、結局は自分がどう動くのか、どう責任をとるのかを明確にしておかないと、対応は取りきれない。実際にやれることは限られていても、全体像をとらえる意思を鍛えておかないと、判断を誤る可能性がある。人間関係のコミュニケーションのとり方は、難しいことがありますが、率直に、オープンに、前向きに、全体の中で互いの信頼感を作っていく方向性を出さなければ、組織や運動は疲弊してしまう。私の力でどれだけできるか分かりませんが、地域の中で、バリアフリーとノーマライゼーションを実践するという目的を持っている運動なのだから、そこに関わる皆が、生き生きと活動できるように努力しなければ…。やらねばならない事が、また一つ増えました。

▼4月5日(月)昨日とはうって変わって晴れ晴れの日。気持ちのいい陽を浴びていると、包容力が拡がる感じです。午前中、事務所に来客。午後、会派の議員室で、資料類の整理とコピー。レジュメの1枚が、いくら探しても出てこない。どこかに紛れているのでしょうが、謎です。森永議員に貸したシャープペンシルも行方不明だし、謎です。4月に会派で岩槻市内の産業廃棄物中間処分場を視察する件で、市の産業廃棄物課、県の東部環境管理事務所、県の廃棄物指導課と電話で問い合わせていって、結局は県のホームページをご覧くださいと言われ、アララッ、そうなんだと。事務所に帰り、hpを見たら、すごいですね。埼玉県内670施設もあって(事業所はもっと少ないけど)、プリントアウトするかどうか一瞬迷いました。今日は、お手伝いしてもらっている、H子ちゃんのHappyBirthday!ご近所のお花屋さんで、ガ-ベラと小さな白い花々の可憐な花束を作ってもらってプレゼント。深紅のチューリップが1本だけの鉢が、売れ残りだとかでいただく。ありがとうございます。事務所前に飾ります。チューリップは誕生月の花で、大好き。私の誕生日も近い(あまり嬉しくはないけど)。夜は、年4回の地元の方との飲み会です。

▼4月6日(火)午前中は電話で取り込みのお話と、自治会の会報の作成(作業中途で切り上げ)。市役所の1階に障害者施設の授産品を売る「福祉ショップ」がありますが、きょうはグリーンフィンガーズの出店日なので、顔を出しておしゃべり。グリーンフィンガーズ手作りのクッキーとパウンドケーキ、おいしいですよ。出店は11時~3時まで。売上は1万4千円になったとかで、よかったね。私もうれしいです。相談事3件。事務的に片がつく話ならいいのですが、深刻な事情や想いがそこにあると、受ける私も、事実の把握に、神経と時間を集中し、「どうしたらいいものだろうか」と悩みます。夜は、食事を兼ねた月1回の会合です。

▼4月7日(水)母のケアハウスへ。もらったテレビとテレビ台、小さいタンス、そして途中で小さな食器戸棚を買って、持っていきました。同行してくれた方によると、母は80歳なのに65歳くらいにしか見えない、と言ってました。見た目はほんとに若い。ふらつきと、手の不自由さが何とかなると、1人でも暮らせるのでしょうが…。行きと帰りの道すがら、満開の桜、桃の花、チューリップ、川沿いの土手に一面に拡がる菜の花、どれも季節を体現して、日本の春を満喫。実家の庭も手入れをしてくれる方がいて、庭の半分が畑になっています。イチゴが二畝あります。すみれやムスカリも咲いていました。帰宅後、夕方の1時間、駅前でハンドマイクで街宣。ちょうど1年前は選挙戦の真っ最中でした。アッというまに1年経った感じがします。その前の4年の苦労を、議員活動にもっと生かすようにしなければと思っています。

▼4月8日(木)午後、小学校の入学式に出席。なんてまあ、新一年生は可愛いのでしょう。男の子と女の子が手をつないで、上級生が掲げる紅白のアーチの下をトコトコと入場。両脇の保護者席は、テレビCMで使えそうなくらい、若いパパたちがずらりとビデオを片手にわが子に照準をあてています。圧巻でした。PTAの方から、「そえのさんのホームページ、見てますよ」と言われ、嬉しかったです。お気に入りに入れてくれてるそうで、ありがとうございます。中学校もご案内をいただいたのですが、時間が重なって行けませんでした。夕方からは会派の合宿。午前0時過ぎまで延々と会議。疲れますね。ホテルに泊まったのですが、いろいろと考え事をして、眠れずウトウト。3時半頃、物音で目を覚まし、もう眠れません。神経は疲れているのですが、会議で配られた参考資料を読んだり、会派のホームページのコピーをチェックしたり、自分でも不器用だなと思います。

▼4月9日(金)寝不足でボーッとしながらも、9時半から3時過ぎまで昨日の続きの会議。WithYouさいたま(県の男女共同参画推進センター)は、広々していてきれいです。企業の研修会もちらほらと行なわれ、キッズルームでは小さいお子さんとお母さんたちが何やら、楽しげに集っています。事務所に戻り、さあ溜まった作業をやりましょうか。でも、緊張が解けると眠いです。

▼4月10日(土)昨日夜8時頃まで事務所で作業し、家に帰り、さぁ夕飯の支度をとガスに火を点けようとしたら、つきません。風呂もガスストーブも、ダメ。そういえば忙しくって、引き落とし用の銀行にお金を入れてなかった、だから止められちゃったんだ、と一人合点して、電子レンジを使うことにしました。冷凍のカレーチャーハン、いんげん、はすのはさみ揚げをレンジでチン。がんもどきはだし汁でレンジで煮物、お湯もレンジで沸かしワカメスープ。あとはトマトを切って、とうふは冷奴にして、ヨーグルトを出して、できあがり。緊急用に冷凍庫に何かしら入れておくのですが、役に立ちました。いやぁ、初めて電子レンジで煮物をして、ちゃんと食べれたのには驚きました。ちなみに私は、レンジや家電製品、送電線などから出る電磁波の問題に取り組んでいる電磁波・環境もんだい埼玉ネットに関わっているので、なるべく使わないようにしているのですが、この便利さ。普及するのももっともです。でも、どんなリスクが及ぼされるか分かって使わないとね。今朝、ガス料金を払いに行くつもりで、玄関脇のガスメーターを見たら、緊急停止の赤ランプが点滅していて、止まった原因は料金未払いじゃないことがわかりました。昨晩は私は外泊で、多分、息子がガスストーブをつけっぱなしにしていたんじゃないかな、と推測です。今日もお天気で息子もいないので、ふとんを干して、昨日の分と、シーツやかけぶとんカバー、化繊ものの洗濯に精を出して、6回洗濯機を回しました。洗濯機も便利で、何かしながらできるから助かりますね。昔だったら、こんなにたくさん洗濯するなんて大仕事だったでしょう。

▼4月11日(日)イラクの人質事件の報道をテレビで見てると、朝から深刻な電話。11時から彩星学舎の入学式に出席。彩星学舎はフリースクールで、星槎国際高校という通信制高校と提携しています。来賓の挨拶というのがあって、私も一言、自己紹介と「自分の可能性の手ごたえを彩星学舎でつかんでほしい」メッセージを言いました。これからですもの。生命が何より大事です。1時からは、グリーンフィンガーズでノーマライズうらわの役員会。いろいろ課題山積です。売上貢献にまた買い物。コートやスーツなどの衣類5点で、1,300円。安いです。他の役員の方もお買い上げ。結局5時過ぎまでかかりました。それから8軒のお宅に、自治会の回覧配布。私が元締めなので、渡すのが遅れると回覧の回りも遅くなるのがプレッシャーです。その後、事務所に来客。イラクの方はどうなっているんだと気がかりです。人質釈放予定への喜びの転送メールが来ています。本当にそうなってほしい。イラクの人たちが安心して暮らせるようにするには、軍隊でなく、人道援助が何より大事で、今回人質となった方々はそういう活動をしてきている方たちです。見殺しにさせてはならないと思います。

▼4月12日(月)イラクの3人の方たち、心配です。pm8時現在、まだ解放のニュースは入っていないようです。午後は自治会の三役会議。会計報告などを検討。その後、岩槻市役所へ。明日、産廃の中間処理場と子育て支援センターを会派で視察するのですが、子育て支援センター視察の件で、担当の職員の方から事前に予定地を案内していただき、説明を受けました。帰りに岩槻市の地図と手話入門の本を買って、明日の産廃処理場の地図落しをこれからやります。手話は単語を少しずつでも覚えたいと思っていたので、背表紙が目に飛び込んできたので即購入。志木市の市議選で天田いづみさん、当選。それも2位だそうで、おめでとうございます。日頃の議員活動が、市民の方々に届いて評価されたのですね。

▼4月13日(火)昨夜は、今日視察する産廃中間処理場の一覧表作りと地図落しで、午前2時までかかり、不覚にも寝坊。集合には遅刻しませんでしたが。午前中は会派で、岩槻市の子育て支援センター建設予定地、そして7箇所の産廃処理場を見て回りました。岩槻市は広い。7割が市街化調整区域だそうで、確かに高い建物はあまりなく、畑が広がっています。だから、処理場もたくさんできるのですね。さいたま市内には1箇所しかありません。午後、開発問題で来客。これからのことを打ち合わせ。夜は、これから私の関係の会議です。

▼4月14日(水)きょうは私の誕生日です。56歳になりました。今までよく生きてこれたなぁと思います。人生、いろいろなことがありました。今も毎日、同じ日々はなく、山あり谷ありの日々です。昨年の13日は、市議選の投票日でした。14日にかかる時刻に私の当選が決まったことを、昨日のことのように思い出します。当選圏内に入っていないという予測情報の中で、よく当選できた=当選させていただいた、と感無量です。お世話になった方々や応援、協力してくださった方々には感謝してもし足りません。おかげで、現在、市民のための市政・議会をめざして、身体丸ごと、時間一杯に活動できているのですから。本当にありがとうございます。アッというまに一年が過ぎた感じがします。道半ばです。これからもガンバッ!です。

▼4月15日(木)久しぶりにブルーハーツの曲を聴きました。彼らのリズム、メロディ、メッセージ性、好きですね。チェルノブイリとか、王様は裸だ、人にやさしく、終わらない歌、青空…なんて、いいなぁ。正直で。いくつか、逡巡する気持を抱えているので、ブルーハーツのバシッ、バシッ、としたノリに背中を押されながら、HPの編集や、書類作成の作業をしています。午後、さいたま市消費者団体連絡会の定例の会議。23日の寄居町にある三カ山最終処分場(正式名称・埼玉県環境整備センター、一般廃棄物と産業廃棄物を受け入れている)の見学会の件や、総会のことなどを検討。久方ぶりに友人と再会。相変わらず元気で、鋭敏な彼女。飼っている2匹の犬の話とか、娘の話とかの近況のおしゃべりでしたが、ベースに彼女の暮らし方のポリシーがあって、こちらの言う事の意味をちゃんと受け止めてくれる。友だちはありがたいです。帰りに、腰と足を痛めて入院中のMさんのお見舞いに。ちょうどH子ちゃんとO君、Mさんの友人もきていてにぎやか。お友だちは手話でMさんと会話。私には片言の「か」ぐらいしかわからない。Mさん、早くよくなって、私たちに手話を教えてくださいね!。

▼4月16日(金)開発問題で情報公開請求していた件が開示されたので、南部都市・公園管理事務所の開発指導課へ。私に相談されてきたHさんとそこで落ち合い、開発指導課の職員の方から開示資料の説明をうかがう。工事車両の通行路や消防車の進入問題も疑問ですが、何より、一体的に開発整備するのが見え見えなのに、申請は真ん中の土地を除外して3,000㎡ギリギリで開発申請していることなど、納得のいかない点が多々あり、それを職員の方に言っても、管轄外だからという姿勢。ちょっとカチーンときて、現場(窓口)が実際の制度の不備を指摘して、行政内部で変えていく努力をしてほしいことを強調してしまいました。今更いうまでもなく、法や制度にのっとってやっていればいい、という時代ではありません。知恵を絞って、制度を不断に改善していく努力、自治体独自の制度を創る努力を行政も議会も行なわなければ…。午後は会派会議。夕方からは、岩槻市との合併問題での市民説明会(浦和区)に出席。市民の出席は35人ぐらいでした。少ないですね。関心がないのでしょうか。1時間余の説明と質疑で、中身をわかれと言われても難しい、と発言されていた方がいましたが、そうですよね。市民の意向確認については、どういう方法をとるかは検討中ということで、はっきりした回答は出ませんでした。住民投票はやる気がないとはっきり言ってましたが。朝から体調が悪く、一日のスケジュールをこなすのがやっとでした。

▼4月17日(土)朝から和光市にある理化学研究所の一般公開に、会派の視察。広い敷地です。子どもたちもたくさん来ていて、地域に定着している感じがしました。宇宙放射線研究とか、レーザーとかフロンティア研究とか、とても私の頭では理解しがたい分野です。科学や技術の進歩というのはすごいもんだ!なんていう感想しか言えないのは情けない気もしますが。午後は市役所庁舎前で行なわれているさくら草まつりをぐるっと見て、うらわ美術館の川上亜子さんの個展へ。彼女にお会いできず残念。淡い色彩で、古代の神々が勾玉の形であらわされています。私は、赤い炎が強烈な須勢理姫命(すせりひめのみこと)がいいなぁ。もしかしたら私の気性は激しいのかも。そのまま、障害者交流センターで行なわれる、きょうされん埼玉支部の総会へ。国の障害者福祉政策がガラガラと変わるかもしれない、という状況報告や、埼玉県、さいたま市の今年度の障害者福祉政策の説明が担当職員の方からありました。帰りにグリーンフィンガーズに寄って、近況報告を受けて今後の話。Yさんが一人で(グリーンフィンガーズは土曜日はお休み)エクセルで授産報告を作っているのを見ると、何だか申し訳ない思いになります。なかなか手伝えなくてごめんなさい。

▼4月18日(日)イラクでNGOの活動家の方とフリージャーナリストの方2人も解放されたとのニュース。よかった。犯行グループのメッセージ「米英はイラクの敵なので、われわれは今後も戦い続ける。日本人はイラクに来ないでほしい。われわれは友人を傷つけたくない。自衛隊にはイラクから出ていってほしい。」…考えちゃいますね。小泉さんは危険な所に行った「アンタが悪い」みたいな言い方をしているけど、危険な状態(武力による占領支配)をつくっている一方の側に加担している「アンタの責任はどうなのよ」と言いたいですね。民衆レベルで、現地の子どもたちを助けている高遠さんたちの活動は、立派だと思います。なかなかできることではありません。そのことを不問にして、心配や手数をかけたからと、高遠さんたちを非難するのは、おかど違いです。イラク侵攻・占領の最初の理由は、どこかに吹っ飛んでますね。フセインが核兵器とか大量破壊兵器を隠している云々は、こじつけにすぎなかったことが誰もが知っているのに、唯々諾々とアメリカ(ブッシュ)のいいなりになっているなんて!と、私は思うのですが、世論調査では、イラク自衛隊派遣賛成は53%、内閣支持率は55%ですって!?私は少数派なんでしょうか?悲しいです。いえ、悲しいかどうかは置いといて、今の社会の流れをちゃんと見ないと判断を誤りますね。

▼4月19日(月)政治倫理特別委員会を傍聴しました。無所属の会では、森永議員が委員外議員として議論に参加していて、その報告はそのつど聞いているのですが、委員会の議論も煮詰まってきているみたいだし、どんな雰囲気でやっているのかも知っておきたいと思って、初めて傍聴しました。政治倫理審査会の設置についてと、逮捕・拘留された議員へのとらえ方(特に議員報酬の支払い)について、各会派からの意見をそれぞれ、出し合っていました。委員長が各会派の意見を一覧としてまとめるということで、昨日の委員会は集約されたようでした。交渉会派だけでなく、すべての会派が同じテーブルで意見のすりあわせを行なうという、このやり方の方が、建設的な感じがしました。(議会運営委員会は交渉会派が正式メンバーで非交渉会派はオブザーバーということで、委員長から意見を求められないと発言できないし、採決にも加われない。議運で決をとることは滅多にはありませんが)

▼4月20日(火)長野県の動物愛護センターに会派で視察です。小諸の小高い丘の上にあります。ハローアニマルというのが通称だそうで、ここの特徴は、他の同じような名称の施設が動物の「殺処分」(嫌な言い方ですが)も行なっているのに対して、そうした行為は行なわず、あくまでも犬や猫とどう付き合うかの啓発や、保健所から来る犬や猫の避妊手術をして、トイレのしつけもして、希望者に譲渡していることだそうです。3ヶ月待ちだそうです。たくさんの犬たちの瞳を見ていると、ほんとに可愛いもんだと思います。飼っても捨てる、ということが動物たちにとっていかに残酷なことか、やってはいけないことだということを改めて認識させられました。この施設は県直営で、職員の方たちがさまざまな工夫をして、啓発につとめていることも印象的でした。絵本をつくったり、ビデオをつくったり、ボランティア180名の方々に協力してもらって、保育所、学校、高齢者施設に出向いていったり…。帰りに長野県庁に行って、行政資料コーナーで物色。長野県では情報公開について、文書管理台帳(公文書目録)の管理は、昨年から文書ファイルでなく、HP上での公開となったそうで、ほしい情報をインターネットで検索する形になったそうです。1階の知事室(ガラスばり)に田中康夫知事と職員が丸テーブルを囲んで、会議してました。ミーハ-で、「わーい」って感じでのぞいてしまいました。

▼4月21日(水)きのうに続いて、きょうは御前崎市の視察でした。夕べ、長電話やなんやかんやで、眠れず、睡眠不足。でもちゃんと予定していたように6時半に起きて、遅刻せずに行きました。なんと浜岡町は御前崎町とこの4月に合併して、御前崎市となっていました。hpで、情報を得ようとしても「工事中」というページで、よくわかりません。そして、やっぱり百聞は一見にしかず、は本当でした。「中央防災会議に浜岡原発震災専門調査会の設置を求める意見書に関する請願」の紹介議員になっているのですが、請願の討論・採決するための総務委員会が、26日に開かれるというので、急遽、議会事務局に無理を言って、視察することにしたのです。総務委員会の委員で、私と一緒に請願の紹介議員となっている土井議員も行くはずだったのですが、急用が入ったので、沢田哲夫議員と私の二人で行ってきました。浜岡原発の周囲を車でぐるりと回り、その後、御前崎市の議会事務局にお邪魔し、防災対策の資料をいただきました。そして、だめもとで担当課の生活安全課に伺いました。ちょうど課長さんがいらしてざっくばらんに、いろいろと教えていただきました。課長さんの立場は「安全を確認しながら推進」ということで、まぁ、立場としてはそうなのでしょうねぇ。生活安全課は本庁の隣の建物の1階にあり、廊下を隔てて向かいの部屋が、「経産省、原子力安全・保安院浜岡原子力保安検査官事務所、原子力防災専門官室」という、長ったらしい名前の国の職員の部屋です。専門的なことなどを聞いたり、対応なども迅速にできると、課長さんがおっしゃってました。こういう配置は他にはあまりないのだとか。事故が起きた場合、3階が国のブースに、2階が静岡県と市のブースになるということです。(起きては困るのですが…)浜岡町24,000人、御前崎町12,000人が合併し、この4月に市長選、市議選が行われたばかり。市長は前浜岡町議会議長の方が当選し、市議選は在任特例なしで16名の定数で行われたとのこと。旧浜岡町の庁舎が市役所になっています。2日続けての視察は、ちょっときついですね。私も沢田議員も、財布の中身を見ないで、朝電車に飛び乗った感じで、浜岡に着いてから残金を見て帰りのお金が足りない!どうしよう!となったのですが、何とか沢田議員のキャッシュカードが使えて一安心。帰りの新幹線では二人ともひたすら眠ってました。

▼4月22日(木)きょうも暑い一日でした。午前中、北浦和子育てサークルについて相談に乗り、お昼の食事に家に帰り、ついウトウト。電話の音が鳴ったので起こされて、ねぼけまなこでした。いま何時?ここはどこ?みたいなところで「はい、もしもし」…。嬉しい電話でした。いっぺんに目が覚めました。いろいろな方がたとの出会いがありますが、やはり、自分が自分でいられる方と出会えるのがいいですね。相手の方との前向きな関係をつくっていくには、自分自身にちゃんと向き合えなければ、自分を客観的に見れるようにしてないと、と分かってはいるのですが、なかなか難しい。迷いや悩みがあっても、決めるのは自分です。誰のせいでもない。明日に希望を託していくしか、前に進むことはできません。「陽はまた上る」をそえののキャッチフレーズにしようかしら。

▼4月23日(金)さいたま市消費者団体連絡会で、県の環境整備センター(寄居町の三ケ山最終処分場)を見学してきました。広い!97haの敷地に、一般廃棄物と産業廃棄物を埋め立てています。さいたま市からも年間6千トン弱持ち込まれています。平成元年から28年までの埋め立て計画です。あと13年ぐらいは持つ見込み。産廃を持ち込んでいる事業者は13、少ないです。職員の方の説明では、ここができるとき、地元協議で有害物質は出さない(当たり前といえば当たり前ですが)ことが条件で、持ち込み時のごみの形態も厳しく、埋め立てるよりもリサイクルにまわしても通用するぐらい細かい形状になっているから、ということでした。県内90市町村のうち、85市町村が搬入しています。年間20万トン受け入れ可能だそうで、実際には年間10万トンの搬入です。一年ごとの契約になっていて、手数料(処理費用)は1トンあたり1万7千円~1万8千円。私たちの出したごみが、広大な山林をつぶし、埋め立てられていることを、もっと多くの人に知ってもらいたいと思いました。特に、小中高生の子どもたちに目で見て、考えてほしいとおもいます。やはり、百聞は一見にしかずです。

▼4月24日(土)午前中はさいたま市障害者協議会(政令市の必置義務になっている障害者社会参加推進センターを運営、市からの受託事業を行なう団体)の準備会へ。3時間も会議で、初参加の私は疲れました。障害者団体もいろいろあって、というか、さまざまな人々が織り成していて、その中で大同団結していくことで得られるものは何か、と考えてしまいました。私は障害手帳を持っています。5級の身体障害です。午後は、マンション建設問題での打ち合わせ。夕方は業者による住民説明会。商業地域なので、法的には建てられます。今日が第一回目なので、まずは相手の出方を見るというところでしたが、建て主が代理人を立てて、自分は出てこないことに住民の方々の不信が出ました。大手のデベロッパーならまだしも、建て主の方はそこに住まわれるのですから、今後の隣近所での付き合いを考えれば、出席して挨拶するのが常識だろうとは思うのですが。お日様の恵みを商業地域は、保障されない、という現状。住民と業者の対立を民民だからと、行政が手をこまねいていていいのか。今の市の「中高層建築物の建築に係る紛争の防止及び調整に関する条例」では、住民の泣き寝入りを防ぎきれないことははっきりしています。地区計画制度でもカバーしきれない現状を、まちづくりとしてどう行なっていくのか。課題です。

▼4月25日(日)母のいるケアハウスへ。衣類やトイレットペーパー、ラジオとか頼まれたものを実家で探して持っていきました。いやぁ、母の衣装持ちなこと!ブラウスや上着類などたくさんあって、めまいを起こしそうでした。人のものを探すのにタンスの引き出しを開けるのは、いくら母のものとはいえ、あまりいい気分ではありません。庭の畑の苺が赤く色づいていたので、一個つまんで食べたら、昔食べた苺の味で懐かしかったです。きんかんの実も5~6個もぎって、「ウ~ン、やっぱり自然の味はおいしい!」。母のところからの帰りに、浦和斎場で行なわれている故帆足興之氏のお通夜へ。すごい車の列で、参列される方も大勢いらしてました。

▼4月26日(月)朝から昼まで会派会議。午後は総務委員会が開かれ、請願の討論、採決を傍聴。土井議員と私が紹介議員になっている「中央防災会議に浜岡原発震災専門調査会の設置を求める意見書に関する請願」の審査もあるので、請願者の方と一緒に傍聴しました。請願採択の賛成討論を土井議員と共産党の神田議員が行い、他の会派は討論無し。採決では、自民党彩政会、公明党は採択に反対でした。結果はわかっていたとはいえ、口惜しいですね。意見書がらみの請願は、全会一致で賛成の見通しがあれば、議員提出議案として出すという、さいたま市議会の議会運営のやり方があり、この請願については、私も自民党彩政会の団会議に出てお願いをしたり、担当の中山欽哉議員が、全会一致で通るよう、文言の修正に骨を折ってくださったりとあったのですが、本当に残念でした。夕方からはグリーンフィンガーズで、職員の方と話し合い。

▼4月27日(火)午前中は家でたまっている書類を分けたり、手紙への返事を書いたり…。何日ぶりでしょうか、午前中に家にいるって。書類の山も相変わらず減ってなくて、アッチャー、期限が過ぎている!なんてご案内も見つかったり。またその上に新しい書類が積み重ねられて…、嫌ですね。自宅と事務所と議員室と、どこに何の書類があるのか、訳わからなくなって、いつも探している状態。「後で読もう」と置いてそのまま、中途半端になっているのがいけないのですね。ここのところ、夕飯の支度がレンジ利用のものが多くて、調理という感じではないので、今晩のおかずは、久しぶりにちゃんと野菜の皮むきのところから料理しよう、と決意。

▼4月28日(水)午前中は浦和区の幹部職員と浦和区選出議員との第3回懇談会に出席。他の区ではどうなのでしょう。こういう意見交換は行なわれているのでしょうか。区民会議、コミュニティ会議が組織化されて、2年目に入るのでそれなりに体制はとれつつあるのでしょうが、まだ、行政と市民との協働という意味では、とらえ返しが必要だと思います。区のまちづくり予算、区民会議の現状や今後の展開方針等を担当の職員の方から聞くのは、すごく参考になりますね。それも他の議員と一緒の場で聞くと、それぞれの考えもわかるので面白いです。午後は八ツ場ダムをストップさせる埼玉の会の会議に途中まで出席。夕方からは久しぶりに楽しい時間を過ごしました。

▼4月29日(木)いい天気です。昨夜の飲み会で、少し飲みすぎたみたいで二日酔い気味ですが、会派の昨年度の事業報告(会派所属議員個々の一般質問・代表質問・予算特別委員会質問・常任委員会の議案外質問の項目)をまとめて、一段落。森永議員に手渡し、お茶を飲みながらおしゃべり。彼女から免疫力アップ食品を安く譲ってもらいました。きのうは、細川議員から中国土産の片仔廣クリームを森永議員と一緒にいただいたので、「私たち、元気で、美しくならなくちゃね!アッハッハッハ!?」と笑い合ってお別れ。ホント、あと10歳若かったらしみもしわも今ほどじゃなくて、いいのに。気持は若いつもりでも、身体は齢をとっていきます。元気!は自分で作り出さないと。

▼4月30日(金)自治会の監査、役員会で10時~午後2時過ぎまでかかりました。ちなみに私は副会長をやっています。自治会だよりをつくったり、回覧板を中継者の方たちに持っていったりという総務の担当です。夕方に久方ぶりに北浦和駅前で街宣。小さなハンドマイクですので、階段を降りてくる方々ぐらいにしか届かない音量で、時機に応じた話をします。きょうは、岩槻市との合併協議についてしゃべりました。今回、行政側が出してきた「岩槻市との合併協議に関する調査」の内容が、あまりに公平性に欠けるのではないかと思ったので…。調査対象が37団体で、医師会、自治会連合会、消防団、PTA協議会、農協、社協とかで、こういう団体に合併協議を進めるべきか中止するべきかを聞いてどうするんだ?市長が代表になっている団体もあります。こういう、行政がらみ、職域がらみの団体の代表者404名の方たちは、ほんとうに市民の意思を代弁できるのか?と疑問です。いくら、この調査が「各種団体の意見を問うものではなく、それぞれの立場で記入」となっていても、答えにくいでしょうし、そして、答えはある程度予想できるものかもしれません。調査のお願いの日付は4月23日付で、回答期限は4月30日という設定です。拙速です。ともあれ、街宣に行く前は緊張して、プレッシャーがあるのですが、知り合いの方にお会いしたり、目の前を通っていく方たちの雰囲気を肌で感じたり、得るものがあります。このHPは、不特定の方々へのLoveLetter(もちろん、特定の方々へのメッセージでもありますが、)でもあるのですが、街宣も同じ想いでやっています。何かのきっかけで人とつながりあい、分かり合えるというのは、素敵なことです。

▼5月1日(土)きょうはメーデーです。でももう風化しちゃってるみたいですね。今日から5日までは、世間的には祭日ですが、当然働いている方々は大勢いらっしゃるでしょうし、私も同じく、祭日は関係ありません。たまった作業をどこまでこなせるか、あれこれ予定を立ててはいても、多分終わらないだろうな。4日間は、スケジュールノートは白紙にしておきたいと思ってはいたのですが、打ち合わせとか、会議とか、印刷作業とか、お誘いとかが入ってきているし。大体、どんづまりにならないとはかどらないと言うのは、学生の時の試験勉強と同じ。しかもすぐ、ああいいなと思うことは、後先考えずにやっちゃうタイプですので、いつも後で帳尻あわせに四苦八苦。同時並行で進めている作業や活動の整理がつかないまま、突っ込んでいっちゃうので、周りの方は迷惑だと思います。先日、自民党彩政会の部屋にお邪魔したときに、受付の女性の方からいただいた、日本すみれ(大好きな花)を植え替えて、それから、掃除機をいつかけようか(掃除したくない)、ほこりとごみだらけの我が家を何とかしないと、などと取り留めない気持が湧いてくるのは、まだ日にちに余裕があるからですね

▼5月2日(日)風がちょっと冷たい春の日です。たまった郵便物の整理をしていたら、志木市議会議員の天田いづみさんからのお礼状が出てきました。この4月に志木市の市議会選挙が行われ、天田さんは3期目に挑戦。見事第2位で当選。志木市は面積9平方キロで小さく、人口も66,000人、議員定数は19名。今回23名が立候補。彼女とは農薬の空中散布反対の活動で知り合いました。教育や環境、福祉などよく活動されています。今回の彼女の手紙に「不器用な私ですが…」とあって、私も同じく不器用なもので、共感しました。コツコツと、市民の目線で、やれる範囲を一生懸命やるしかありません。有権者の方々から受けた付託を生かすことをいつも考えながら。

▼5月3日(月)午前中は自治会の総会資料作りで、他の女性二人の役員さんと作業。おしゃべりに花が咲きます。事務所がオープンなので、さみだれで、お二人が寄られて打ち合わせや連絡が済みました。地下鉄7号線(埼玉高速鉄道)の延伸問題、今後のさいたま市の財政やまちづくりとも絡んでくる問題です。岩槻市との合併問題とも関係があるのですが、どのように展開されてくるのか。6月頃には県の検討委員会の延伸部会で意見がまとまりそうとのこと。「さいたま市G区市民懇話会ニュース・百六萬朝報第拾壱号」では、埼玉高速鉄道延伸問題を取り上げています。そんなこんなで、お昼の食事をとりそこなったので、食パンにチーズをはさんで、トマトジュースでモグモグ。2時からのマンション建設問題での打ち合わせ会へ。別のマンション建設で道路がでこぼこになり、家がガタピシ揺れる件で道路維持課に行く約束を忘れていたのを思い出しました。連休明けには担当課に行き、建築指導課にも行ってこなくては。

▼5月4日(火)昨晩と今日の午前中にかけて、何通か手紙やお礼状を書いたり、送られてきた冊子類を読みつつ、居間のテーブルの上の3つの書類の山を片付け、7割がた(一つの山はまだ残っていて、そこにまたたまっていくんですね)終わって、ちょっとすっきりした気分です。すみれも植え替えたし、リサイクル封筒も3つ作ったし、掃除機はまだだけど、さぁこれから懸案の市議会報告の原稿をつくるぞ!というところです。いい加減、2月議会・予算特別委員会のまとめをしないと机の上が整理がつかない。リサイクル封筒作りは、私が13年前の浦和市議になりたての頃、いただいたリサイクル封筒でコロンブスの卵的ショックを受けて、作り始めました。それまで、封筒は買うもの、自分では作れないものと思っていたのが、なぁ~んだ自分でも作れるじゃない!と、発想の転換でした。それ以降は、いただいた封筒で比較的きれいなものは、はさみでジョキジョキ切って裏返して、はさみとカッターと糊で手作り封筒にします。手間はそんなにかかりませんが、気持のゆとりのある時じゃないと作れませんね。私のこだわりの一つです。たくさんたまりました。

▼5月5日(水)今日も祭日で連休最後の日。夕べ遅くまで市議会報告の原稿入力をやったので、寝坊して、慌ててとび起きました。10時からノーマライズうらわの役員会で、時間ギリギリにセーフ。朝の洗濯も息子の朝食も何もやらずに、でも、グリーンフィンガーズに入っていくときは、焦った顔は見せずに。昼過ぎにバタバタとスーパーでお弁当(奮発して握りずしとうどんのセット)を買って、家に直行。テーブルに置いて「また行ってくるね!」ととんぼ返りで、大宮のふれあい福祉センターで行なわれる「さいたま市障害者協議会」設立総会へ。私のお昼は、車の中でおにぎり2個と家から持ってきたトマトジュース。総会後の記念講演は、宗澤忠雄さん(埼玉大学助教授)で、市の障害者施策推進委員会(障害者プランの進行チェックをする委員会)の委員長をされている方。1時間半の講演はなかなか興味深かったです。「これからの障害者協議会に期待するもの」というお話です。「国の責任も揺らいでいる。障害者団体も障害種別に分かれているが、分断を自らつくっていてはやっていけない。今までやってきた活動・運動の経験値は役に立たない。新しい視点・新しい活動スタイルに転換していかなければ、これからの協議会の未来はない。…」というようなことを話されてました。まさにその通りだと思います。模索の時代かもしれません。階層によって学力も二極分化されている等のお話もありました。自分たちで自分たちの現在と未来をつくる、それも共生によって、つくるのだという、新しいシナリオを私たち自身がつくらなければ、本当に未来は暗いものになっていくのかもしれません。これからまた、市議会報告の原稿作りです。B5版で4頁を予定していたのが、収まらないので8頁立てになりそう。予特のテープ記録を読んでまとめているのですが、顔から火の出る思いです。自分がどんな風に議論を展開しているのかを読み直すのは嫌ですね。だから、つい報告作りを後回しにしてきたのですが。原稿無しでの一問一答の質疑の話し方、鍛えなおさないと、と痛感。

▼5月6日(木)午前中、グリーンフィンガーズへ。19歳の若いH子ちゃんが「わー!そえのさん!」と抱きついてきて、私も「久しぶり!会えてうれしいわ!」とスキンシップ。新しい職員の方を迎えてのミーティングに飛び入り参加しました。最近利用者になったNさんが楽しくて、皆を笑いの世界に誘ってくれて和気あいあいの雰囲気。私は選挙に出るまで、ここの職員でした、グリーンフィンガーズも今年の9月で丸3年になります、できることは自分でやって、お互いに助け合う中から売上を伸ばしたりするようにしよう!というようなことを言いました。ノーマライズうらわという団体がグリーンフィンガーズを支えています、総会にもみんな、出てくださいね~とも言いました。これからです。この小さな障害者のデイケア・「共同体」が地域社会で、ちゃんと存在意義を発揮していくのは。私も、できるだけのことはしようと思っています。南部建設事務所の道路維持課、建築指導課、建築審査課、南部都市・公園管理事務所の開発指導課に行って用事をすませるとお昼をとっくにまわってました。お昼は、中央区役所(旧与野市役所)の食堂で定食を食べました。クリームコロッケと春巻きといんげんの胡麻和えがついて450円。おいしかったです。市役所に行って資産報告書を議会事務局に提出。締め切りが過ぎてすみません。浦和警察で免許更新。ゴールドで5年間有効。ちょうど連絡しようと思っていた地域課の課長さんにあったので、領家交番に人が配置されたことのお礼を言いました。夕方はまたグリーンフィンガーズへ。そして、ようやく皮膚科へ。首のガサツキができて1ヶ月。診断はアトピー性皮膚炎だそう。薬で2~3日で治りますよと言われ、もっと早く来ればよかったと後悔。ようやく家に帰って、急いで夕飯の支度をして、息子を待っていたけど空振り。このおかずは明日だ。と、なにやらクタクタ。あ、そうそう夜の電話で、チラシの原案のチェックをしてFAXもしたのでした。頭がまわっていないのでしんどいですね。

▼5月7日(金)久しぶりに美容院に行ってきました。髪をメッシュに染めてカットで、すっきり。美容院の何時間かはただボーッとしている時間です。これも私にとって貴重な時間で、癒されます。不思議なもので、もう美容院に行かないと髪のまとまりが限界だというのと、心身の疲労が溜まっている時とが合致しているみたいで、他の用事はさておき、きょうは何が何でも美容院優先で髪を切るぞ!という日があります。今日がそうでした。明日からまたリフレッシュして、ガンバ!です。私は無宗教者ですが、十数年前から浦和YWCAの賛助会員になっています。何も活動、お手伝いもせず、ただ送られてくるYWCA(日本キリスト教女子青年会)の新聞を読んでいるだけです。YWCAは良心的な団体だと思います。世界的に活動しています。最近のYWCAの新聞に、パレスチナにオリーブの木を贈ろうという呼びかけがありました。3千円でオリーブ一本の木を贈ることができるそうです。(一口3千円オリーブの木一本ごとに植樹された場所の書かれた証明書が発行されます。郵便振替日本キリスト教女子青年会口座番号0170-7-23723振込用紙に「オリーブの木」と明記してください。)イスラエルがその強大な軍事力をバックにして「壁」を建設中で、アパルトヘイトウォールとも呼ばれ、パレスチナ人を事実上巨大なゲットーに押し込めるものだそうです。知りませんでした。パレスチナ人が所有するオリーブ畑も壁にさえぎられて近づけなくなり、イスラエル側に奪われたとか。パレスチナYWCAと東エルサレムYMCAが「オリーブの木キャンペーン」の活動を昨年開始。日本YWCAでもこれまでに23万円の募金が集まったのですが、キャンペーンで植えたオリーブの木が、またイスラエル軍によって倒されたとのこと(2月)。オリーブは、パレスチナの人々にとって、貴重な栄養源であり、軟膏や燃料としても使われ生計の手段になっているそうです。早くパレスチナに平和が訪れますよう。イラクもアフガンも、そうですが、日本国の外も、隣の隣でつながっており、同じ人間同士です。人々を殺傷しまちを破壊する軍事力では平和は勝ち取れない。憎しみの連鎖を生み出すだけです。

▼5月8日(土)朝から母のいるケアハウスに行き、いま戻りました。行きは、二つの大橋が大渋滞で、またきょうも夕方までには間に合わないのか?曜日を変えてウィークディじゃないと計算通りに往復できないかもと思ったのですが、帰りは何とか大渋滞はまぬがれて、間に合いました。これから、マンション建設問題の第2回住民説明会です。6時間、車を運転していたので、頭がくらくらします。母は元気そうで、散歩やカラオケなど積極的に動き始めているみたいでほっとしました。親戚も近くにけっこういて、入れ替わりで来ているみたいで、安心しました。叔父さんたちからは、早く場所を教えろと言われていたのですが、忙しさにかまけて連絡してなかったら、口伝えに伝わったみたいで、すみませんでした。明日は母の日。心配ばかりかけている娘ですが、せめてカーネーションだけでもと、鉢植えと花束のカーネーションを持って行きました。母に感謝です。

▼5月9日(日)雨の一日です。事務所にこもって、市議会報告の原稿作成に精を出しています。いまだにできあがってません。2月議会の予算特別委員会の質疑をまとめているのですが、多すぎてうんざりします。B5版でベタ打ちで10枚。これを6ページか8ページにするのに、バサバサと切ります。明日からまた出てばっかりの日が続くので、原稿作りの時間がなかなか取れないでしょうし、今日やれるところまでやっておこうとは思っているのですが。終わりそうにありません。

▼5月10日(月)雨模様の一日でしたが、朝から無所属の会の会派の市内視察です。桜区役所に集合して、児童養護施設の予定地、市民医療病院予定地、保健衛生会館予定地をぐるっと見てまわり、中央区の西北児童クラブのママズルームを見学、馬宮複合施設を見学、サイサンの様子をながめ、西区役所へ。その食堂でランチを6人で食べてから、西区の区長さん、職員の方から説明を受け、区役所内を見学。そのまま区役所の会議室をお借りして、5時まで会派の会議。帰りに動物愛護触れ合いセンター予定地を見て、終了。センター予定地近辺では、臭気があり、皆でなんだろう、この臭いは?嗅覚の敏感な犬たちがここで大丈夫なんだろうかと、心配。もう予算は通ってしまったので、何ともできないかもしれませんが、気になります。私は浦和区なので、他の区、とりわけ旧与野市や旧大宮市のエリアはよく分かりません。こういう機会に施設を見てまわると、その土地の雰囲気や、区のまちづくりの様子などが感覚的にわかり、勉強になりました。西区はさすがに緑が多いです。西区役所の隣は住都公団が区画整理をやっていて、新駅の設置も2007年だとか。これから様相も変わるのでしょうが、できれば、緑は残してほしいなぁという感想を持ちました。事務所に戻ったのは6時半過ぎ。来客ありで、いろいろと情報交換。朝、体調悪く、車で移動中、気持悪くて視察をリタイアしようかなとも思ったのですが、何とか持ちました。

▼5月11日(火)自宅の留守電に「生活のことでご相談したい、家には電話はない…」旨の伝言がはいっていたので、そちらのお宅に地図を見ながらうかがう。あいにく、お留守でしたので、名刺にメモを書いておいてきました。昨日、市役所に行けなかったので、市の障害福祉課へ。子どもの使いでグリーンフィンガーズからの書類を手渡して、課長さんとしばらくお話。障害者の雇用に関しては、環境部の方にお願いした、市役所の1階の福祉ショップももう少し店形式にしたい、これから障害者総合支援センター構想策定にとりかかる等々。課長さんとノーマライゼーションを進めていく点で一致です。福祉ショップは、グリーンフィンガーズが出店の日だったので立ち寄り、パウンドケーキとビーズの指輪2つを買って、1つを左手の薬指にはめました。午後、地区社協の総会に呼ばれているので、ちょっとおしゃれしてピンクのスーツなので、ちょうど合います。昨晩、作成した自治会だよりを自転車で配布。暑いです。夜は第一火曜会という会の食事会・懇談会です。

▼5月12日(水)昨日会えなかった相談者の方が事務所にみえられ、事情をお聞きしました。日雇いの仕事がほとんどなくなり、食べるのにも事欠いていて、足もしびれが来て歩くのが不自由とのこと。1年前に生活保護の申請を出したが、そのときは取り下げた(理由は「65歳以下の場合は生保はむずかしい」と職員に言われたことと、職探しをしてみるということで)。1ヶ月2~3日の仕事でこの半年間きていて、保険証はあるが自己負担分の医療費を払えないので医者にもいけない、友だちにいくばくかの借金をしてきたが、それももう限界で、知り合いから「そえのさんだったら、すぐ動いてくれるよ」と言われ、相談にきたということでした。種々お話を聞いて、夕方、その方と福祉事務所へ。今日の時点での申請ができました。受給されるのは約1ヵ月後ですが、これで、病院に行けます。よかったです。帰りにお礼を言われ、去年65歳以下は云々と言われた(その方は50代)のがずっと頭にあって、いままで来れなかった、というようなことを話されてました。言う側の職員は、制度上のこととして話しても、生活に困って何とかしたいと切羽詰っている人にとっては、その言葉はプレッシャーになるのでしょう。生保を受けている場合、住民税、固定資産税、国民年金保険料、上下水道料金、公立高校授業料、NHK受信料が減免になりますが、自動的になるのでなく、自分で申請しないと減免されない、申請主義をとっています。

▼5月13日(木)午後からの自治会総会準備に朝から追われました。総会出席者に配るお茶の買い物担当で、ペットボトルは高いので、缶のお茶を探したのですが、驚きました。コンビニにもスーパーにも缶飲料はコーヒー類ばかり。ドラッグストアであるだけを買い占めました。1缶60円と安かったので、得した気分です。つい、安い方に手が伸びてしまいますね。自治会費も節約しなくっちゃ。総会は、昨晩突然の懸案が入り、ちょっと心配があったのですが、滞りなく終了して、新年度のからの自治会活動が始まります。私は副会長をやってますが、小さい自治会で役員もそんなにたくさんいないので、総務担当でよろず万端という係です。健康で安全に安心して、この地域で暮らし続けていくために、自治会の役割は大きいです。皆の協力がないとやれません。自治会の「自治」という言葉本来の意味が、ちゃんと実態化していくといいと思ってます。

▼5月14日(金)午前中は政治倫理特別委員会の傍聴。午後は2時から延々7時過ぎまで、会派の会議。6月議会に向けての話や諸々で、5時間も会議!議論を尽くし、互いに刺激しあって、情報を共有できるのはいいのですが、疲れますね。議員としてやらねばならないことが、山のようにたまっているのは、みな同じでしょうが…。どこか自然の場所、川とか海とか野ッ原でぼけーっと時間を過ごせたら…、ゆっくりとした時間と空間に心身を置けたらいいなぁ、と憧れます。

▼5月15日(土)外はいい天気でした。ほんとは息子の布団干しをすればいいのですが、おっくうがって今日はパス。洗濯も1回。きのう、生協の品物を取りに行けなかったので、車でブルーハーツの曲を聴きながら受け取りに。それから、終日事務所にこもって、タックシールの宛名の確認作業。まだ重複があったり、直しがしてなかったり、をチェック。いただいた名刺もそのままだったので、ピックアップして新たにパソコンに入力。この間、ずっとこういう作業をやってなかったので、住所録ソフトの使い方を忘れてました。気が進まないので、インターネットでhpを見たりと脇見しながら、オールディーズの曲を聴きながら、孤独な作業です。名刺をひっくり返していたら、視察先へのお礼状を出していなかったことに気がついて、「ワーッやばっ!」今夜書かなくては。昨晩、「生活保護は受けたくないので、がんばってきたが、身体もきかず、仕事もそんなにできない、…」という生活相談の電話。お話を聴いていると、本当に大変だなと思います。福祉事務所にも電話したそうなのですが、説明がいまいち腑におちなかったみたいで、私に電話されたのでしょう。生保の相談は先日もありましたが、さいたま市の生活保護の受給者は、うなぎのぼりに増えています。多分、全国的にも増えているのでは?

▼5月16日(日)午後、木崎青少年育成会の総会へ。初めてのご招待で、緊張して出席しました。懇親会で、頼まれごと4件。初対面の方々でも、私の知り合いの方やお世話になっている方の名前を出されたりして、あぁ世間は狭いんだなぁと実感しました。一生懸命、仕事(活動)しなくては。こちらの育成会では、児童クラブの午前中開放事業を市から委託を受けてやっています。子どもたちが健やかに育っていけるよう、育成会の方たちが少ない予算の中でがんばっていらっしゃることがわかり、勉強になりました。懇親会を30分残して中座し、そのまま虹の会の総会へ。こちらの総会は、今回は趣向を凝らして、BePLANT(おいしいお店。埼玉大学生にはおなじみ)で開催。来た人が楽しめるよう、何よりやっている自分たちが楽しもうという感じの総会で、ロックを流し(虹の会の人たちは若い人が圧倒的に多い)、トークあり、編集ビデオあり、会費千円で、飲みながら食べながら、進行。用意された議案書は40ページ立て、規約集も50ページ立てで、その議事もしっかり組み込んでいて、相変わらずパワフルです。自分たちも含めて「変わる」がキーワードなんでしょうか。議会の、ルールにもとづいた進行と、ちょうど対極にある感じですね。私もビールを飲みたかったけど、明日のまちづくり特別委員会の準備もこれからだし、というところで残念ながら、雰囲気だけを楽しみ、9時近くにさようなら。

▼5月17日(月)午前中はまちづくり特別委員会。久しぶりの委員会開催です。見沼たんぼの将来像、セントラルパーク(仮)整備、市庁舎についてがテーマ。6月議会への中間報告ということで、執行部から資料提示・説明を受け、それぞれの委員の意見をまとめました。きのう頼まれた3件(カーブミラー設置)について、区役所の生活課に行き、依頼。午後は、自治会の役員会。終わり次第、金曜日に電話で生活相談されてきた方のお宅に伺い、お話を聞きました。頼まれごとを忘れていたので、市役所にまた行って障害福祉課と福祉総務課へ。お昼を食べてなかったので、会派の議員室でコンビニのおそばを食べ、同僚議員と6月議会への対応など、種々おしゃべり。きょうも何とかやらねばならない事は、終了というところでしょうか。私の議会報告の作成はまだだし、資料を読んだり、勉強もしたいのですが…。

▼5月18日(火)昨晩遅く、眠い頭で私専用の日記をパソコンに入力し、フロッピー保存しようとして、上書き保存に「はい」と押し、その途端「あっまちがえた!」と思ったとき、すでに遅し。今までの3か月分の私だけの日記が、消去されてしまいました。こんなことってあるんですね。嬉しかったこと、悲しかったこと、つぶやき、ぐち、…自分の感情のままに、誰にも見せずに綴った記録が消えてしまい、ちょっとショックでした。きょうは、午前中に生活保護の相談に福祉事務所に同行。明日もまた行かねばなりません。グリーンフィンガーズの出店日だったので、そこで油を売って、通る人に声かけして、パウンドケーキやクッキー、グッズなどを売って、NさんやKさんとおしゃべり。Nさんは前向きで人を楽しくさせ、Kさんは前に商売をやっていたとかで、売り上手。ビーズの指輪と携帯のストラップをまた買いました。午後は、「消費者問題国民会議2004さいたま市大会」に参加。内閣府とさいたま市の共催で、記念講演とパネルディスカッションで4時30分に終了。消費生活センターや市民局の職員あげて、準備されたみたいで、ご苦労様でした。夜は私の関係の会議です。

▼5月19日(水)生活保護の相談(申請)に同行。ボーダーでむずかしい、という職員の説明に制度上実務上で納得できても、実際にくらしの不安定さ、身体がきかないなどで、生活再建のメドが立たずに逡巡されている相談者の方からすると、どうなんだろう?と、傍で聞きながら思いました。生活保護法は憲法25条(すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。)にもとづき、生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。とあります。実際に運用する場合は、細かい規則で、いろいろ規定があります。それぞれの人のくらし方はさまざまで、抱える事情もさまざま、それに応じて行なうのですから、むずかしいですね。機械的にわりふりできる仕事ではないです。職員の方には、相談してくる市民に寄り添いながら、自立を助けるすべに頭をめぐらし、制度を運用することをのぞみたいです。

▼5月20日(木)時間刻みに追われた一日でした。会派の臨時会議を昼の1時間。消費者団体連絡会の運営会議・総会。今年度も協力し合い、消費者団体の連携を強めていきましょう。八ツ場ダムをストップさせる埼玉の会の定例の会議。国民の総負担額が9千億円にもなる、治水面からも利水面からも不要なダムです。ダム建設予定地見学会が22日あるので、その最終確認と今後の運動の展開の仕方など。夕方からは北浦和青少年育成会の総会・歓送迎会。北浦和のおなじみの方々と、お久しぶりのご挨拶です。ここで頼まれごと3件。散歩で、私の事務所脇を通っていますという方から、事務所のドアのぺんぎんのマークは何でなの?と聞かれ、「ふみ子のふがぺんぎんに似ているのと、私の歩き方がチョコチョコよちよちで、13年前の浦和市議選立候補のときに、そえののシンボルマークにしたんです」と説明。説得力はいまいちですね。深い意味はありません。

▼5月21日(金)午前中は、領家公民館の運営協議委員会の総会に出席。帰り間際に3人の方から別々に、同じ内容の頼まれごと。動かねばなりません。6月議会前に動けるかな?会派の会議が2時30分から5時過ぎまで。6月議会で、常任委員会や特別委員会、議会運営委員会、議会広報委員会、農業委員会などが変わるので、その割り当てなど、人事の話。今年度の議会での発言(一般質問、代表質問、決算特別委員会、予算特別委員会)の大雑把な割り振り。岩槻市との合併協議はほとんどすり合わせが終わり、きのうの合併問題調査特別委員会で、新市建設計画に組み込む財政計画が出て、6月議会には法定協の設置の議案が出される予定。来年の4月1日に合併だと、岩槻市はそれまでに市議会議員の選挙をして、27名から7名にして合併以降の「岩槻区」選出議員を決める。合併の在任特例でさいたま市の議員数は、法定の64名から71名になる(平成19年の改選まで、その後は決まっていない)という見通し。…などなど、会議をすると、普段あまり使ってない頭の機能を稼動させるためか、疲れます。でも会議バージョンの表現方法は、鍛えなければと思っているのでやむをえません。夕方、会派のHPの件で業者の方と打ち合わせ。無所属の会のホームページ正式立ち上げが、延び延びになっていたのですが、6月にはアクセスしやすいようになるでしょう。但し、内容的にはまだ準備不足で、おいおい作っていくしかありませんが。明日は、八ツ場ダム建設予定地の現場を見てきます。

▼5月22日(土)むだな公共事業として言われている八ツ場ダム建設予定地に行ってきました。群馬県議会議員の伊藤祐司さんが案内してくださいました。バスの中で、伊藤さんからレクチャー。浅間山の火山活動を受け続ける吾妻川は、いまだに隆起を続けていて地滑り、地盤のグズグズな所。ダムに沈む計画の川原湯温泉、吾妻渓谷を見て、そこでお弁当。この景勝地が沈むなんて!という思い。川の酸性度を中和させる中和工場(国交省の品木ダム管理事務所)を見て、「石灰ミルク」が混入されている品木ダムの湖へ。生きている湖ではありませんでした。八ツ場ダムももし造られるなら、吾妻渓谷は死の湖に変わるのか、ということがまざまざと実感。去年、開校した代替地の小学校を上から見ました。山を崩して平らにし、ちょうどすりばちの底のような場所に小学校と校庭ができていました。周りは、山の傾斜面です。崩れるのを防ぐアンカー(1本1億近い値段!?)が100本くらい打ち込まれ、小学校の裏手の山肌には砂防ダムが4基連なってつくられ、見た目には砂防ダムごと山崩れしそうな感じ。こんな小学校に子どもを通わせるなんて!という、素人目にも危険な場所に、通常は避難場所であるべき学校が作られていたのには驚きました。国交省の役人はいったい、何を考えているんでしょうか。石灰の入った川(中和するのに石灰石の山を削って石灰を取り、一日60tもの石灰を入れ続ける)、危険な代替地(ダム湖面より上にあがっただけの場所で、地滑りの危険が大きい)…。土木の仕事をみずから作り出すため?と勘ぐりたくなりますね。昨年秋、この事業費を2110億円から4600億円に増額する基本計画変更案を国が発表し、それに対し、6都県が減額を求め、国交省が工事費削減で対象にしたのが、地滑り対策費だとか…?!ホントに現場を見るのが一番だと実感しました。これが、私たち首都圏の水需要をまかなうため、という理由でつくられるのは、やっぱり納得いかないです。今日の見学視察には、無所属の会から、細川邦子議員と沢田哲夫議員も参加しました。八ツ場ダムを考える会のホームページが新たにできたそうです。見てみてください。きょうは、さいたま市内では、浦和施設連絡会の福祉バザーが行なわれて(グリーンフィンガーズも参加)、私もそちらに行かねばならなかったのですが、ごめんなさい。八ツ場の方が先に入ってしまい、出れませんでした。グリーンフィンガーズの皆さん、お疲れさまでした。

▼5月23日(日)きのう、八ツ場からの帰りが予定より1時間早く、7時ごろ着いたので、久しぶりにてんぷらを作ろうと、帰りの電車の中で細川さんとおしゃべりしていたのですが、事務所に寄って、HPの更新をやったりして結局いつもと同じ。夜9時半を過ぎたので、作らずじまい。今夜は桜えびと三つ葉、なすのてんぷらを作るつもり。予定していた用事がキャンセルになったので、午前中はゆっくりした気分です。洗濯機をフル稼働しながら、母からもらった小さな精米機で、玄米を精米。私は玄米が好きなのですが、息子はだめ。母は自分でご飯を作らなくなったので「ふみちゃんにあげる」と言うので、半年前にもらいました。但し4合分しか精米できないので、めんどうくさいのが難点で、時間のある時でないと使えません。米びつにお米がなくなったし、精米だ!と5キロをきれいに精米。二槽式の洗濯機と精米機の間を行ったり来たりしながら、テレビを脇目で見ながら、CDでお気に入りの曲をかけて、新聞を拾い読み、切り抜き。これで午前中は終わり。やっぱり掃除機は後回しです。汚い部屋だなぁと思いつつも…。我が家への訪問者がいないのをいいことに、また掃除はサボりです。午後は、寒い事務所で、自治会の会報作りの作業と、事務整理です。

▼5月24日(月)昨晩、張り切って天ぷらを作ったのですが、材料をあれもこれもと広げてしまい、出来上がったのが夜10時前。つい事務所での作業に集中して、取りかかったのが遅すぎました。息子に声をかけても応答なし。日曜も仕事で、疲れて寝入って起きません。いったん寝ると、返事はすれども起きたことがないので、起こすのはあきらめました。息子に、おいしくて栄養のある夕飯を食べさせたいために作ったのに、私の段取りの悪さで、大皿2つ山盛りの天ぷら、納豆、トマト、きゅうりの漬物、卵とじの汁物は、そのまま。我が家の小さな冷蔵庫にどうやって、しまおうか?私も食べるにしても、そんなに食べれないし。でも、桜えびと三つ葉、にんじん、じゃがいも、玉ねぎのかきあげはおいしい!せっかく、はるちゃんが送ってくれた静岡産のおいしい桜えびを生かして、天ぷらだ!と意気込んだのに。それよりも、ハードな労働をしている息子が夕飯を食べずに朝を迎えることに、すごい危機感があり、何はなくても夕飯の用意だけは欠かさない私としては、猛反省で、二重に落ち込んでます。(このところ反省が多い?)きょうの午前中は、事務所に来客。お昼は、当然、ゆうべの天ぷら。かきあげと、なす、じゃがいも、にんじん、あしたばの天ぷらを、事務所に手伝いに来てくれたH子ちゃんと一緒に食べ、「おいしい!」のことばを聞いて、よかった!

▼5月25日(火)いいお天気でした。午前中は自宅にいたので、緊張感が溶けてました。ウィークディの午前中に家にいるのもいいもんだ、と思いつつ、でも背中を押されてる感じもして、何となく落ち着きません。ワーカーホリックかも。午後、事務所から市役所へ。生活課に行って、先日お願いしたカーブミラー設置要望3件について状況を聞きました。ちょうど、職員の方と業者さんが現場を見に行って打ち合わせした直後で、6月末か7月初めには設置されるだろうという回答をもらい、依頼されてきた方に即連絡。早くに対応していただいてよかったです。一つ用事が終わるとほっとします。歩道橋の撤去の件は、これからです。北浦和駅北側の寺前地下道も、予定通り6月には開通・供用開始できそうです。別の件で仲介を頼まれた件も、OKをいただいたので、連絡。農薬使用の注意をよびかける件は、これから。ちょっと時間がかかりそう。まだ、頼まれて動けてないのもあり、同時並行でいくつも抱えていると、気持が焦ります。すぐに結果が出ないのもありますし…。自分で優先順位をつけて、一つ一つやるしかありません。

▼5月26日(水)午前中、県庁内のさいたま新都心調整室の「さいたまタワー実現大連合」事務局へ、タワーについて話を伺いに行ってきました。30日に、電磁波・環境もんだい埼玉ネットの学習会「さいたまタワー(デジタルタワー)はほんとうに必要なの?」で、現状を報告することになっているので、その準備です。事務局は、県と市の職員が担当。さいたま市から5人の職員が派遣されてます。100万人の署名運動で誘致に向けて動き出していますが、見通しやどんなことをしているのかを聞いてきました。電磁波についても調査するそうです。その帰りに県庁内のアンテナショップ(障害者団体が運営)の「かっぽ」に寄って、お弁当2つ、お買い求め。かっぽのお弁当は、昼になるともう売り切れになるので、ぎりぎり間に合いました。細川議員が議員室にいたので、ぴったり2人分でOK。午後はタワーについての資料整理。区役所の生活課へ行って、排水路の泥の浚渫のお願い。農政課に行って、農薬使用に際しての注意事項を農業祭で配布してほしい旨のお願いの念押し。一般家庭向けのちらし配布について、できないかのお願い。ガーデニングなどの市民対象だと、生活衛生課になる…という話で、即、生活衛生課へ。ちょうど、生活衛生課でも検討していたということで、今年はちらし配布でなく(予算上)市報に掲載する予定だということでした。8月号に載る予定とのことです。来年は各家庭への注意・啓発ちらしを配布するようお願いしてきました。昨年、6月議会の一般質問で取り上げた、市内公共施設の薬剤散布について一括管理の件がどうなっているのかも聞きました。ちゃんと生活衛生課の方で業者に出す業務仕様書も統一され、役所内すべてに調査(照会)をして、該当するほとんどの課(ではないか)から回答を得ているとのこと。安心しました。「施設内の樹木消毒業務薬剤散布状況調査について(平成15年度)」の回答一覧表もあり、見せていただきました。入手はやはり、情報公開で取るのがいいでしょうから、あとで請求するつもりです。これら関連資料を私のhpの「一般質問や要望、議員活動関連」に加える予定です。きょうもいいお天気で、気持ちよかったです。こういう日は、ビールがいいですね。家に帰ったら飲もうっと!

▼5月27日(木)午前中は議会運営委員会。お昼は市民食堂でカレーを食べ、知り合いの職員の方とおしゃべり。午後は、会派の議員室で資料整理と6月議会に向けての準備。。頼まれた件での電話での問い合わせや確認をいくつか。夕方、あわてて家に戻り、大急ぎで夕飯の支度をして、夜のマンション建設問題での住民の打ち合わせ会へ。10時近くまでかかりました。市の制度も何とか、改善させるようにしなくてはと、痛切に思います。明日は、6月議会の議案説明会。その後ずっと議会関係で市役所です。

▼5月28日(金)午前中は議案説明会。その後10時半から延々午後5時40分まで、断続的に会派の会議。疲れました。頭脳の皺が伸びきるかぺしゃんこになるかは分かりませんが、議論継続でヘロヘロという感じです。とは言っても、会派内の議論がまとまらなかったということではなく、建設的前向きにお互いの意見を言い合うということで、それぞれの蓄積にはなっている関係ですが…。脇道にすぐそれたりしながらも、まじめなのかも。人事や合併問題、政治倫理、6月議会の専決議案に対して、一般質問、請願に対して、hp、スケジュール確認、etc.他の政令市の政務調査費の事例資料なども含め、資料類がバサッと出され、整理も大変。6人が6人の考え・価値観をもって議論すると、こうまで時間がかかるものかとの実践みたいです。5時過ぎに、職員の方に頼んで6人の写真撮影。無所属の会のホームページのトップページ用の写真です。会議が終わった後、7時まで資料を分類整理して、帰宅。急いで夕飯の支度。生協の品物を取りに行ってから、地域の方たちとの飲み会へ。3ヶ月ぶりですね。もう5年も続いている会です。ヘルシーでおいしい料理とおしゃべり、いいですね。ビールもほどほどに飲んで、お開きです。

▼5月29日(土)午前中は、明日のごみゼロキャンペーンのごみ拾い作業後のお茶を近所のお店に頼みに行ったり、歩道橋撤去の件で、相談に伺ったり。午後は北浦和3丁目自治会総会の懇親会に出席。この頃、顔見ないよと言われたりして、すみません。秋にまたリサイクルバザーをやりますので、よろしくお願いします。とご挨拶。中締めのところで退席。文化センターで行なわれた福島みずほさんの集会に、顔を出しました。終了30~40分前になってしまいました。終了後、Hさんとロイヤルホストでお茶。とうふプリンを食べました。私は甘党ではないので、甘くないデザートをさがすのが大変。おしゃべりに花が咲き、いったん家に戻るつもりが時間がなくなり、そのまま、マンション建設問題での協定書作りの話し合いに直行。住民側の出した案に対する、業者案が出され、それについて、文言や字句を加えたり、修正したりのやりとり。9時までかかり、夕飯の支度ができないのでスーパーでお弁当を買いました。おなかが空いているので、目移りはするし、早く帰らなくちゃまた息子が疲れて寝込んじゃうかもしれないし、トイレは行きたいし、…で、バタバタ。明日のごみ拾いの連絡もほんとうはした方がいいのでしょうが、パス。明日午後の電磁波・環境もんだい埼玉ネットの学習会資料のコピー取りも、メールの返事も明日にして、きょうの作業は終わりにします。毎日がホントに慌しいですね。やらなくてはいけないこと・約束したことと、期日とをつき合わせて、スケジュールノートに入れていくと、6月2日の議会開会までフル稼働しないと追いつかない予定で、ため息が出ます。

▼5月30日(日)昨晩は夜11時過ぎに帰宅。ヘトヘトという感じで、着替えもせずにベッドに直行。そのまま寝てしまいました。夜中におなかが空いて目が覚めて、残っていた海苔巻一つ(私の夕飯は、hpの作業をしながら海苔巻とおいなりさんを食べたんでしたっけ)をつまんでまたベッドに。お風呂も2日続けて入らずにいたので、朝、たまらずに入浴。息子は日曜も仕事。先週の日曜も仕事でしたから、通算3週間休みなし。若いから持つのかもしれないけど、心配です。9時から、ごみゼロキャンペーンのごみ拾い。予想を上回って、班ごとに皆さんが参加してくれました。作業も予定より早く終わり、用意したお茶も足らずに3回、お茶を買いたしにいくことに。無事終わり、ほっとしました。午後は電磁波・環境もんだい埼玉ネットの学習会。講師の上田昌文さん(市民科学研究室代表)から、デジタル放送の何が問題か、東京タワーの電磁波を計測した結果や、電磁波規制値の問題点、放送電波の健康影響や、地上波デジタル化の見通しなど、の話を聞きました。私は、さいたまタワーについての現状を報告。電磁波は専門的な話なので、数値や単位などを理解するのに大変です。電磁波も化学物質と同じで、絶対的にクロとは言い切れないが、何らかのマイナス影響があることは確かだということ。日本の規制値は、他の国に比べても緩い、疫学調査もデータとして使う場合は難しい、など。結局、「壮大な人体実験」途上ということなのでしょうか。予防原則が世界的に言われており、WHOも正式に予防原則を打ち出したそうです。日本ではまだ、予防原則は一般的になってないし、制度的にも取り入れられていません。自分の健康、安全を守るには自分しかない、というのがいまの現状です。きょうは、本当に暑かったですね。明日からまた1週間が始まります。議会も6月2日から開会します。閉会日の6月16日まで、活動は議会に集中です。

▼6月1日(火)明日から始まる議会で、専決議案の競輪事業特別会計で、質疑をすることになったので(6月議会まで私は競輪事業を所管する環境経済常任委員会に所属しているので)、午前中は、労政経済課にヒアリングに行って、状況をいろいろと伺いました。平成10年から競輪事業は市に収益金を入れられなくなっていて、14年からは繰上げ充用という前年分の赤字を今年度分から補填する、自転車操業になっています。今年もその額が1億円を超えたので、質疑した方がいいという、会派での話になったのでした。職員の努力を超えて、構造的な赤字事業となるなら、収益事業としての競輪事業を続けていく意味はないでしょうし、公営ギャンブルでいいのかという、こともあります。労政経済課では、親切に教えていただきました。競輪開催時に委員会で視察に行っているので、イメージもわかります。午後は、会派で決めた文章作りに精を出し、何とかこなしてから、競輪事業への質疑の質問作り。夕方、労政課の職員の方に質問項目を伝えてから帰宅。夕飯の支度、お風呂とひと通りやってから、明日の議会での採決で討論する、浜岡原発震災対策に中央防災会議が取り組むことを求める請願についての原稿作り。せいぜい4時間くらいでできるかな、と思っていたら、資料を読み込むのに4時間以上かかり、パソコンに向ったのが2日の午前2時半頃。もう、頭はもうろうとして、眠いし、論点を整理するのにも時間ばかりかかって四苦八苦。ぐしゃぐしゃの思考で、原稿を入力し終わったのが、ちょうど朝6時でした。ベッドに倒れこみ、横になっていると、息子がごそごそ起きだして、出勤です。

▼6月2日(水)1時間ぐらいは眠れたのですが、もうろうとした頭で、9時前に議会に到着。会派会議、発言通告書作成、議会運営委員会とあって、10時から本会議が開会。議長、副議長の交代、選挙があり、私は議長選挙投票の開票立会いの経験をしました。票に書かれた字面を見るのは面白かったです。委員長報告に対する討論で、私は浜岡原発震災の件だけやるつもりだったのですが、会派から一人がやる決まりになっていて、埼玉県議会議員の辞職勧告決議を求める件についても私が討論することに。こちらの件は他の議員が書いた原稿読み上げです。議会運営委員、常任委員会の選任(交代)も行われました。私は議会運営委員を引き続いてやります。常任委員会は、保健福祉常任委員会に所属することになりました。各常任委員会が開かれ、委員長、副委員長が決まります。本会議場で6つの委員会の委員長、副委員長が挨拶します。今年度は3人の女性が副委員長になりました。いいことです。専決議案は委員会に付託されないので、専決議案の競輪事業への質疑もやりました。本会議での質疑は、一般質問と違い、自分の見解を述べられない決まりがあるので、そこが苦労でした。再々質問までやったのですが、再質問までで抑えたほうがよかったのかも、とか、ちょっと反省もありますが、でも、こちらの意図した答弁が聴けたので、よかったことにしよう。本会議は午後4時ごろ終わったのですが、会派で常任委員会の議案外質疑の質問項目を各自が出し合ったりして、7時ごろまで議会にいました。帰宅し、ぐったり疲れてテレビの前で横になったら、眠ってしまい、10時ごろから起きだして質問を考え始めたのですが、頭がまわってません。質問時間は答弁も入れて10分です。3か4つの質問ですが、どれを聴こうか迷って、質問をまとめるまでにはいきません。風呂にも入らず寝ました。

▼6月3日(木)朝、早めに議会の会派議員室に行って、質問項目の絞り込み。通告書提出締め切りが午前10時です。9時半ごろから会派の面々が集まり、通告書に書き込み。6人が6人とも締め切り時間ぎりぎりまでに作成。みんな泥縄だね~!と言い合って、通告書提出です。提出後は、担当の職員がやってきて、質問の内容を聞いてきます。午後6時ごろまで、職員のヒアリングや会派の会議を断続的に続け、帰宅。少し余裕の気分で夕飯のしたく、入浴。この3日間事務所にも寄らず、家と議会だけです。昨日の疲れや失敗も、一晩眠れば忘れて立ち直り。立ち直りの早さが(単に忘れっぽいだけなのかも)いいところだ!と、自分をほめて、また前進。というところなのでしょうね。

▼6月4日(金)保健福祉常任委員会の議案外の質問をつくって、職員に要旨を伝えるために、早めに会派の議員室に行って質問作り。夕べ作ろうと思っていたのですが、お風呂に入って緊張感が取れて寝てしまったので、またギリギリのタイムリミットで作成。3つの分野で質問を考えたのですが、職員からのヒアリングに口頭で答えてはいるものの、箇条書きに整理してないので、夕方まで資料を読んだりして、私の頭の整理。2つは整理したのですが、もう一つはこれから。常任委員会での議案外質疑は、本会議での一般質問を縮小するのと対で、議会運営の変更として決定され、今年の2月議会から始まっています。質問時間は一人あたり10分(但し、質問と答弁を合算して)です。ですから質問5分、答弁5分とみて、質問内容を考えます。岩槻市との合併問題で、執行部が行なった市民意識調査が、行政関係団体代表への調査であり、公平性からみてどうか?という点から、無所属の会では、それに対比・照応する形での市民アンケートを実施しました。統計専門の業者に委託して、無所属の会という名前は出さずに実施したものです。その集計結果も出たので、記者発表をきょう行ないました。記者会見には、細川代表、土井議員、森永議員が行き、新聞各社が来ていたそうです。私は会派室でお留守番でしたが、記者の方たちも関心を持っていたようだとのこと。明日の新聞が楽しみですね。明日は土曜日。何となくゆったり気分を味わえるかな?この4日間は議会オンリーで、会合も欠席、議会以外の仕事もたまっているし…。洗濯もたまってるし、冬物もそのままだし…。殆ど徹夜で資料読み込み・原稿作成をしたツケが、歳のせいか、まだ取れずにどこかボーっとした思考回路です。そのせいか、今朝、考え事をしていて、うっかりまちがえて、洗顔フォームで歯磨きしてしまいました。アレッ!変だな?と気がついたときには、気持が悪くなって吐き出し、よーく口をすすいだのですが、一日中、口の中が変でした。人生で始めての経験でした。ドジですね。

▼6月5日(土)いい天気の土曜日。つい洗濯に精を出し6回。2日間洗濯しなかった分とシーツ2枚、化繊もの。ついでに息子の布団干しも久方ぶり。洗濯の合い間にアイロンがけ。しわくちゃの夏物のスカート、ブラウス、スーツを何枚やったのか。そして靴磨き、新聞類のひもくくり。それでもまだ、家の中は雑然としていますね。息子に言わせるとゴミ!の紙類の山が散在したままだし、掃除機もかけてないから。サザンのメロディと加藤登紀子を交互に聴きながら、外の陽射しと前のお宅の竹やぶの緑を見ていると、ゆったり気分です。流しに2日間たまっていた食器も洗ったし、おいしい煮物も作ったし…。今日は家事と心の休養日でした。

▼6月6日(日)雨模様の一日でした。午後、さいたま市学童保育連絡協議会の総会に出席。市議会議員は私も含め5人出席でした。1時半から3時半までの総会の議事へも、同席して聞いてました。浦和市議時代は毎回のように総会に出ていたのですが、今回はさいたま市となって、私は初めての出席なので、どういう感じなのかな?と思いつつ会場に向いました。総会での話を聴いているうちに、感覚が戻ってきました。民間学童は経営も大変ですが、横の連携も大変です。互いに協力して、市の方向性を見据えて、対応を考えて行かなければ、厳しい状況は変わらないでしょう。総会終了後、森永議員とお茶。私は昼食を満足に取っていなかったので、スパゲティとサラダをもりもり食べ、コーヒー。森永議員があさって行う、一般質問の質問内容について、あれこれと話し合い。質問を抱えていると、あーでもないこーでもないと質問原稿の作成に悩まされ、睡眠不足になりますね。私は今回やらないので、そうした「地獄の時間」を持たずにすみました。というか、議会初日の前日にその「地獄の時間」を味わいましたが…。

▼6月7日(月)本会議で一般質問初日です。家に帰って、ちょっと横になったらそのまま寝てしまいました。

▼6月8日(火)9時半から議会運営委員会。市長などの報酬、議員の報酬等の値上げなどの条例案の追加提案です。10時から本会議。一般質問の2日目。議運の理事会に出席。質問終了後は会派の会議。明日の議会運営委員会での、追加条例案に対する会派の態度について議論です。

▼6月9日(水)昨日の議会運営委員会を受けて、急遽、10時から議会運営委員会です。議員の報酬額の改定条例(本条例)案と、本条例に対する減額条例(特例条例)案の質疑、討論、採決をしました。無所属の会では、報酬の値上げに関しては、政令市になっての役務の変化が明確でないこと(確かに個人的には旧浦和時代より議会活動に費やす時間・エネルギーは増えたし、市民の方からの相談、依頼も増えたという実感はありますが)、値上げは次期改選時の議員で決めるのが望ましい、の2点から反対しました。採決の結果は、賛成多数で可決されましたが。質疑で明らかになったのは、値上げされても、住民一人当たりの負担額は、三市合併時よりも低いということでした。このデータが執行部から示された時には、正直、そうなんだ~!という感想を持ちました。議員の数が100人から62人になったので、計算するとそうなるのでしょうが。そこまで考えていなかったので、いろんな角度から検証しなければと痛感しました。次の減額条例案については、本条例案が通った以上は、減額そのものには賛成で、減額時期の延長については時限(来年の3月31日)前に協議するとの明言があり、減額時期を次の改選時まで延長の検討もありうる、の2点で賛成しました。賛成討論は私がしました。議運終了後は、明日の常任委員会の議案についての、執行部へのヒアリング調査。無所属の会の6人がそれぞれ各担当部署に出かけていきました。これもまた皆泥縄と言えば泥縄ですね。もっと前にやっておくべきですよね。夕方は自治会の役員会と、新旧役員の歓送迎会。アタフタと駆け込み、歓送迎会では司会をやって、何とか無事終了。

▼6月10日(木)保健福祉常任委員会が10時から開始。昼食後は、討論・採決と議案外質問。夕べ、また泥縄で残りの分の質問作りをして、関連資料を明け方まで読み込んでいたので、睡眠不足です。質問と答弁を合わせて10分の持ち時間です。私が聞いたのは、次世代育成行動計画と連休時の救急体制、障害者の就労・雇用促進の3本です。質問が5分を過ぎたのと、聞いた項目が多すぎて、連休時の救急体制についてはブザーが鳴って、市立病院の答弁はできずじまいでした。ごめんなさい!!せっかく市立病院から答弁のために出向き、答弁原稿の読上げを、いまや遅しと待ってらした病院の企画監の方、申し訳ありませんでした。つくづく、自分の思考力の至らなさを痛感しています。委員会終了後、動物愛護ふれあいセンターの建設予定地を視察。委員会でということでなく、委員の自主参加という形で、委員長から取り計らっていただきました。ですので、市のバスは使わず、委員長のマイカーに同乗させていただきました。委員10人のうち、6人が参加でした。予定地は、工場団地の傍で、やっぱり今日も強い異臭がしました。異臭対策が終わるのが平成18年度中。センターがオープンするのが18年4月。ほぼ1年間は異臭の中で、動物(人間も)がくらす訳です。何とかしないといけないでしょうね。

▼6月11日(金)午後2時から5時半まで会派の会議。夕方からの議員同士の懇親会に出るので、大急ぎでスーパーに寄ってお弁当(ふんぱつして握りずし)を買って帰宅。吸い物、トマト、漬物、プリンを出してそれなりに整えて、会場へ。遅刻でした。わいわいと盛り上がって、おしゃべりや~談義。おいしいうなぎ料理をいただきました。アルコールの効用は不思議で、通常の関係の硬さをほぐしてくれますね。一緒に飲み食いすると、議場や委員会では分からない、それぞれの議員のスタンスも、お互いに知り合えます。全員が2次会へと流れ、そこでもわいわい。帰宅してお風呂に入ってバタンキュー。議会の方はあと、閉会日を残すだけになり、何となくほっとした気分と、自分でも精一杯にやったな(失敗はあっても)!というところです。

▼6月12日(土)午前中は皇山川排水機場の通水式の式典に出席。ちょうど、西高グランドの近くでグリーンフィンガーズのすぐ近くでもあります。芝川の水位が高いと、皇山川があふれ浸水被害を受けていたところを、排水機と調節池でその被害をなくす、という工事で、3年がかりで完成です。総事業費は22億円。式典セレモニーでは、大原中の吹奏楽部の演奏があり、生の音楽を楽しませていただきました。いいですね。演奏をじかに聴くのは。メロディもリズムも楽器から生み出される様を、その場で味わえるのは何とも言えません。議会・議員活動や市民活動をしていると、自分の趣味で演奏会に聴きに行くってことは、まずありません。お昼におそばを食べて、家に帰ってつい眠ってしまいました。事務所に来客の予定なので、夕方、ぼーっとしながらも事務所へ。打ち合わせの方が帰るのと同時に、別の方がお子さん連れでみえられ、来年の小学校入学の校区の相談。私あてにメールを出されたそうで、きょうはお手紙を持ってこられたのですが、ちょうど事務所に私がいて、よかったです。議会が始まると、事務所に寄る余裕もなく、メールのチェックもまったくできてないので、申し訳ありません。

▼6月13日(日)陽射しの熱い日でしたね。午前中は溜まっている新聞を読みながら、切り抜き。郵便物の確認。忙しくて後回しにしていると、封筒やはがきがたまってしまい、これが結構プレッシャーです。午後は事務所にこもって、整理。メールチェック。虹の会からのメールがどっさり届いていて、相変わらずパワフルです。読むのにもパワーがいりそう。街路灯のたま切れの件でTさんへ連絡。自治会のSさんが、私が前にほしいと言っていた~つかみ(名前がよくわからない)をホームセンターで買ったからと、事務所に持ってきてくれました。ありがとうございます。道路のポイ捨てのごみを拾うのに使います。散歩がてら、天王川に流れ込む水路の件でSさん宅へご報告。帰りにK先生にお会いしました。これから今日2回目のお散歩だそう。健康維持には、まず歩くことと、毎日歩いていらっしゃる。自治会で歩く会をつくったのですが、その会長にぴったりです。

▼6月14日(月)午前中は、森永議員と大宮JACKの子育て支援センター予定場所を見に行き、都市整備公社に寄って、副理事長にご挨拶。しばし歓談。おもしろく、勉強になるお話を伺ってきました。午後は、教育委員会の学事課へ。先日、相談を受けた小学校の通学区の件で、ヒアリング。さいたま市の学区は、規制緩和はとられておらず、調整区域と就学指定校変更・区域外就学許可基準で対応が行なわれています。夕方、相談者のお宅に寄って、資料をお渡ししてアドバイス。教育委員会の後は、1週間前に電話で相談を受けた、パキスタン人の方のお子さんの保育所入園の問題で、森永議員と一緒に中央区役所の支援課へ。ほぼ同時期に彼女も同じ件で、違う方から相談を受けていたのでした。中央区の保育園なので、まず森永議員に保育園状況を聞こうと思って話をしたら、「私が受けた相談と同じ人かも」ということで、二人で区役所へ。支援課の話でほぼ方向性が見えてきたので、夕方、相談されてきたKさんのお宅に行って、申請書を渡して説明。Kさんから、パキスタン人の方にお話をしていただくことになりました。Kさんは国際交流のボランティアを長年続けられ、その活動の場・会場探しや、外国人の方への支援でのご苦労をお聞きしました。私もできる限り協力したいと思います。きょうは議案調査日なので、外周りでした。陽射しの熱さと、肌にかかる風の気持ちよさで、このままどこかに行きたい気分です。そうもいかないので、忙中閑ありのわずかなリフレッシュタイムを、自分で作るしかないのは分かってはいるのですが…。

▼6月15日(火)議会運営委員会の理事会が10時からあるので、早めに9時過ぎには議会へ。議運の理事会は、議運の会議の段取りなどを話し合います。交渉会派(4つ)から各1名と、議運の正副委員長、正副議長で構成され、非交渉会派はオブザーバーです。私は無所属の会で理事になっています。理事会が終わって、議会運営委員会が11時から開催。執行部からの追加議案が出され、明日の議事日程についてが議題です。お昼を食べてから、代表者会議の話や何やらの話を同僚議員としながら、6月議会関係の書類の整理。議案書や議運、常任委員会、合併関係、会派の行なったアンケート資料、その他関連資料がグシャグシャッと一緒になっているのを分類整理。会派のホームページの修正原稿作り。結局夜7時過ぎまで、議員室にいました。無所属の会のホームページのトップページは、6人の写真が載っているのですが、女性3人が前に座り、男性3人が後ろで立ち姿。会派の現状がかもし出されている(?)という声もあり、写真を変えよう!との声も。昨日から、議員報酬、市長などの給与値上げに反対・抗議する市民の方たちが市役所前で、マイクで演説しています。確かに値上げ幅は大きいし、私は値上げしなくてもいいと思ってはいるのですが、議員の仕事がどんな風に市民の方に映っているのか、乖離は大きいなという感想もあります。議員・議会活動は片手間ではできません。土日祭日も必要とあらば、出かけて活動しますし、家にいても書類整理や原稿などの作業をしています。他の議員がどんなかは分かりませんが、少なくとも私は市民の方からの付託を、精一杯に生かそうと活動しています。事務所も借りていますが、現在の政務調査費では使途基準の中に入ってないので、自分の議員報酬から出しています。議員報酬額は、市民の一般的収入より高いと思います。ただし、活動に伴う支出もすべて政務調査費からはまかなわれず、報酬から出すのもあり、生活レベルはそれほどいいという実感はありません。議員になる前と同じように節約を旨としています。明日は閉会日です。スムーズに行くかどうかわかりませんが、ベストを尽くしたいと思っています。

▼6月16日(水)議会閉会日。8時50分から会派会議で、議案に対する態度の最終確認。定刻の10時に本会議が始まりました。市長などの給料、議員報酬の値上げなどの討論時には、傍聴席からやじが飛んだりして一時騒然。いつものことながら議案採決時には、迷うことがあります。合併の法定協設置や、さいたまタワーなどが今回そうでした。会派内で議論を重ね、一致を見出すよう努力し、会派としての態度を決めて、採決に臨むのですが、最後まで逡巡します。数の論理で採決結果が見通される状況下で、自分のポリシーや今後の議会活動での達成目的と照らし合わせ、態度を決めるので、だめだから反対、いいから賛成、というだけでは決めきれないこともあります。討論に対して議事進行がかかり、議会運営委員会が昼休みに開かれたり、請願が取り下げられて、また議会運営委員会が開かれたりしました。特別委員会の委員の辞任・選任があり、正副委員長の交代もありました。私はまちづくり特別委員会の副委員長になりました。会派への割り当て・調整ですが、特別委員会の調査活動も力(リキ)入れてみようと思っています。政務調査費の使途基準についても、これから代表者会議・検討委員会でつめていくことになりました。月額20万から34万円に上がりましたが、使途基準を拡大しないと使えません。事務所費や人件費、事務費などもこれから検討されるようです。使途の透明性については5万円以上の領収書の添付が合意されています。無所属の会では、会派と個人の並立支給をずっと主張してきましたし、領収書の公開もすべて、という立場です。議会・議員活動にかかる支出に、議員個人が責任をもつことは当然だと思います。現在は会派の活動だけに政務調査費が出されているので、いくら議会活動にプラスになる活動だと思っても、個人だと支出できません。その辺の矛盾がクリアされれば、もっと有意義に使えると思うのです。身体は動かしてないのですが、いろんな側面での緊張感を持続していたので、疲労感が強いです。今はもう、活字を見たくない心境です。よれよれで、これから家に帰ります。もう夜8時です。夕飯の支度と洗濯が待ってます。

▼6月17日(木)昨晩、家に帰り、ふと壁を見ると、ムカデ…?全然掃除していなくて汚いので、とうとうムカデが出てきたかと思ったら、青虫でした。夕飯の支度をして、ビール1缶とお茶漬けを食べたら、急速に眠くなりそのままベッドへ。顔も洗わずに寝てしまい、気がついたら朝の5時半でした。ぐっすり眠ったみたいでさわやか。夕べの青虫が10匹ぐらい、台所とリビングの壁を這っていて、何でだろうと考えたら、昨日の朝、植木に水やりのとき、明日葉の葉っぱが虫に喰われて全滅だったので、茎から切ってごみ袋に入れたのを思い出しました。口が開いていたので這い出してきたのでしょう。それにしても、汚れがあちこち目立って!もうたまらない。片付けと掃除をしよう!と決心。手始めに読まない本や資料を片付け、カーテンを洗って、クーラーだ、天井のくもの巣だ、と段取りを考えて、外出です。いつ頃までに片付くのか、でも目標を決めたらやらねば…ね。大事な友人が、今週の月曜から入院しているのでお見舞いへ。眠っているのかと思って、そばに立って彼女を見ていたら、涙が出てきてしまいました。頭の手術をしたので、その影響か顔が腫れて、まぶたも腫れて目が開けられないそう。手術は成功で、本当によかった!彼女の感受性はだいたい分かるので、彼女がひとこと言うと、何が言いたいのか分かります。48歳。まだまだこれからですよ!夜は、会派の議会打ち上げ会です。夕飯の支度もしたし、これから行ってきます。

▼6月18日(金)9時からの北浦和駅北側の寺前地下道の開通式に出席。私が浦和市議になりたての頃、北浦和福祉のまちづくりモデル事業があり、車椅子でも通れる駅の東西のアクセスが言われており、以後、8年間の浦和市議時代に何回一般質問で取り上げたか…。ようやく、地下道ができました。斜路は自転車はOKですが、車椅子はむりなので、エレベーター(20人乗り)がつきました。総事業費は9億円です。午後は大宮聖苑の落成式に出席。市議や県議、地元の方々、たくさん出席されてました。場所は見沼区の染谷にあります。田んぼの中です。浦和斎場と同じ雰囲気ですが、こちらの方が新しい分、設計も環境に配慮して太陽光発電や雨水利用を取り入れ、木目基調で、落ち着いていて、なおかつ採光をたくさん取り入れているので、明るいです。総工事費は約54億円。その後、無所属の会で、大宮聖苑の近くの思い出の里市営霊園を視察。こちらも広大な敷地(27ha)と緑が一杯の墓地です。やはり以前は田んぼだったので、土地の造成が大変だったそうです。その後、東部環境センター(旧大宮)と東部リサイクルセンターを視察。東部環境センターは300トン炉。昭和59年稼動で(事業費77億円)、古いのですが、ダイオキシン対策も行なっているので何とか、後15年は持たせたいと、職員の方がおっしゃってました。東部リサイクルセンター(総事業費11億円)は、環境センターの隣です。缶、びん、ペットボトル、その他のプラスチックを選別しています。選別場では、障害者の方が働いています。大きい扇風機がありましたが、エアコンは無理なのでしょうか?聞きましたら、施設全体の電力?の関係で無理とのことでした。ちょっと確かめたいですね。このホームページ作成中、近所の方が相談に見えられました。昼間も2回みえられたそう。デイサービスの件と介護機器の市の対応についての苦情です。来週、確認することに。

▼6月19日(土)午前9時から11時まで、マンション建設問題の住民の会の話し合い。午後は事務所に来客。1時間弱のお話し。その後、埼玉県地方自治研究センター主催の記念講演会へ。「憲法と地方自治」がテーマ。講師は、(財)地方自治総合研究所所長で、中央大学教授の今村都南雄さん。立法権・行政権を国と地方自治体で分有していることや、地方自治は地方行政とイコールではなく、地方政治(自治という名の政治)によって地方行政はつくられる、とか、言われてしまうと当たり前の話かもしれませんが、私には考えさせられることがありました。議員を自分なりにどうとらえるか、という点で、私は自分を政治家という規定づけはしてなかった(活動家であることは自他ともに認めますが、自分を政治家というには口はばったいので)し、いままで続けてきた様々な市民運動の延長線上の問題意識で、市政の政策判断と政策実現を重視してきました。でも、議員活動を再開するようになって1年が過ぎ、任期中に自分は何をすべきなのか、何を第一の主題とするかを考えた場合、市政(地方政治)に責任を持つことは当然だし、自分の第一の優先課題は議会・議員活動で、それを地方政治家というなら、そうなのかもしれないな、と、そんなことを考えながら、講演を聴いてました。私の場合、政党に属してないので、自分なりに政治をとらえて答えを出していくしかありません。夜は、6時から9時まで、マンション建設問題での工事協定書締結に向けた住民と業者の話し合いに同席。文言のやりとりをめぐって、緊張が続きます。利害が相反しているのですから、仕方がありませんが、施主への不信があるとなかなか大変です。私は住民側の相談役として関わっていますが、いままで関わったいくつかの経験を生かして、お互いに誠意を持って臨めるように私なりに努力しています。時間に追われ、マンション問題に始まりマンション問題で終わった一日で、疲れました。

▼6月20日(日)暑い日です。やっぱり1週間に1回は休みが必要です。が、なかなかそうもいかないですね。午前中は、昨晩できなかったズボン2本とスカートの裾上げと、生協の注文書書き(土曜日の夜は、大概繕い物と注文書書きの時間)をして、ちょっぴりお休み気分。議会も終わったし、母の所にも行きたいのですが、明日からの1週間は予定が入ってしまって無理。一日がかりでなければ、行けるのですが…。今日は自治会の方で、急遽の三役会。新体制になって、新しいやり方も取り入れてやり始めたので、とっかかりに時間がかかります。きょうの日曜の午後は、自治会関係の作業をやろうと決めていたのでちょうどよかったです。夕方は回覧の配布。三役の方たちに近場の分を頼んだので、いつもより楽です。私のHPを見ている方からメールをいただきました。ありがとうございます。カウンターが切れているので、どれぐらいの方が見ていてくださるのか?今度、再度カウンターをいれようとは思っているのですが。それと写真も。いつできるかな?第2優先課題です。

▼6月21日(月)午前中は、虹の会と障害福祉課の話し合いに同席。常時介助を必要とする障害者が、その介助を得るには、現状では、生活保護の他人介護料を使わなければならない、という問題での話し合いです。生活保護を受けなければ、必要な介助が受けられないというのは、おかしな話ですし、障害者は生活保護を受ければいいんだ、という展開にもなりかねないし、障害者は特別な存在であり続けることにもなり、それでは、いつまでたってもノーマライゼーションにはなりません。虹の会の面々は、今年は生活保護を受けずに、介助保障を要求していこう、ということになり、今回の話し合いになりました。私が虹の会を好きなのは、こういうまっとうさが好きなんです。市の職員の方も、生活保護法はそもそも、他法優先の法律であるのに、介護が生保を受けなければ保障されないというのは、制度の矛盾と認識しているとおっしゃってました。ただ、国の制度であり、その制度にもとづき、市への負担金補助金も出ているので、市が自主的にできうる範囲はどこまで可能かと言うと、むずかしいでしょうね。お昼は市民食堂でカレー。このところカレーばかり食べているので、ちょっと飽きたかな?午後は、保育課へ。先週、ある保育園の代替保育の件で相談されたことの、確認とお願いへ。次に、浦和区役所の高齢介護課へ。先日相談に見えられた方の件で、福祉機器の介護保険取り扱いについての確認。どうも、話が食い違っているところがありそう。次に、生活衛生課の食品環境安全室へ。「さいたま市食の安全委員会」の委員の委嘱について、さいたま市消団連に話がきたので、詳細を聞きに行きました。市の食の安全基本方針と事業計画策定に関わる審議会です。さいたま市消団連も、消費者の立場から積極的に市の施策に関わっていくべきだと思っています。消団連のメンバーが委員になるのは歓迎です。4時半に事務所に戻り、福祉機器についての相談者の方に、きょうのご報告と今後についてのお話。台風ですね。風も強く、雨量も多いので、短時間ですが、浦高通りの側溝から水があふれ出てました。側溝の掃除を区役所に確認しないと。

▼6月22日(火)今日も暑い日。私の車はオンボロなので、クーラーなし。昼間、乗り込むと、ハンドルが熱くて持てません。軍手の指先を切って、ハンドル専用の手袋を作りました。気に入ってます。午前、午後に事務所に来客。午後、会派内の意見交換とかで呼び出され、議員室へ。政務調査費の使途基準の規則改正に向けた、代表者会議への会派の意見持ち寄りのための話し合いです。5時半から、八ツ場ダムをストップさせる埼玉の会の会議。秋に、埼玉県に対して住民監査請求をすることになりました。八ツ場ダムに関係する各都県で、一斉に住民監査請求を行なう全国規模の運動です。市民オンブズの弁護士さんたちとと連携して行ないます。無駄な公共事業に税金を使う必要はありません。埼玉県の県水道の冬期水利権の負担率引き上げでは、他の都県に比べると1.6倍だそうで、国の補助金も含めて200億円も多いそうです。いろいろ知れば知るほど、おかしい!点、納得できないことが出てきます。住民監査請求では、呼びかけ人を募ることになりました。もちろん請求者もこれから募ります。9月12日(日)には東京で、田中康夫長野県知事が講演する「ストップダム大集会」も予定されています。

▼6月23日(水)朝の9時半から夕方の6時半まで、議会の会派議員室。部屋にパソコンが入りました。そのセッティングの立会い、HPの原稿打ち合わせなど。これで、ノートパソコンを持ち込まなくてもすみます。インターネットもメールもできるし、ちょっとした原稿も作れます。手際よく作業を進めているNさんとおしゃべりしながら、私は自分の内職作業。会派のHPの原稿を見直してチェックしたり、明日のさいたま市消団連の会議のレジュメを作ったり、浦高通りの側溝の掃除の件を、区役所の生活課にお願いに行ったり、…。夜7時からの、マンション建設問題での住民の会の会議へ直行。協定書の内容や、まだ説明を受けてない点など、業者との話し合いにどう臨むのかの話し合い。9時をまわったので、夕飯は支度せずにお弁当とおいしそうなおかずを買って、帰宅。事務所にとってかえって、このHP入力です。おなかは空いているのですが、あまり空腹感はありません。まだ緊張がとけてないのでしょう。明日のテレビの6チャンネルのニュースの森で、今回の議員・市長の報酬・給料アップについての件が放送されるらしいです。どんな放映なのか、見てみたいですね。議員がどういう仕事、活動をしているのか、なかなか一般的にはわかっていただけないでしょうが、これを機会に、議会や市政についての建設的な議論の素地ができればいいと思うのですが…。そういう視点を持った報道なのかどうか?

▼6月24日(木)午前中は、さいたま市消費者団体連絡会の定例の会議。大宮駅前にあった消費生活総合センターが、明日JACK大宮17Fに引越しだそうです。7月1日から新センターでオープン。新センターには会議室もあるので、そちらで私たち消団連の会議もできそうです。政令市になったさいたま市では、消費者行政も他市に追いつくようにリキを入れてもらわなければなりません。川崎のhpは見ごたえがあるし、仙台では立派な拠点・交流施設があるし、去年会派視察した豊中市は、政令市ではないけど、拠点・交流施設もあり、hpもあり、何より学校教育と連携した消費者教育に力をいれていました。消費者行政というと、消費生活相談(商品被害)や講座などぐらいしかないと思われがちですが、けっこう奥深いのです。理念や総合的視点もないと、後追い行政から脱却できません。まだ条例ができてないので、今後に期待するしかありませんが。それにしても暑かったですね。車のファンからは熱風で、頭の温度も一気に上昇です。きょうから息子は社員旅行とかで、お出かけ。やったー!夕飯の支度をしなくてすむ、のですが、暑さ負けなのか体調がいまいちで、自由気分を満喫できないのが残念。

▼6月25日(金)午前中、とうとう掃除機をかけました。少し、すっきりです。何で私は掃除機をかけるのが嫌いなのか?音がいやなのですね。かといってマンションでは、ほうきを使って掃くより、掃除機の方が合理的なので、仕方がないのですが。好きなことは何をさておいてもやるのに、嫌いなのはぎりぎりまで後回し。この性格を直さないと、いつまでたっても部屋はきれいにならない?午後2時から5時過ぎまで、会派の会議。6時からマンション建設問題の話し合いに直行。工事協定書も大詰めだけど、2点が合意に至らず、本体新築工事と解体工事を別にして、まず解体工事協定書を結ぶことで合意。9時までの3時間、今後の展開も考えた対応に神経を使います。終わってほっとして、買い物。今夜も息子は旅行中なので、私一人の夕食です。Mさんから遅くに電話があり、長~いおしゃべり。ああ思うこう思うと、話しているうちに、自分の考えが整理されてくるところもあり、面白いです。

▼6月26日(土)この1週間は、夜の作業や会議が毎日続き、ハードでした。それに、この数日間、何かもやもやしたものを抱えていて、何なんだろう?と自分でもわからなかったのですが、気がつきました。議員の報酬の問題と議決へのことです。報酬等審議会の答申通りの議案が出され(本条例)、その減額措置を定めた特例条例が出され、私は、本条例に反対し、減額条例には賛成しました(無所属の会ではそういう結論を出した)。自分たちで一生懸命考えて、結論を出しても、受身でしか議案に対応できないもどかしさ。これでした。夕方から、「どんなに障害が重くても地域で暮らしたい!」虹の会の「にじ屋グランドフィナーレ!」に参加予定。毎週土曜日に2箇所で行なっていたにじ屋が終了し、7月17日から常設店がオープンです。自分たちの頭で考え、正面から向き合って進んでいく虹にエール!夕方までには、明日のノーマライズうらわ総会の資料を作成し終わらないと、虹に行かれません。

▼6月27日(日)昨日のにじ屋のグランドフィナーレ。焼きそばをお目当てに行ったのだけど、遅かった!焼け焦げたのがちょこっと残っていただけ。でも、お肉もピーマンもほたても食べたし、初物のスイカも、福祉農園でとれたじゃがいももおいしかったです。若者が多いので、食べ物はあっというまになくなりますね。H君から「来てください」と電話をもらって、行かないわけにはいかないですよ。H君に会って「ありがとう!」と言ったら、ウンウンと頷いてました。佐藤さんの具合はどうかな?と、彼の顔も見たかったし…、元気そうでよかったです。富沢さんと作業所のこと、障害者(仲間)や親との関わり、養護学校のことなど、長い立ち話。問題意識を持てば持つほど、社会を変えなければ!に行き着きますね。千佳子さんが買ってきたパン、ふわっとしておいしい。鹿手袋の「はなまる」というお店製だそうで、今度買ってみよう!彼女は学童クラブ(共同)の父母会に関わっていて、ごみ出しは父母が順番に持って帰っているとか。ごみ出しの時間帯は朝なので、午後から始まる学童では、確かに時間が合いませんね。何とかならないかな?環境部に行って確認してみます。息子が旅行から帰ってきましたが、早朝、日曜も仕事で出かけて行きました。沖縄で休み気分を満喫したのだろうからマァいいか。心配するのはよしましょう。ノーマライズうらわ(グリーンフィンガーズの設置・運営母体)総会も終了し、ほっとした気分です。グリーンフィンガーズは、先月23万円の売上があったそうで、嬉しいですね。授産作業で、この額を売り上げるのは大変です。自家製のパウンドケーキが好評で、3区役所への出店でもよく売れているとのこと。これも長いこと、粘り強くクッキーなどお菓子作りを教えてきてくれた恵子さん(お菓子作りのプロで先生)のおかげです。味が自然で甘さもほどほど、確かにおいしい。障害者の方は現在10名通所ですから、授産工賃も大幅にアップしてよかったね。障害者の地域デイケア施設グリーンフィンガーズができたのが、3年前の9月です。その間、ほんとうにいろいろなことがありました。こちらも施設運営の初心者で、走りながら考える方式で突っ走ってきて、試行錯誤を繰り返してきました。そして、まだ立ち上げ途上で施設職員を辞めるのには、後ろ髪を引かれる思いがありながら、昨年の私の市議選への立候補・当選。授産が軌道に乗りつつあるのを見て、本当に嬉しいです。これからも元気!にやっていきましょうね!

▼6月28日(月)午前中は、午後からの自治会役員会に間に合わせるために、アセアセで資料作り。何とか滑り込みセーフ。午後は自治会役員会。皆さんから活発に意見が出て、自治会活動も活性化していく予感。マンション建設問題での、立会人として解体工事協定書の署名、捺印。くれぐれも近隣周辺住民の方に配慮して、工事を行なってほしいと念押し。夕方、市役所に行って生活衛生課に、食の安全委員会の委員候補者名を提出。いま、参議院選挙の真っ最中だからなのか、議会棟はシーンとしていて、登庁している議員の数も少なかったです。ときどき、「誰に投票したらいいの?」とか、「選挙で忙しい?」とか聞かれますが、私の場合、投票には必ず行って一票の権利を行使しますが、残念ながら、これぞ!という候補者はいません。今の政治状況がいいとはまったく思っていないし、変えたいとは思いますが、支持する政党もありません。好きで無党派でいるわけではないのですが、投票は、消去法とよりましの判断で決めます。

▼6月29日(火)何でこんなに時間のたつのが早いのでしょうか。むしむしした一日でした。事務所で作業や、来客の方とお話。どうも気の乗らない日で、多分睡眠不足のせいでしょう。Mさん、電話をかけてくる時間が遅すぎます。そしてまた、長電話になっちゃうのですから。といって、嫌ではなく、話せるのはうれしいことなのですが…。また、床についてもいろいろと考えてしまい、寝不足です。夕べはカーテンを取り替えて、久方ぶりに洗濯機にかけました。新しいカーテンの真っ白なこと、感動ものです。古いカーテンの汚れたこと、いっそ捨ててしまおうかと思ったぐらい。でも、捨てられない性分なので、2回洗剤で洗って、2回目は漂白剤を入れました。使うかな?と思いつつ。今朝もつくづくと真新しいカーテンを見て、満足でした。早く家の中を片付けたい!ウズウズします。夜はこれから、マンション建設問題での住民の会の話し合いです。これが終われば、きょうの私の課題はおしまい。中途になっている作業は、また明日。今夜はぐっすり眠りたい。

▼6月30日(水)国際ボランティアの方の相談を受け、新たに始められる日本語教室の会場さがし。ある方にお願いしにうかがいましたが、時間貸しでも定期的だとむずかしいということで、大丈夫だろうと思っていた考えの甘さを反省です。本来は、行政がこうしたこと(外国人の方を支援するために日本語を教えるしくみづくり)をすべきで、イベントばかりが国際交流ではないはず、とはボランティアを長年続けてこられたKさんの言葉です。

▼7月1日(木)突発的な用件が午前に1件、午後2件。昼から3時半まで一つにかかりきり。もう一つが、介助保障の問題で、虹の会と障害福祉課との話し合いに同席。時間のやりくりに悩んだのですが、結果的にうまく当てはまりました。4時半からの予定が待たされて5時半から始まり、話し合いが終わったのが7時過ぎ。結論はまだ出ていないものの、介助保障の考え方では、合致したことを確認。佐藤さんの仕切りが功を奏した感じ。前向きに行けるかな?妥協をする場合は、お互いにそれが妥協であることを確認し合わないと、次のステージに進んで行きませんからね。

▼7月2日(金)会派の勉強会を午後1時~3時まで。テーマは財政について。講師は中田財政局長にお願いしました。三位一体の改革、さいたま市の合併・政令市化をどうとらえるかについて、お話をお聞きしました。明治、昭和の大合併に続いて、平成の「大合併」の背景なども含め、今後の日本の少子化がもたらすものなど、面白かったです。その後、6時まで会派の会議。相変わらず議題が多く、話があちこち飛びながらも、それぞれ結論づけて終了です。7月の臨時議会は7月22日だそうです。1週間前の15日に議案書が配られ、6日前の16日には議会運営委員会です。16日には、私は委員ではありませんが、政治倫理委員会、合併問題特別委員会もあります。

▼7月3日(土)午前中、事務所に来客。自治会の作業はどうしても土曜日になってしまいますね。班長・役員名簿、回覧割振り表、自治会だより、役員連絡網の原稿完成、印刷終了。上の息子が久方ぶりに我が家に。夕飯の支度に、数ヶ月ぶりに近所のコープのお店で買い物。店内を一巡する買い物は、数ヶ月ぶりです。殆ど、生協の共同購入で食材を調達しているので、私の調理はあるもので作る式です。忙しいので、ゆっくり買い物という時間枠は、毎日の生活時間の中には入れていません。息子の好きなものは…と、アレコレ選びました。すいか、桃、トマト、うなぎの蒲焼、ヨーグルト、谷中の生姜、キムチ、しそわかちりめん…。あ~、でもこれらの食材って、料理の範疇じゃないですね。家にある食材でちゃんと、料理しましたよ。

▼7月4日(日)約束事のない日曜日。ゆっくり気分で洗濯、布団干し、洗い物。テーブルの上の書類の山も次々片付けて、すっきり。下の息子は、きょうも仕事。昼に、自治会だよりと他の回覧物を中継者の方たちに配ってまわり、区切りがついてすっきり。上の息子といろいろと話ができました。お孫ちゃんにも会いたいし、何時会えるかな?と日取りも相談。リビングに孫の写真をそこここに飾ってあるけど、もう5歳ですものね、大きくなっただろうな。子どもは、会わない内にあっという間に成長するので、会うのが楽しみです。

▼7月5日(月)1週間の始まりです。午前中、虹の会と障害福祉課との話し合いに同席。障害福祉担当として、ニーズに応じた介助保障と、一律上限を設けないことを確認。まずはよかったです。その後、廃棄物政策課に行き、資源物の持ち去りについての対応と、学童保育クラブのごみの収集状況について聞きました。高齢福祉課に行って、介護保険適用の機器の利用について、市の対応を聞いてきました。一体化されてないと保険適用の給付対象にならないことを、事業者にも言ったということで、利用者の方がどう納得されるか。浦和区役所の生活課に行って、先日の浦高通りの側溝の清掃を確認。6月末に土砂をとったということです。もう一つ、産業道路の歩道で危ない箇所への対応をお願いしてきました。午後、現場を確認してみるということです。ばたばたと用事を済まし、森永議員と話し込みながらのお昼。焼きうどん、久しぶりでおいしかったです。グリーンフィンガーズに約束の時間を過ぎて到着。Iさんがパートを辞められるので、ごあいさつに来られていて、何とか間に合いました。Iさん、本当にお疲れ様でした。私が職員を辞めた後の始末も含め、よくやっていただきました。ありがとうございました。事務所に戻り、来客の方々とお話。その後、美容院へ。ようやく、髪を切りました。この1ヶ月間、切りたくてしようがなかったのですが、時間がとれませんでした。すっきりです。身も心も軽くなった気分です。

▼7月6日(火)午前中、産業道路の歩道の状態を見て、浦和区役所の生活課へ、再度の依頼。昼に、以前マンション問題でお手伝いしたDさんをたずね、参考資料をいただきました。午後、さいたま市障害者協議会の理事会へ。北浦和から大宮ふれあい福祉センターまで、50分もかかりました。真夏日で、車のファンは熱風で、窓からも暑い空気。「かんべんしてよ」とお天気の神様に叫びたい気持ちでした。熱中症になるかもと思いました。それでも、車を修理屋さんに出そうとは思ってないです。昼間は極力、車に乗るのはやめようと思います。理事会は4時半に終わったので、帰りは少し楽でした。事務所にとって帰って、夜は火曜会の会合へ。考え方も政治的立場も種々のメンバーの集まりで、それぞれの方の意見を順々に聞いていると、「フーン、そうなんだ!」と自分の考えとは別の角度からの意見を聞いたり、「そうそう!」と深い洞察に感心してあいづちをうったり、参考になります。自分の意見も言うので、自分の思考に足りない所はどの辺かな?と、内省して、それなりの訓練にもなりますね。終了後、Uさんに相談事。建築の図面を見てもらってアドバイスを受けました。

▼7月7日(水)今日も真夏日。じっとしていても汗が吹き出てきます。午前中、「くらしの食育塾in関東」に参加。食料自給率や環境問題等も含めた食育についての説明を、農水省関東農政局消費・安全部の方から受けました。データがなかなかすごいです。いろいろと使えそうです。スナック菓子の油脂の多さ、清涼飲料水の糖分の多さ(ペットボトル1本になんとスティックシュガー17本分も砂糖が入っている)とか…。出前の講座も行っているということですので、今度、さいたま市消団連でも食育講座を開催するといいのでは。夕方、領家公民館に行き、図面を確認。領家公民館は古いので、職員室(6~8畳くらいに4人の職員)も狭いし、何とかしたいです。その後、自治会長さんと一緒に産業道路の側溝を見て、どうするかを検討。

▼7月8日(木)昼間は車に乗りたくないと思いつつ、そうもいかずに熱い車内に我慢しながら車で行ったり来たりです。午前中は、第14回北浦和地域連絡協議会の北浦和フェスティバル・学校公開(11月6日の予定)実行委員会の会議で北浦和小学校へ。そのまま浦和区役所の生活課へ。産業道路の側溝の件でまたまた窓口へ。段差解消の工事はもう発注したそうです。高齢介護課へ行って職員の方と、福祉機器の取り扱いについて確認。それにしても暑いです。事務所で冷房をつけていても、身体がおかしくなりそうです。これからまた、暑い中、武蔵浦和まで、あの熱風の出る車で行かなければと思うと、気がなえます。夜は、日中友好さいたま市民会議の役員会に、久しぶりに出席予定です。

▼7月9日(金)10時過ぎに自治会の会長、副会長とで浦和区役所の生活課に行き、産業道路と浦高通りの交差点際の側溝のふたが危ないので取り替えてほしいことを再度要望。1時間かけて話をしても、段差のきつい部分だけは取り替えるが、他のグレーチング(鉄の格子)の取替えはお金がかかるので無理で、了解いただきたいというのが、担当の話でした。区の予算の枠内では無理なのかもと、仕方なく帰りました。11時から1時半まで会派の会議。2時に、武蔵浦和の都市再生機構に行き、1時間ほど話。築40年にもなる領家公民館を改修・増築してほしいという、地域住民の方たちの強い要望と依頼があったので、それに向けての調査です。領家公民館は旧住都公団住宅との共同建築になっています。旧住都公団は、7月1日から独立行政法人都市再生機構になったそうです。それから暑い中、武蔵浦和から与野の南部建設事務所まで行きました。午前中の道路の側溝の改修の件で、生活課ではらちがあかないので、道路整備課、道路維持課に行きました。道路維持課で、区の生活課では受けられないとされた改修の件を受けてもらいました。2段階の改修になります。生活課では一部段差をなくす取替え(こちらはすぐできる)をしてもらい、道路維持課では安全に側溝がフラットになるように改修(終了は9月中になる)してもらうという段取りです。何とか、住民、自治会の要望が通ったのでほっとしました。道路整備課では、浦高通りのバリアフリー工事の進捗も聞きました。現在、設計、測量の発注をしたそうで、工事は秋口になるそうです。150mです。来年は200mにしてほしいとお願いしました。ちなみに浦高通りは1.1キロなので、200mだとあと4年でバリアフリー化工事が終わることになります。もっと早くに終わらせてほしいところですが…。夜、資源物の持ち去りについての対応はどうなっているのか、Yさんから頼まれて、まだ連絡してないことを思い出して電話。月曜日に環境部で聞いたことをお伝えしました。9月議会に廃棄物の条例改正案を出す予定にしているそうです。川口、戸田、新座、志木、東松山、坂戸、川越がすでに対応しているそうです。古紙の値段が上がっているのはいいことですが、持ち去る業者は新聞だけを持って行くとか。それも堂々と。Yさんは業者の人に声をかけられなかったので、市に電話して対策をお願いしたと言ってました。

▼7月10日(土)午前中は主婦のお仕事。洗い物、洗濯、布団干し、つくろいもの、衣類の整理。午後は、私の部屋の片付けに取りかかりました。2月議会の議案書や資料がちらばっていて、6月議会の議案書もどこにあるのかわからない、ぐしゃぐしゃの状態です。私の部屋は6畳ですが、洋服タンスとハンガー、本箱が3つと机、そして部屋の真ん中に丸いちゃぶ台があって、そこに議会関係や運動関係の書類がバサッと積み上げられています。床には書類が入った紙袋が5~6個、紙の山が2つ。13年前の浦和市議時代からのノートやファイルがそのままなので、もう、置き場所がありません。要るものと要らないものに分けて、空きを作らないと整理ができません。なつかしい、浦和市議時代の一般質問の原稿類や、財政の勉強ノート、市民運動の学習会の資料など、読みつつ、整理したので、なかなかはかどりません。2月議会報告が、原稿が多すぎて途中で挫折したので、6月議会報告は絶対に作らなければ、という決意で部屋の片付けです。夜は、マンション建設問題の住民説明会です。相変わらず施主は出てきてません。しかも、施主はそのマンションに住むのだから、常識的に言って、近隣にあいさつするのは当たり前だと思うのですが、理解に苦しみますね。

▼7月11日(日)10時からの和楽会(老人会)の七夕の集まりに参加。暑いと帰りが嫌だなと思いつつ、車で30分、バイパスを越えて寿楽荘へ。こういう機会でないと、お会いできない方たちにご挨拶。お弁当を食べ、皆さんの踊りを見たところで、途中退席。雨が降りそうな雲行きで、そんなに暑くなかったので助かりました。選挙の投票に行って来ました。誰に入れようか最後まで迷いました。私も選挙の候補者の経験があるので、何なんですが、国政の場合、人物本位か政党かも迷います。死に票も嫌だし、だけど、いまの政治状況を見ていると弱者の声が消されていくような、そんな危なさを感じているので、棄権はしませんが…。息子は午後から出勤。今日は朝、昼、夜とご飯の用意です。きのう、ふとん干しをしていたので、よかった。せめて1週間に1回はふとんを干したいですから。夜、寝るときに翌日の予定を反芻するですが、昨晩は何故か、海に行きたい~!と痛烈に思いました。でもどこの海も人出で一杯だろうし、ここから海までは時間もかかるし、やっぱり無理だろうとあきらめました。丸一日、目的もなしにどこかに行って、命の洗濯をしたいですね。

▼7月12日(月)午前中はさいたま市消費者団体連絡会の定例会。消費生活総合センターがJACK大宮に移ったので、そちらの会議室を借りました。駅から近いので来やすいです。来年の消費生活展に向けた準備がこれから始まります。10月にお葬式のやり方の講演会を行なうことも決めました。午後は、用地管財課と、消防局の財務課へ行って調査。浦和区役所の生活課に、金曜日の件(道路維持課で補修を受けてもらった件)を伝えに行きました。生活課が発注した危ない段差のところは、今日作業が終わったとのことです。夕方は、視覚障害者のIT技術取得のサポート活動を行なっているNPOの方二人が事務所に来られ、相談を受けました。夕べ、参議院議員選挙のテレビ番組をずーっと(ついつい)見ていたので、ちょっと寝不足気味の頭ですが、外は風が吹いて気持いい一日でした。

▼7月13日(火)午後、領家公民館で、防犯についての話をうかがいました。話し手は浦和警察のお二人の警官の方。けんちゃん劇団というそうです。楽しい語り口で、最近の犯罪とか、防止策とかを話してくれました。ピッキング、焼き破り、ひったくり、おれおれ詐欺、架空請求などの手口を聴くと、エエーッという感じです。とにかく、挨拶、声かけが一番だそうです。隣近所のコミュニケーションの希薄な所が狙われるそうです。そして、すぐ110番だそうです。警官の数が少ないので、警備保障会社が県から委託を受けて、2人一組で、地域内を7時間、徒歩でのパトロールがこの地域でも始まりました。パトロールの方3人も挨拶にみえてましたが、日に焼けてました。この暑い中、終日歩き続けることは大変です。見かけたら「ご苦労様と声をかけてやってください」と警官の方が言ってましたが、ほんとにお仕事、ご苦労さまと言いたいですね。領家交番にも、警官以外にも交番相談員という形で、配置がされましたが、ぶっそうな世の中です。

▼7月14日(水)夕方、グリーンフィンガーズに寄りました。そこにT君から電話。T君は、グリーンフィンガーズにとっても、そして私にとっても初めての養護学校からの実習生でした。2週間の実習が終わって帰る姿を見送ったとき、つい涙ぐんだのを覚えています。彼は今、市内の施設に通っているのですが、お花見やクリスマス会などのグリーンフィンガーズの行事に、参加してくれています。T君はとても気持がやさしいので、彼が来ると皆喜びます。近々就職できそうとのこと。よかったね!T君が仕事場で、生き生きと働く姿を見たいですね。

▼7月15日(木)午前中は会派の市内視察でした。三橋にあるさいたま市心身障害総合センター(総合療育施設)「ひまわり学園」に行きました。ひまわり学園は、心身障害児総合療育施設、さいたま市立養護学校、心身障害者福祉施設みのり園の総称です。こうした医療、福祉、教育が一体となっているところは、全国的にも珍しく、見学や視察が多いそうです。養護学校も校長先生が案内してくれました。プールは、保護者が集めたベルマークで購入した簡易プールです。やはり、ちゃんとしたプールが必要です。教室も足りない状況がよく分かりました。児童生徒の数が増えている、というより、重度の子どもが増えたことによりケアルーム(医療対応)の整備がされ、教室の場所が足らなくなった、というのが分かりました。どんな障害があっても、その子なりに精一杯生きていけるような、ヒューマンな対応が求められていますし、視察した範囲でですが、学校側はそういう努力をされていることも感じました。午後は会派の会議。5時きっかりに市役所を出て、南部建設事務所の下水道管理課へ。天王川遊歩道にラバーをかけて、つまづかないようにする工事がこれから始まるとの連絡を受け、説明を聴きに行きました。この遊歩道は通学路にもなっているので、夏休み中に工事します。予算をかき集めて、今年は283メートルやるそうです。去年は130mですから倍の長さです。「始めたら早く終わらせた方がいい」と職員の方のお話。うれしいです。

▼7月16日(金)午前中は、9時半から議会運営委員会の理事会、10時から議会運営委員会があり、7月22日の臨時議会の議事日程について確認がありました。10時半から政治倫理特別委員会があったので、傍聴しました。条例化に向けた議論が行われています。傍から見ていると、遅々とした感じですが、全会派の合意と建設的な動きをつくっていくには、一つ一つていねいに合意を積み重ねていくのが一番だというのも、傍聴していてよく分かります。午後は、自治体議会政策学会の自治体政策講座へ、森永議員と一緒に行ってきました。駅でおにぎりとお茶を買って、電車を待つ間にもぐもぐ。「特区制度と自治体の自立」と「都市計画と自治体議会の役割」の2つの講義を聴きました。都市計画の方の講師の進士五十八さんの話は、まちづくりの基本ベースとして刺激的でした。社会全体が自然との向き合い方を問われているんじゃないか、とそんな感想を持ちました。「今までの社会が分業化で来て、その弊害が出ていること。全部縦割りなので、全体を見れる人がいない。全体を見れるのは市民と議員である。制度をつくるのは議員である。専門家は一部だけの専門家なので他はどうでもいいと思っている。…」とのお話に、「そうだよね~」と共感です。7時半過ぎに事務所に戻り、来客の方とお話。

▼7月17日(土)子どもみこしの手伝いに、予定時間より早めに行ったのですが、おみこしの到着がかなり早くて間に合いませんでした。家で要らないものの片付けを続行。何でこんなものをずっと後生大事に置いとのだろうと思う物ばかりです。捨てられない性分を自覚して、すぐに判断するようにしなければ、息子が言うように、(紙)ごみばかりの家になってしまいます。

▼7月18日(日)大人みこしの手伝いは夕方からなので、その前に他の町会のお祭りにご挨拶。知り合いの方たちに挨拶して帰りました。「やせたね~」と言われ、「はい、3キロぐらいやせました。議会の準備で徹夜とかいろいろと、食べずに考え事したりして、胃が小さくなったみたいです」、「選挙のときもやせたけど、体力が勝負なんだから食べなくちゃだめだよ」、「はーい、わかってま~す!」と、おなじみのおじさん連中の方たちとおしゃべり。きょうもほんとに暑い日です。みこしを担ぐのも年中行事ですが、地域内のコミュニケーションのとり方が変化してきている今日、役員さんたちはどんな感想をもって関わっているのだろうか?と思いました。

▼7月19日(月)昨日のお祭りの手伝いは、夕方の休憩所でスイカ出しの後も、夜、おみこしが社に着くところまで付き合ってしまいました。今年は、お囃子の人たちや、みこし担ぎのプロ(?)の人たちもたくさんいて、盛り上がってました。足捌きがリズムがあるんですね。見ているこちらもリズムに乗ってしまいそうでした。今日は、終日部屋の片付け。本箱2つ分ぐらいの本やパンフ類を資源物に括りました。故佐藤さかえさんからいただいた、陶器の時計を落として割ってしまったり、本箱のガラスを割ってしまったりとしながらも、ようやく整理のめどがついてきました。エッチラオッチラと、空いた本箱を動かして、ようやく議会関係の資料類を納めることができました。整理してないと価値ある資料も使えない、宝の山のもちぐされになることを再度実感。「エエーッ、こんな所にあったんだ!」という資料が出てきたり、奥まった所から何年か前の飴の缶が出てきたり、もずのいけにえの発見です。それにしても、8年間の汚れの蓄積がすごいです。久しぶりにハタキをかけて、のどがやられそう。小中高生の頃は毎週日曜の朝、ハタキをかけて箒で掃いていたりして、真面目だったんだなぁと思い出しました。いつから、ハタキをかけなくなったのでしょう。

▼7月20日(火)午前中、岩槻市との合併の第2回法定協議会を傍聴しました。合併の期日、議会の議員の定数および任期の取り扱い、新市建設計画、合併の是非と、議事は粛々と異議なしで進み、法定協の結論も合併を是とすることが決まりました。あっけない感じです。次回は8月24日で、合併協定書を決定、そして調印もするそうです。市民の合併への意思はほんとのところ、どうなんでしょうか?という疑問は最後までぬぐえません。グリーンフィンガーズが浦和区役所の福祉ショップ出店の日なので、立ち寄ってパウンドケーキと甘食を買って、Sさん、Mさんと身振り手振りでおしゃべり。なかなか手話を覚えられません。今日は、市役所や市民食堂などで、何人もの知り合いの方たちに会いました。ラッキーでした。

▼7月21日(水)何という暑さでしょうか。明日の臨時議会に、車いす使用のKさんが傍聴したいと言っていたので、議会事務局に行って、傍聴席への通路を確認させてもらいました。傍聴席に入る通路は2つあるのですが、2つとも階段です。1つはくの字形の階段、もう1つは直線ですが傾斜が急です。執行部側は、傍聴席のバリアフリー化をエレベーターでと考えていたらしいのですが、1億かかる?ので財政的に無理、とされていたみたいです。全面改修やエレベーターが無理なら、次善の策で、昇降機をとりつけるのは可能でしょう。ただ、これも実際に使用する人に聴いてからの対策ですが。現在、車いす使用の方が傍聴する場合、一番前の記者席に行ってもらっています。記者席へ行くのにも階段があるのですが、9段なので、職員が手動の車いすを4人がかりで上げていくやり方です。どちらにしても、誰かの手を借りずに傍聴席に行ける改修に、早くとりかかるべきだと思います。Kさんに電話したら、昨日から熱を出して明日の傍聴は無理とのこと。彼女の意見も聴きたかったのですが、残念でした。

▼7月22日(木)臨時議会です。本会議が始まってから請願が出されたと聞き、びっくりしました。議案に関係するので急施案件になるのでしょうが、どういうとらえ方をすべきなのか、考え、会派内でも議論しました。総務委員会が開かれたので傍聴。5億円の補正予算です。岩槻市との合併に伴う、データ統一のシステム開発の基本設計、詳細設計の費用です。本来なら議会の廃置分合議決を待って行うべきものです。議会運営委員会の理事会、議会運営委員会が開かれ、請願は委員会付託を省略し、本会議で採決することを確認。本会議で、私は議案に反対、請願採択に賛成で臨みました。請願内容は趣旨に賛成できるので、賛成しましたが、でも、本会議当日に出すというのは、どうなのか疑問が残ります。もっと建設的に議会運営をつくっていきたいのに、こういう理解に苦しむような、ごり押しのやり方をしていると、また縛りが逆に強くなるのでは?と思います。請願を、通すことでなく、出すことに意義を見出すことも、状況的にはある場合もあります。でも本来、請願は、通すことにどれだけ努力するのかの姿勢が問われることだと思うのです。3時半ごろ議会は終わったのですが、そのまま断続的に会派会議。ぐったり疲れました。

▼7月23日(金)きのうの疲れがまだ残っているのですが、午前中は愛育会のふれあい会食のお弁当作りに参加。料理作りに参加し、皆さんとおしゃべりしているうちに疲れもとれました。筑前煮、コロッケ、ポテトサラダとどら焼きがついたお弁当。薄味で私好みでおいしかったです。午後グリーンフィンガーズに行くと、ちょうど中学生の実習の最終日で、1年生の男の子二人がパウンドケーキを作り終わったところでした。3日間作ったとかで、レシピもしっかり頭に入ったことでしょう。家の人にぜったい褒められる味です。それにしても中1生は、まだあどけなく可愛いです。いつからおとなっぽくなるのでしょうか。息子2人を育てたのに忘れてしまいました。担当の先生もいらして、彼らの作ったパウンドケーキを3本も買ってくれました。夕方、秋のバザー用の品物を出してくれる方のところへ。どっさりといただいてしまいました。グリーンフィンガーズ行きかな。

▼7月24日(土)とうとうほぼ9割がた、部屋の片付けが終了。リビングから本箱2つをとると、部屋が広く感じられて満足。1つは処分、もう1つは別の部屋に移動で、息子のまんが本が入ることに。私からするとどうでもいいようなまんが本ですが、息子からすると私の本は紙ごみなので、文句も言えず、たまったまんが本の整理用に本箱の提供です。何十巻とあるまんが本ばかりで、背表紙を見ているとそれなりにそろってます。手塚治虫の選集もあるし、まぁいいか。超人ロックや蒼天航路とか、読むとそれなりに面白いのもあるし。片づけ中に、写真がたくさん入った箱を発見。息子たちの小さいときの写真。あの頃は可愛かったのにな。12年前の議会視察の写真も。私も若かったな。他の議員の方たちも若いですね。歳を経て顔も変わるのですね。どこがどう変わるのでしょうか。作らなくてはいけない原稿が3つあるのですが、片付かないと考えられない、と自分に言いながら、逃避行動かも。

▼7月25日(日)きょうも暑い日。あついというより、あぢぃ、という感じです。少々夏ばてぎみで、パキパキ感がありません。それでも、きょうの浦和西口ではおみこしが出たり、露店があったりして、それを見るとウワァお祭りだ!と好奇心が出てくるから、不思議なものです。電磁波・環境もんだい埼玉ネットの事務局会議が終わったあと、露店で大きいたこ焼きを買いました。夕飯のおかずの一品です。一駅ですが電車に乗って、何となく旅気分を味わいました。いつも車で移動だからでしょう。帰りにスーパーで買い物をして、時間の余裕があるのでズラッと店内を見てまわり、うなぎの蒲焼がたくさん陳列してあるのを見て、夏はやっぱりうなぎなのね、と納得。夕飯の支度もばっちり終わって、これから地元の方たちとの3ヶ月に1回の飲み会です。

▼7月26日(月)家を出る直前に都市再生機構の職員の方から電話。前にうかがって回答をお願いしていた件でのお話し。お昼をはさんで会派の会議。シックスクールの娘さんのいる友人から相談を聞き、即二人で教育委員会の健康教育課へ行って、夏休み中にきちんと対応策をとってほしいことを確認。教育部局と市長部局との連携は、どこまで期待できるのか。後のプッシュが必要です。国民年金課へ行って、障害年金を受けている方の保険料の支払いについて、聞きました。私に相談された方は、以前、役所に行って支払いの件を相談されたそうですが、その後連絡もなく、保険料支払い通知書が送られて来ているそうです。親も歳をとり、障害年金を受けている娘さんの保険料支払いを替わって払うのも難しいという相談でした。法定免除で、世帯主の収入にかかわらず、障害年金を受けた時点で免除されるということでした。申請主義なので本人が申請しないと免除になりません。なぜ、相談を受けた職員が、こうしたことをきちんと伝えなかったのでしょうか。困って相談してきているのに。その後、大宮のふれあい福祉センターへ。中山道が渋滞で閉口します。夜はさいたまシティカップ2004のレセプションパーティーへ。中座して、八ツ場ダムをストップさせる埼玉の会の会議・暑気払いの会合へ。気がつくと10時近く。きょうは時間に追われて、いったん家に帰って夕飯を用意できなかったので、あわてて帰宅ですが、先に帰宅していた息子は連日(土日もない)の仕事で疲れて、もうベッドで寝込み始めてました。息子は一旦寝込むと起きたことがありません。遅かった!と思っても、後のまつり。食べずに寝て、また明日、早朝仕事に出かけることを考えると、親としては切ないです。「男でも食事の支度を自分でさせるようにしなさい!」と、言われます。そうしたいのは山々ですが、息子の仕事のきつさからすると、それは無理。理屈と現実が合いません。私は男女平等主義者で、重労働の労働者の権利擁護も主張する主義ですが、現実問題、まず命優先、健康優先で、まず食べることが先だと思っています。

▼7月27日(火)夕方から、さいたまシティカップの試合を見に行くつもりが、体調がおもわしくないのでパス。参加の申し込みしていたので、ギリギリまでどうしようか迷ったのですが、身体優先にしました。無理すると必ず後で出ることが、よく分かってきたので(若い頃は無理を続けても何ともなかったのですが)、体調維持に気を使うようになりました。帰宅して、夜9時ぐらいまでこんこんと眠りました。

▼7月28日(水)お昼は愛育会の暑気払い。イタリアンレストランで14人が、普段は口にしない料理に舌鼓をうちました。お肉、サラダ、特に玉ねぎがおいしかったです。ふれあい会食を10年以上続けていて、いつもお弁当作りに精を出されている面々が、ワイワイがやがや。次から次へと料理が出され、つい食べ過ぎてしまいました。年に1回ぐらいは、こうした会食もいいですね。

▼7月29日(木)自治会の自治会だよりを午前中に作成し、午後は自治会役員会。自分の便り(議会報告)作成はまだ中途半端。どうしても自分のは後回しになってしまいます。友人が西伊豆に転居して1ヶ月。「海、山、川、温泉、豊かな自然がいっぱいです。遊びにいらしてください」と暑中見舞いが届きました。ハガキを読んで、思わず「うぅー!うらやましい!!」1年以上かけて全国を探して見つけた場所だから、きっといい所まちがいなし。彼女は腕に職があるし、どこに行っても自分らしさをもって暮らせる人だから、大丈夫。いつ行けるか分からないけど、会いに行きますね。彼女から、いつも「ふみ子さんは働きすぎ!そんなに時間に追われていていいの?!」と呆れられていたので、見限られたかも?と思ってました。とても嬉しい便りです。私と同い年の彼女。自分に正直に、率直に人生を歩んでいます。私とはやり方が違うけど、共通するもの・共感できるものがたくさんあります。

▼7月30日(金)会派会議の前に、浦和区役所の生活課に行き、ごみ収集所の看板や防犯のハザードマップをもらい、子育て支援課の職員の方から、JACK大宮にできた子育て支援センターの説明を受けたり、高齢福祉課に行って、原殿園(特別養護老人ホーム)の指定管理者についての説明を受けました。会派会議は、相変わらずあーでもないこーでもないと行きつ戻りつの議論。ストレスは溜まりますが、これも鍛錬です。一応収まるところに収まるかたちで終わります。夜は、私の仲間との暑気払い。気のおけない友人たちと、飲み、食べながらのおしゃべり。大根おろしやとろろ、もつの煮込みとか、おいしかったです。こうした飲み会は、年に2回ぐらいしかやってないのですが、こういう(活動と暮らし方で共感し合える)仲間がいるのは、本当にありがたいです。口では言ってないのですが、心から感謝です。

▼7月31日(土)市民と議員の条例づくり交流会議2004「地方公共団体から自治体へ」に、参加してきました。全体会Ⅰは、江橋崇さんの「条例づくりは憲法づくり」、須田春海さんの「市民自治体への転換」というお話。須田さんが「司法、立法、行政」という三権分立のことばがあるが、行政は本当は「行法」とすべきではなかったのか、ということを話されていて、そうか、やっぱり、と思いました。前から行政という言い方が気になっていたのです。法をとり行なう執行部という言い方は、その通りだと思いますが、政治を行なう行政ではないのではないかと、思い、あんまり行政という言い方は使いたくないと思っていました。私の疑問がひとつ解消されました。分科会は、都市計画の市民立法に参加しようと思ったのですが、別の同僚議員が参加しているので、私は「税財政・予算編成への市民参画」に参加しました。菅原敏夫さん(東京自治研センター)のお話、そして葉山町のお話、廃棄物会計の取り組み報告と3つのテーマとも参考になりました。菅原さんは、出納整理期間(会計年度は3月末で終わるのだが、現在の法律では4月1日から5月31日までの2ヶ月が出納整理期間とされ、これが終わらないと決算に取りかかれないようになっている)は、実際には数日間でも大丈夫と話され、そうなれば前年決算が次年の予算に反映することができるとおっしゃってました。今は決算と予算案作成とが同時並行で行なわれているので、決算での評価が生かされないしくみになっています。このことは、ぜひ取り上げていきたいと思いました。2000年の地方分権一括法の成立で、機関委任事務が廃止され、自治体はすべての面で、条例制定できるようになりました。それだけ議会の役割も拡大し、重くなっているということです。議会が独自に条例案提出を行なうことや、政策提案していくことが求められています。現実には、まだ執行部側からの議案提案が殆どですが、変わって行かなければなりません。私が漠として持っていた問題意識が、整理され、きょうは参加してよかったと思います。

▼8月1日(日)議会報告がまだできていないので、その作業。でもなかなか進みません。たったB5版4ページなのですが、短く、分かりやすく、伝えたいことを盛り込んで、というのが難しい。とはいえ、明日の午前中にIさんが事務所に来てくれて、手伝ってくれるというので、何とか形にしないとと、パソコンに向って作業です。半分ぐらいしかできませんでした。「劇団どくんご」から暑中みまいと公演のご案内はがき。どくんごの皆さんは、とても心がやさしい方たちで大好きです。いろんな仕事をしながら、劇団を続けています。えらいなと尊敬してます。第20回公演「バラ色の日々」8月13日と14日の2日間、中板橋の新生館スタジオです。私も観に行きたいけど、13日から16日のお盆は絶対来てくれと、母の厳命なので観に行かれません。残念です。去年の公演も同じところで、観にいきました。狭いので、演じ手がすぐ近くにいて、自分が演じ手の演技の世界に入り込めそうな感覚だったのを思い出しました。劇団どくんごは、来年、3年ぶりの全国規模のテント劇場ツアーを行う予定だそう。全国のあちこちに夢をふりまいてほしいですね。

▼8月2日(月)午後から、自治労主催の「2004年度自治体財政分析講座」に参加。会場のある国際展示場駅周辺は、もろ人口的な街。きれいに整備されてごみごみ感がまったくありません。何か落ち着かないですね。植栽もあるけど、親しみある緑という感じではなく、お飾りの緑という感じ。講座は三位一体改革と自治体改革がテーマです。どの自治体も、もちろん国も財政難。さぁどうするんだ、というのが現在の日本の状況です。難しいですね。どうするのか?の前に、状況を正確に把握するにはどうすればいいのか、が私のレベルです。市民立法機構の講座に続き、また菅原敏夫さんの講義を聴けてよかったです。もっと詳しく彼の問題意識の展開を聴いてみたいです。

▼8月3日(火)財政分析講座の2日目。決算カード(地方財政状況調査票の要約で1枚の一覧表)の見方がテーマです。平成12・13・14年度の自分の市の決算カードを見ながら、練習表に書き込みです。全国平均と比べ、経年で比べ、自分の市の財政状況がどれくらい硬直化しているか、借金はどうかなどを見ていきます。さいたま市の2002年度の財政力指数は0.999。1を超えると地方交付税の不交付団体になりますが、きわどいところで交付団体です。お昼で講座終了。国際展示場駅から大宮駅まで、乗換えなしの一本で、大宮のふれあい福祉センターへ。さいたま市障害者協議会理事会です。電車で移動でしたので、帰りは大宮駅までバス。大宮駅から北浦和駅行きのバスがあったので、ラッキー!と乗ったのですが、途中新都心駅までぐるりと迂回するとは知りませんでした。昼間のバスは乗客が少ないです。私もこういう機会でもないと乗らないでしょうね。時間刻みで動いていると、次の用事に間に合うか気になって、バスには乗れません。自分の車になってしまいます。で、あたふたと夕飯の支度をすませ(朝急いでいたのでできなかった洗濯機もまわしながら)、夜の会合へ。ビールが入るので自転車です。夜になると風が心地いいです。

▼8月4日(水)「ヒバクシャ・HIBAKUSHA世界の終わりに」というドキュメンタリー映画を観て来ました。米軍のイラク侵攻前のイラクの子どもたちと家族が映ってました。米軍の劣化ウラン弾による放射能被曝=白血病になっても、薬がなく、手を尽くせない親の怒り、医師の嘆きが語られていましたが、今はもっとひどい状況になっているんだろうなと思います。米国で、孤立しながらも核施設の汚染を告発し闘っている農場主の男性。放射性ヨウ素が、実験用に空中でばらまかれた話。怒りますね、ほんとうに。映画会場でもざわつきがあったのは、肥田舜太郎さんと市川定夫さんが、初対面で出会った場面。長くなるので書きませんが、時代も変わってきた、ということなのでしょうか。広島の原爆投下後、現地で治療にあたり間接被爆し、戦後ずっと被爆者の医療に尽力された肥田さんが、おっしゃっていた言葉が心に残ります。「多くの政治家は、国家の正義のためには多少の人命が犠牲になってもやむをえないと思っている」(正確な言葉ではないかもしれないけど、趣旨はそうだと思います)。イラクの人質事件で、小泉首相が見せた切捨て路線がこれですよね。正義を決めるのは誰か?「多少の犠牲」の「多少」に、私やあなたや、家族が含まれるかもしれない、それでいいのか、という問題です。私は人一人の命にこだわりたい。どの命も同じように尊いことを社会の常識にしていくことが、政治家の務めだし、使命ではないか。そうでないと、誰かのつくった規範で、人の価値がはかられ、右向け右、左向け左になってしまう。~映画を観ながら、そんなことを考えてました。それにしても、久しぶりの映画ですが、大体、私の映画鑑賞というと、こういう真面目なもので運動がらみばかり。中学、高校、大学と映画館に通っていた頃は、外国映画でそれなりに夢見心地を味わえたのですが、この30年、ないですね。映画批評欄があると必ず読んで、観たいなと思う映画はあるのですが、結果として行けてません。いつも、用事が優先されてます。海、山、川と同じで憧れです。

▼8月5日(木)終日、事務所にいました。議会報告原稿の作成や、来客の方たちとのお話。私が関わっているマンション建設問題も、解体作業が終わり、工事協定書の締結の段階。業者側との交渉も、どういう形になるのか。住民の方々の希望がどこまでかなうのか。これ!という基準、法的な拠り所のない中で、施主や業者の組み合わせ次第で、対応も違ってくるし。と、悩みながらも、住民の方たちと相談。夕方、私の入力した原稿チェックにIさんが来所。専決って何?わからない、供用開始ってわかりにくい、とばさばさと削られます。普通に読んでわからない言葉は、極力使わない、としているつもりが、私も議会用語に染まってしまったかと、ちょっと反省です。

▼8月6日(金)朝8時15分、テレビで広島の様子が出ていて黙祷があったので、私も一人で黙祷。原爆投下、終戦からもう59年になるのですね。戦争の理不尽さや悲惨さが、風化していっているのかもしれません。私は戦後のベビーブーム世代なので、戦争のことは直接は知らないけれど、想像はできます。人間の持っている想像力、愛する心、理性を大切にしたい。「自分が自分であること」の人間の尊厳を忘れずに。植木に水をあげていたら、ちょろちょろと動くものが。とかげの子どもでした。ねこの額の、庭とはよべない庭に、とかげとかの生き物がいて嬉しいですね。午後から会派会議。複数で議論し、論理を積み上げていく試みは、きょうも続きました。9日の月曜から11日の水曜まで会派の視察です。13日から4日間はお盆で実家へ。それまでに、こなさなけばならない用事を終わらせておかないと、帰宅した翌日から、メチャ忙しい時間繰りになりそうです。

▼8月7日(土)お昼にマンション建設問題で、業者の方と話。午後から、合併問題での集会に参加。集会アピールを採択して、行政に届けるとか。…そこまで意思一致できるような集会なのか、?です。市民と議員、市民と議会の関係のあり方、議員のスタンスなど、考えさせられました。集会後、友人とおしゃべり。「正直にまっすぐに対面し続けることは、きつい時もあるけど、そえのさんはそれでいいんだ」と言われ、私の根本をわかってくれる友だちがいるって、ありがたいです。夕方から、マンション建設問題で住民の方々と話し合い。工事着工を間近にひかえて、どうするかを話し合って確認。話し合いが終わったら、事務所で市議会報告の原稿を作らなくちゃ、と予定していたのが、お腹もすくし、頭も疲れたしで、帰宅。結局、作業はまた後回しになってしまいました。今日一日の時間配分は、甘かったです。

▼8月8日(日)今日中に原稿を仕上げ、印刷屋さんに渡さないと、お盆休みが入り、出来上がりが大幅に遅れます。洗濯を2回やって、あとはパソコンに向かいっぱなしで、何とかまとめました。やっぱり、字ばっかりの議会報告になってしまい、B5版のつもりがA4版4頁に。日曜の休みなのですが、長年のお付き合いで無理を言って、事務所に来ていただいて、入稿です。ほっと一安心。明日の視察の前に、済ませておく用事は?あと2つ。

▼8月9日(月)無所属の会の会派の視察です。9時に東京駅に集合で岐阜県庁へ。県民苦情事前処理制度の取り組みについてがテーマです。公用車の運転手さんが、情報をもっているのを活用しようというところから始まったそう。「苦情は宝の山」が梶原知事の言葉だそうで、知事のリーダーシップが大きいようです。岐阜から宿泊先の敦賀に行く途中、友人から電話。「美浜原発で事故があったようだ」と。駅からホテルまでのタクシーの運転手さんに聞いたら、「私は原発賛成だけど、県民にはすぐ知らせないし、大丈夫だと言っても信用できない。県民を馬鹿にしている」と怒りのことば。敦賀も原発のまちです。タクシーの運転手さんに言わせると通過のまちだそう。ワンルームマンションばかり。原発関連の仕事で単身赴任者が多いのでしょう。いのちをとるか、お金をとるか…どちらが住み続けられるまちかは、はっきりしていると思うのですが。夜、夕食を食べにホテルから駅に向かって、商店街を歩いても、入れる料理屋さんは皆無。商店街のアーケードや歩車道はすごく立派で、電源交付金でお金があるんだろうなと思わせるくらいに整備されていましたが、人通りもなく、どれだけ活気があるのか…。30分ぐらい店を探して歩き続けました。

▼8月10日(火)美浜は敦賀のすぐ近くなので、朝、出発前に美浜原発のところに行ってみようと思ったのですが、間に合いそうもないので断念。敦賀から金沢へ移動で、午前中は金沢市の「市民芸術村」を視察です。10ヘクタールの広大な土地に、旧紡績工場の倉庫をそのまま生かした、工房や楽器の練習室、ホールなど。大正時代のレンガ作りで床は木。運営は市民の自主管理で、24時間貸与OK。それでもトラブルや犯罪はゼロだそう。古い民家を移築して、そこは飲食OKの会場で使用できる、など、芸術、文化を自分たちで作り出すこと、それを応援する行政。職人大学もあって、金沢市の意気込みを感じました。午後は、金沢市役所で、「旧町名復活」と「まちづくり協定」の2テーマについて、説明を受けを受けました。質問が次から次へと出て、対応された職員の方もうんざりされたかもしれません。参考になりました。21C美術館が10月からオープンだそう。駅に巨大なドームが建設中でした。他人事ながら、維持管理費は大変だろうなと思いました。駅前はホテルがたくさん立ち並び、浦和とダンチです。

▼8月11日(水)金沢から3時間かけて新潟へ。新潟市の「入札改革」と、「行政評価制度」の取り組みについてがテーマです。期せずして、公正取引委員会から新潟市の官製談合の指摘が、ちょうど新聞に載っていましたが、視察先を上げた時は、昨年の新潟市の公共工事改革の新聞記事の記憶から提案したのです。契約課の職員のかたから、談合防止対策と工事の検査体制について、詳しく説明を受けました。行政評価制度は、平成14年度が試行で、15年度から本格実施だそう。新市長の公約が情報公開日本一をめざす、というのがあったそうで、その趣旨にも沿って、事務事業評価(行政内部評価)と施策・政策評価(外部評価)をかみ合わせて、行なっているそうです。これも参考になりました。得るものが多く、さいたま市政への提案では、種々参考になるものがありました。夕方7時前に大宮に到着。帰宅して、洗濯機を1回まわして干して、夕飯の支度をして…疲れ具合がもう限界です。そのままベッドに直行。

▼8月12日(木)昨日の疲れが残っているものの、午前中、教育委員会の健康教育課へ。Hさんに同行です。化学物質過敏症の娘さんへの学校側の対応と、教育委員会に求めていたことへの中間回答が健康教育課から出され、再度の要望と話し合いをしてきました。今年度中に、シックスクール対策検討委員会を設置する予定であることを聞きました。一歩前進ではあります。化学物質過敏症への対応がきちんと分かっている方に、委員になってほしいことを要望してきました。午後はマンション建設問題で、住民の方と相談。

▼8月16日(月)13日の迎え盆から16日の送り盆まで、実家で母と一緒に過ごしました。上の息子が一晩泊まれるというので、一緒に母の待つケアハウスへ。お寺で卒塔婆をもらい、お墓参り。実家に戻ったのはもう夜でしたが、とりあえず掃除。埃がたまってます。息子が、私のできない力仕事をしてくれて助かりました。庭は近所の方が整理してくれているので、きれいになっていますが、今回の実家での私の目的は、母に聞きながら、家の中の物を片付け、掃除すること。実家にも掃除機が2つあるのですが、こちらから掃除機持参です。きれいになった畳の上で、寝転ぶと気持ちがいいです。実家は、私の住まいより広いし、田舎の作りなので、ここで数日間を過ごすと、なにか大ぶりな時間のすごし方になりそうです。誰それに連絡、どこそこに行って、という時間に追われた生活はどこか遠くに行ってしまいそう。私あての電話は1件あっただけ。持っていった本1冊と保健福祉常任委員会の去年の会議録を読了。久方ぶりに、何はなしでも、母とゆっくり暮らしました。なかなか親孝行できないし、元気でパキパキ動き働いていた母が、少しずつ身体が不自由になっていくのを見るのは辛いものがありますが、気持だけでも「何とかなるさ」と想っていなくては…。何とかなる!と想うのは、私の得意分野だし。一生懸命やって、結果甘受です。母と一緒にお墓に行った後、母をケアハウスに送り、ビートルズを聴きながら、浦和に向って車を走らせ、また活動にエネルギーを費やす生活のリズムに、徐々にギアチェンジです。ビートルズは、優しいな。心が癒されます。

▼8月17日(火)午前中は、さいたま市消費者団体連絡会の定例会。消費生活総合センターの所長さんからご挨拶を受けました。そのお話の中で、消費者被害の相談がうなぎ登りに増えていることがありました。平成14年度が5667件、平成15年度では10835件、ほぼ倍増です。特に中学・高校生への架空請求が多いそうです。市内の小学校4年生から高校生までの全児童生徒に、注意を促すリーフレットを教育委員会と相談しながら、配ったそうです。高齢者については、ケアマネさん達に講座を行ない、高齢者の身近に接する人たちに注意を促しているが、課題は、大学生や20代の若者への取り組みだそう。二十歳の誕生日を迎えた直後に架空請求とかを送るという、手口だそうです。社会性がまだ充分に伴わないで、被害にあってしまうケースが多いそうです。クーリングオフ制度なんて、自分に関係ないと思っていると、泣きをみてしまいます。気をつけましょう。自己責任が言われているので、自分たちで暮らし方を守る術を身につけるようにしないと。あなた任せでは、自分の身が守れない時代になってきています。

▼8月18日(水)朝9時から、Hさんに同行し、環境対策課と農政課の職員の方たちと話。野焼きへの取り締まり、ディーゼル車への対応と、農薬使用への対応についてです。野焼きもディーゼル車も規制なので、県の担当。農薬の取り締まりも県です。県の条例にもとづいて市の方は対応しています。市では行政指導なので限界もあるし、職員の人手の問題もあります。政令市になっても、警察がらみなので移譲されていません。農薬については、保健所もできたことだし、市で対応してもいいと思うのですが。岩槻市と合併したら大変でしょうね。岩槻市は約70%が市街化調整区域です。農家も約2千戸。さいたま市が約5千戸です。産廃処分場も多いし、野焼き対策にもかなりの人手をさかなくてはならないでしょうね。1時間ちょっとで話が終わり、すぐ合併問題調査特別委員会の傍聴に行こうとしたら、委員会は終わりましたと担当の職員。開会して10分以内に、あっという間に終わったようです。午後は、森永議員と一緒にグリーンフィンガーズへ。彼女がもらった洋服を提供してくれるというので、私の冷房なしの車で行ってきました。その提供品のブラウスを300円で買いました。グリーンフィンガーズの提出する書類が、担当がいないので書けない、期限が迫っている、というので、予算書と決算書を見ながら、下書きを作成して一件落着です。

▼8月19日(木)午後、水道局へ。水道管理者の作山さんにご挨拶。おしゃべりの中で、八ツ場ダムの件も出て、私が「八ツ場ダム建設事業費が倍増して、水道料金に転嫁されると困る」と言うと、それはないと思いますよ、とのお言葉が返ってきました。地下水使用がいま5%だが、10%にもっていきたいともおっしゃってました。午後、事務所でホームページ作成中(2月議会の予算特別委員会の報告、かなり前に入力してフロッピーに入れていたのですがUPするのを後回しにしていた)、森永議員から「あったまきた!」と電話。きのう、合併特別委員会で事務事業調整の項目だけ配布され、土井議員が早速コピーし、会派内で配ったので、私も項目だけは持っていますが、中身がわからないんじゃしようがない、と森永議員と話していました。彼女は、きょう、合併準備室に行って、「見せてほしい」「まだできてないから見せられない」の問答をしていたそうです。先月からずっと待たされて、先延ばしされているので、余計怒りが募ったのでしょう。夜、マンション建設問題での話し合い。工事が今週から始まり、来週からくい打ちが始まります。工事協定書を結びました。賃貸で6階建て、建て主はそこに住みますが一回も最後まで、住民の前に姿を見せて挨拶することはありませんでした。敷地面積も開発指導要綱がかからないぎりぎりの490㎡。代理業者がいるものの実際の住民への対応は、工事業者が行なうという、変則的な関係のまま、推移しました。ただ、協定書には、建った後の管理に関しての項目を入れたので、誠意をもった対応に期待したいところではありますが…。商業地域なので、丸々日陰になっても補償もされません。マンション問題に関わるたび、まちづくりのあり方を考えてしまいます。

▼8月20日(金)昨日の朝、ご近所のSさんから電話がありました。「お知らせするのをお盆明けにでもと思って遅くなったのですが、A子(お嫁さん)が8日に亡くなりまして…」。エエーッ、本当なんですか!?とびっくりしました。確か、私と同い年ぐらいで、しっかりした方です。乳がんをわずらい、5年すぎると安心という矢先、骨の方にがんの転移が見つかったそうです。信じられませんでした。きょうの午前中に、とにかくお線香だけでもとお邪魔しました。仏壇の写真は、A子さんです。それでも、本当に彼女が亡くなったというのが、うそのようです。お連れあいとお母さんと、ひとしきりお話しました。入院先で肺炎を起こし、眠ったまま息をひきとられたとのこと。56歳は若いです。お連れあいが、彼女は自分できちんとやって逝きました、とおっしゃってました。夜は盆踊りの手伝い。明日と2日間です。今日は屋台の売り子さんは、人手が多いので、私は踊りの方へ。踊ったことがないので、みようみまね。下手だけど、やらないと覚えられないし。踊りの先生は、さすがにぴしっとしてきれいです。

▼8月21日(土)夕べ、盆踊りの後、ホームページ作成を続けたのですが、新規作成のページ転送が何回やってもUPできず、事務所で四苦八苦。ファイル名を変えたり、別ページを作ったり、いろいろ試みてようやくできたのですが、午前零時を回ってました。会派の宿題には手をつけられずに終わったので、午前中、そのやっつけ作業。いつものことながら、ぎりぎり間際の短期集中。ボーっとした頭のまま会派会議。会派会議の後、別の町会の盆踊り会場へ。ご挨拶した後、自分の方の盆踊りへ。きょうも、売り子さんは間に合っていたので、私は踊りです。浦和踊り、さいたま市音頭、東京音頭、やぎ節、炭坑節、ダンシングヒーロー、etc…踊りの先生を見ながら、ふりをまねしても手と足とが合わない!でも楽しいですね。老若男女、小さな子どもたちも、曲に合わせて踊りの輪が拡がっていきます。私は足に障害があるので、ほんとはそんなに足を使わない方がいいのですが、楽しくてついつい最後まで踊ってしまいました。後先考えずに乗ってしまい、帳尻合わせに苦労するタイプ。もう、いま、足が痛くてたまりません。

▼8月22日(日)家の中を片付けられる日曜日です。気分的にリラックスです。午前中は、私の入居しているマンションの管理組合の総会。3週間ぶりにふとんを干して、洗濯機をまわしながら、たまりにたまった新聞に目を通しながら、切り抜き。美浜原発の事故が気になって、関連記事を切り抜いたりして、電力会社のずさんさに腹が立ったり、三位一体改革の補助金削減をどう捉えたらいいんだろうかと、考えたり。日経、埼玉、読売の3紙2週間分を整理していたら、3時間かかってしまいました。まだたまった新聞が残ってます。明日からの週は、議会運営委員会や保健福祉常任委員会、議案説明会、水道事業審議会など、9月議会に向けての予定が入ってるので、もう議会モード全開にしなくては。

▼8月23日(月)午後、水道事業審議会の以前の配布資料を受け取りに水道局に行きました。水道事業の長期構想策定のための審議会ですが、どういうわけだか、審議会委員の任期と議会側委員の交替の時期とが、ミスマッチで、新規に委員になっても、明日の審議会1回だけの出席。素案も前回の審議会で了承済み、ということで、素案への意見は言えそうにありません。施設課の職員の方から、前5回の会議分の内容について概略説明を聞きました。明日はパブリックコメントで寄せられた意見への、市の回答についてが議題です。どさっともらった資料は、一応目を通しました。水道局のホームページも見て、自分なりの感想と問題意識を整理しました。水質について力がはいっている、という印象を受けました。夜は、私の関係の運営会議。リサイクルバザーや旅行の予定、故下畑静さんの一周忌が9月なので、遺稿集を発行することとか、話し合い。気のおけない仲間とわいわいがやがや。Iさんが持参した、キャベツとトマトとピーマンと豚肉の炒め物、Oさんの南部せんべいのおみやげ、おいしかったです。

▼8月24日(火)午前9時から水道事業審議会。やっぱり素案はもう変更できない、ということだったので、パブリックコメントへの市の回答について、意見と要望を発言しました。今日で審議会はおしまいで、市長への答申を出すそうです。長期構想にもとづいて、各事業計画がこれから作られます。ダムのこととか、地下水利用や市民への働きかけなど、言いたいことがあったのですが、言う場ではありませんでした。午後から、保健福祉常任委員会で、請願4件への質疑、討論、採決があるので、水道事業審議会が終わってから、請願4件についてどうするか、最終的に頭の整理。請願については、最後までどうしようか悩むものがあります。趣旨に賛成するのか、賛成できない文言が入っていたらどうするか、討論するかどうか、とか、賛成でも反対でも、論理付けはできうるのですから。自分なりの納得をどうするかで悩みます。(意見書採択は、全会一致が原則だし、常任委員会に意見書がらみの請願が付託されても、通る見込みはほとんどありません。)今回も、生活保護関係の意見書請願があって、悩みました。厚生労働省-社会保障審議会のホームページを検索してデータを引っ張り出したり、福祉部会の意見をダウンロードして読んで考え、請願採否の態度を決めました。9月議会(8月繰り上げ)の議案書が配られました。9月議会中に決算特別委員会も開かれるので、決算関係の書類もどっさりです。

▼8月25日(水)9時半から議会運営委員会の理事会。市長給料、議員報酬の値下げを求める請願の取り扱いをめぐって、閉会中の審査とするか、急施案件として今会期中の審査とするかの議論で、時間がかかりました。10時半から議会運営委員会。執行部からの議案説明、請願の取り扱い等々が議題です。9月議会では、決算特別委員会が設置されます。各会派からの資料要求の締め切りが、「申し合わせ事項」では議会告示日の翌々日(議運の翌日、つまり明日)となっているのを、うっかり頭にいれていませんでした。決算にかかる資料要求は、決算特別委員会が設置されてから行なわれる、少なくとも、議会開会前には資料要求の締め切りはない、と思い込んでいました。締め切りが26日と、議運で言われたので、9月の26日は遅いよな、まさか今月?と、念のため議会事務局に確認に行ったら、「申し合わせ事項」の締め切りの項目を見せられ、「明日の正午です」。「エエーッ、そうでしたっけ!」と、またまた、事務局には「アホ-」と言われそう。予算特別委員会の資料要求のときも、夜を徹して要求項目を出して、締め切り時間の1分前に滑り込みセーフで出したのを思い出しました。慌てて、他の同僚議員たちに連絡です。「申し合わせ事項」や通告締め切り一覧表は、他の同僚議員たちにも配ってあるのですが、こういう細かな期日は頭に入ってないですよね。議運担当の私がちゃんと目を通して、確認しておけばよかったのです。すみませんでした。今回の決算特別委員は森永議員なので、彼女にもあやまりましたが、「この前の会派会議では、資料要求締め切りはまだ先だって言ってたじゃない!」と言われ、「ごめんなさい」です。昨日から、大学生が議員の仕事を勉強したい、と土井議員についています。昨日の保健福祉の請願での態度を決める際の、ギリギリでの逡巡具合や、今日のドタバタなどしっかり見られて、「もう少しかっこよく、議員活動を見せたい」との思いは、早や崩れました。地で行くしかないのですね。これから、家にこもって、資料要求項目を私も作成します。

▼8月26日(木)昨晩は午前2時半まで、決算特別委員会の資料要求項目を作っていました。事務事業評価表や昨年の決算資料、今年の予算資料などをまた目を通してみると、そうか~!という資料があったりして面白いです。決算の総括表(市→県→国に提出する決算データで、他の自治体や研究者に言わせると、もう出ていてもいいものだそうですが、さいたま市の場合は9月中旬でないと出ない)の項目を拾ったり、昨年の予算の重点項目を見たりして作りました。10時からは議案説明会。その後、会派内で、各自持ち寄った資料要求項目をすりあわせ、項目を合体させて、議会事務局に提出です。やっぱり、締め切り12時の1分前、企業会計の要求項目は提出は30秒前というきわどさでした。会派内の割り当て確認で、企業会計の決算委員に決まっていた斎藤議員が、都合がわるくなって替えてほしい、ということが出され、私が替わって委員になることになりました。今年の2月議会の予算特別委員会で使った資料類が、まだグシャグシャッと部屋に散乱していて、どうしよう、という状態なのですが、企業会計(水道、病院)は部門が少ないので、何とかなるか、と引き受けました。

▼8月27日(金)午前中は改革推進室に行って、指定管理者制度の選定委員会について、ヒアリングと資料提供のお願い。午後は、自治総合研究所の三野さんを講師に、無所属の会の「指定管理者についての研修会」。指定管理者制度は、いままで行政が、直営や外郭団体(市が出資している団体)に委託していた施設の管理を、民間にもできるようにする制度で、目的は住民福祉の向上ですが、要はコスト削減を狙ったものです。文化施設や体育施設、福祉施設など、さいたま市で指定管理者制度を適用予定の施設数は、187あります(今年の予算特別委員会での資料)。9月議会にも、養護老人ホームと特別養護老人ホーム2つが、指定管理者に指定する議案があります。両方とも、保健福祉常任委員会に付託されます。どの団体を指定管理者にするか、選ぶ審査選定委員会の会議は非公開です。委員長は助役で、委員は各局の局長で計10名です。外部からの委員はいません。選定の公平性、透明性をどう保証するのかが課題です。研修会は4時までみっちりやって、いろいろと勉強になりました。

▼8月28日(土)身体は正直です。昨日までの議会関係の緊張がとけると、弛緩状態です。頭の中では、あの人に電話、あれを頼む、夕べの留守電の頼まれごと、あの資料の整理、etcとあれこれ思い浮かんできますが、弛緩してると「~ねばならない」ことは脇に置いて、自分のやりたいことを先行。インターネットでさいたま市のホームページをぐるぐる見て、検索。浦和区のホームページを久しぶりに見て、区民会議の状況をチェック。区民会議の議事録、日程なども公開されていて、Goodです。指定管理者制度、行政評価、行政改革は、他の政令市ではどう情報公開しているんだろう?と、HPを次々見ていき、時間が過ぎました。名古屋市、横浜市は指定管理者制度についてHPに載せてました。さいたま市では載ってません。報酬等審議会の議事録は載ってました。インターネットは本当に便利です。霞ヶ関や横浜、川崎、名古屋に行かなくても、資料による情報が手に入るのですから。これである程度、概括的な状況は把握できます。それにしても、さいたま市のホームページ、各課まかせはいいのですが、もう少し何とか豊富な情報提供、できないのでしょうか。各課の保有情報にたどりつくのに、時間がかかりすぎます。(私の検索の仕方が未熟?)トップページに組織機構を入れてほしいですね。2月の予算特別委員会の総括質疑で、市長が統一した編集体制を研究と答弁されてましたが、各課ごとのばらつきはまだありますね。ちゃんと人を投入しないと、グレードは上がらないですよ。

▼8月29日(日)一日中雨降りで、洗濯好きな私でも、きょうはパスです。お天気に左右されて、ボーッと音楽を聴いたり新聞を読んだりして、午前中過ごし、お昼ごはんを食べた頃、思い出してしまいました。常任委員会の議案外質問の通告締め切りと、会派のホームページに載せる視察報告の締め切りが、あさってだということを。議案外質問を何にしようか、漠としたのはあるけれど、絞ってないです。弛緩状態は、お昼まででおしまい。原稿入力するために、散らばっている紙の山を片付け始めました。昨日までは山を動かすだけでいいか、と思っていたのですが、よし、片付けるぞ!と自分に気合を入れて、一つ一つ目を通し始めたら、暑中見舞いのはがきとか、行政からのご案内通知や、何かの領収証とか、出てきて焦りました。夕方から、虹の会で「にじ屋THEMOOVIE」というビデオ上映会があって、行くつもりをしていたのが、どうしよう、やっぱり行けないかな。せっかく、H君がお誘いの電話をくれて「行くからね」と答えていたのに。

▼8月30日(月)明日は議会の開会日。議案外質問の締め切りなので、何を質問するか絞り込みで、いろんな資料に目を通しました。無所属の会の面々が会派議員室に集まりました。岩槻市との合併の事務事業一元化調整調書が、議会事務局に届いたので、貸してもらい、土井議員がコピーしてくれました。すごくたくさんあってご苦労さまです。久しぶりにお会いした方とお話できました。元気をいただき、嬉しかったです。ありがとうございます。率直に自然体で、大事なものは大事にしていきたいと思ってます。様々な事柄、活動が同時並行で進むので、時間が足りなくなったり、ドジったり、許容能力を超えたりするでしょうが、精一杯、愚直に前に進んでいきたいです。今日、予定していた作業ができなかった自分への言葉です…。明日、できるところまで、一生懸命やりましょう。

▼8月31日(火)9月議会(8月繰り上げ議会)が始まりました。執行部提案の議案は30件です。10月13日までです。私は、所属する保健福祉常任委員会の議案外質問では、学童保育と、病院のクリーンルーム(化学物質過敏症の方が来院できるケミカルフリーの部屋)設置の2つを聞くことにしました。無所属の会の女性3人、細川議員は代表質問で、森永議員と私は議案外質問で、質問の論理立て(資料読み込み)に時間をとり、寝不足状態です。おかげで、皆のテンションの高いこと。いつもの騒々しさに増して、ワサワサとした議員室で、いつもよりもっと遠慮ない言葉のやりとり。大学生のO君は、そばで見聞きしてどう思ったでしょうか。1時半ぐらいに本会議が終わり、代表質問や議案外質問についての職員からのヒアリングがあり、その後、議会運営委員会の理事会。帰りにグリーンフィンガーズに寄って、9月18日のグリーンフィンガーズ3周年の集いや役員会のことを打ち合わせ。夕べ、寝ようとしても眠れず、うとうと状態のまま朝を迎えたので、きょうはもう限界です。明日は八都県市の合同防災訓練があって、会派から誰も出ないのはよろしくない、と私と細川議員が出ることにしたのですが、きょう、議会事務局から「明日は、貸与されている制服着用でお願いします」と言われ、「エーッ、そんな!着たくない!」。~と言っても、遅かったですね。

▼9月1日(水)夕べは8時半頃帰宅して、夕飯用にお弁当を置いて、着替えもせずベッドに直行でバタンキュー。生協の共同購入の品物を取りに行かなくてはと思いつつ、寝入ってしまいました。途中何回か目を覚ましたものの起きられず、明け方の4時ごろに起きて、コソコソと物音を立てないようにして取りに行き、また寝入って、目が覚めると8時でした。細川議員と一緒に、八都県市の防災訓練の会場へ行ってきました。荒川の河川敷の公園で、ヘリコプターも来たりして、大がかりな訓練でした。国会議員、県会議員の方たちも来てました。市会議員は半数位の出席でしょうか。テントの中でしたので、少し楽でしたが、制服を着ていたので暑かったです。大地震が起きた時、訓練通りに行くかどうかは分からないけど、シュミレーションを立てて、対応をイメージしておいた方がいざと言う時、役に立つかもしれません。

▼9月2日(木)降りそうで降らないお天気で、風が気持ちよかったですね。午前中は、出来上がった市議会報告の折りの作業で、何人かの方たちが手伝いに来てくれました。ありがとうございます。ほんとに助かります。午後から無所属の会の会議。夕方までかかりました。9月議会の代表質問、各自の議案外質問の確認や、決算特別委員会の日程の確認、議案調査、会派の予算要望のまとめの確認等々。今日で大学生のO君の研修は終了。騒々しい会派だったのでは?どういうレポートになるのでしょう。O君、お疲れ様でした。

▼9月3日(金)午前、午後とも事務所で作業です。きょうもご近所の方にお手伝いしていただきました。ありがとうございます。区役所の生活課に行って排水溝の清掃依頼、市役所のお友だちのところに行ってお話。銀行に行ったり、郵便局に行ってたまっていた振込みをしたり、日頃なかなかできないことをしたので、気持すっきりです。髪も伸びたので美容院にも行きたいのですが、まだ行けてません。明日もあさっても行けないでしょうね。いつ行けるか分からないけど、短く切ってさっぱりしたいです。

▼9月4日(土)雨模様の一日。昨晩、田中義政さんが書かれた「懲戒処分~」という本を読み始め、明け方までかかって読んでしまいました。3市合併後から、今年3月末の定年までを綴ってあります。自治を希求する自治体職員として、合併を担当されてどう思われていたのだろう?と、前々から関心があったので、田中さんの率直な表現に引きずられて読了しました。役所の中の人間模様、議会との関係など、そうなんだ~!というところもあって、興味深く読みました。田中さんは、現在、特定非営利活動法人「自治創造コンソーシアム」というシンクタンクの理事長をされています。きょうも、そういうわけで寝不足で、クリアーとは反対の頭脳状態。午後からは、友人、仲間数人が来て、作業を手伝ってくれました。私は作業をせずに、自治会の回覧を作ったり、資料類を整理したりができました。感謝!です。Hさんがみえられ、マンション建設問題での私の協力に、皆さんが感謝の気持を表したいというので、お礼は断り、一緒にお茶を飲んでおしゃべりすることにしました。「市会議員なんて頼りにならない~、そえのも同じだ」とおっしゃっていた方が、工事協定の締結に至った時、「ほんとによくやっていただいて、ありがとうございました。失礼なことを申しまして、すみませんでした」と、私に頭を下げられたときには、「私の気持、スタンスがわかってもらえたんだ」と嬉しくなったのを思い出しました。自分の活動が少しでも人の役に立ち、理解してもらい、一緒に仕組みを変える目的を共有できるようになれば、ほんとに嬉しいし、やりがい、苦労のしがいもあります。

▼9月5日(日)終日、リビングのテーブルを陣取り、パソコンと資料類を広げ、議案外質問の作成。学童保育のことを5点聞くのですが、傍から見ると、どうってことないように思える中身でも、書いている本人は四苦八苦。言い回しとか、語彙とか、論理展開とか、何がいちばんいいたいことなのかとか、…。入力しては考え、資料を見たり、自分の問題意識をたどったり、時間がかかります。質問原稿は、文章展開になってなくて、箇条書きなのですが、それでも、いつものことながら自分の思考力の浅さと狭さを実感してしまいます。大雑把なヒアリングは終えているのですが、内容の通告を先週の2日(木)というのを明日(6日)に延ばしてもらったので、どうしても今日中には終わらさなくてはなりません。夜は、納涼盆踊りの報告会があるので、それまでに作らなきゃと、昼から6時までかかりきりでした。会合ではビールが出て、ぎんぎんに冷えていておいしかったです。飲むつもりがなかったのが、飲んでしまい、おしゃべりに花が咲いてしまいました。Nさん、今度事務所にいらっしゃるとか、お待ちしています。

▼9月6日(月)9月の声を聞いたとたんに、秋の風情が漂い始めましたね。実りの秋です。緑も水も自然そのままで、私たちのまちに残っていてほしいです。夕方、会派の議員室で、ホームページ作成をお願いしている業者の方と打ち合わせ。無所属の会のホームページも、活動報告に視察報告や、各メンバーの質問項目を入れたり(これから)と、だんだん中身が増えてきました。議会活動の一端を理解していただければ、と思うのですが…。

▼9月7日(火)きょうの大宮駅東口の中山道は、空いていたので、障害者協議会理事会の始まる50分位前の1時10分には、会場のふれあい福祉センターに着いてしまいました。そういう時に限って、時間があったら目を通そうと持ち歩いている書類を、持ってこなかったりするのです。~で、何件かの方たちに電話をかけて連絡終了。夕方からは、月1回の会合です。テーマは「若い人はなぜ結婚しないのか」。16人の出席者のうち、女性は私一人だけ。おじさんが多くて、30代の若い人も何人か。なぜ結婚しないのか、時代の流れなのか、社会のしくみの問題なのか、少子化・高齢化の行く末をどう捉えるかで、議論百出。私は女性の立場から言うと、女性が結婚して、安心して子どもを産み育てられる社会の仕組みづくりが大切、という意見です。いろいろな見方、角度からの意見は、自分と結論が違っていても、すごく参考になります。

▼9月8日(水)代表質問の1日目です。本会議が終わってから、議会運営委員会の理事会と議会運営委員会があり、その後、会派会議。明日、細川代表が行なう代表質問の原稿について、それぞれ意見を出し合ってのやりとり。議員室を出たのが7時過ぎ。明日も代表質問、決算特別委員の選任などがあって一日がかりになりそうです。これから家に帰りますが、夜空を仰ぎながら歩きましょう。少し外の空気を感じて、リフレッシュしないと。

▼9月9日(木)細川議員の代表質問も無事終わり(執行部の答弁内容にはがっかりしたものの)、決算特別委員の選任なども終えて、議員室で森永議員のハッピーバースディ。ケーキを食べて彼女の50歳の誕生日を祝いました。他の4人がそれぞれ彼女に質問。今まで一番嬉しかったこと?悲しかったこと?やりたいこと?などを聞き、私は、一番大事なものは?と聞きました。聞いた人は自分のことも言うのです。私の大事なものは、…家族およびそれに類する人、です。愛する人たちです。彼女の応えも同様でした。やっぱり、大事なものは物じゃなくて、人ですね。人と人との関係性。自分が生きていることを大事にすることは、他人の生きていることも大事にすること、だと思います。どれだけ人を愛せるか、でその関係も決まってくるのだろうなと思います。6時半ごろ、森永議員と別れ、車を運転してしばらくたったとき、ギギギィーッと下のほうで音がして、ゴムが焼けるような臭い。怖くなって、そろそろと運転し、場所を見つけて停車。初めての経験で胸がどきどきして、パニック状態でした。こういうアクシデントをやり慣れていると聞いていた森永議員に電話したら、水がないか、ファンベルトが焼ききれているか、じゃない?と言われました。自分の車種の整備工場に電話し、来てもらったら、ファンベルトが焼ききれている、ということでした。彼女の言ったことがアタリ!でした。整備工場の方が、私の家まで送ってくれました。助かりました。

▼9月10日(金)午前中は北浦和フェスティバルの実行委員会会議に出席。昼から会派会議。議論が延々と続き6時間かかりました。それぞれがまじめに議案に向き合っている、ということではあるのですが…。最後には頭がへろへろに疲れて、歌でも歌いだしそうです。議会運営委員会、常任委員会での議案質疑、議案外質問などへの対応準備を確認し合っているとホントに時間がかかります。こういう時間の使い方が、ちゃんと後で、実になればいいのですが…。実になるようにしなければと、自分に言い聞かせてがんばるしかありません。明日からの土日、がんばろうね、と言い合って皆と別れました。帰りは、細川議員に自動車整備工場まで送ってもらい、私の車を取りに行きました。

▼9月11日(土)午後からグリーンフィンガーズで、ノーマライズうらわの役員会議。同時刻で、敬老会によばれていて出席の返事を出してあったので、役員会議は中座するつもりだったのですが、出席者も少なく、財政状態や職員募集や、行事予定などどれも大事な話で、結局、会議終了の3時半までいることに。もう敬老会は終わっているだろうな、でも、とにかく顔だけ出そう、と公民館に向かいました。敬老会は終わっていて、役員さんたちの反省会が始まるところでした。お馴染みの方たちなので、訳を言って、ご挨拶させていただきました。さいたま市の高齢化率は14.5%(今年の4月1日現在)です。この数字は、全国平均ではちょうど4年前になります。さいたま市はまだ若い市ということになるのでしょう。でも、私(昭和23年生れ)が65歳になるときは、こういう敬老会が果たしてやれているのかどうか。祝ってくれる若い人たちが、極少数になって、自分たちで敬老会をやることになるかもしれません。夕べ、総務省のホームページの地方行政に関するところを見ていて、行政改革の行き着くところが、何となくほの見えた感じがしました。この国を形づくっている自治体のありようが、どんどん変わっていく、合併~市町村数の減少、ということだけでなく。大きな時代の変化によるものなのか、財政的な逼迫からのものなのか、わかりませんが、変っていく途上にあるのはまちがいない。「公」への考え方、行政責任のとらえ方も変わっていくのだろうな、と思いました。国はいま、その論理付けをしているのですね。地方分権のもたらすものが、どんなありようになるのか。

▼9月12日(日)昨日の夕方、自治会の敬老会用の敬老者名簿をやっぱり作ることになり、うわーっどうしよう!になって、今朝から入力を始めたのですが、名簿は気を使うのでなかなかはかどらず、今日中に仕上げるのは無理だと、早々にギブアップ。16日まで、版下作りは延ばしてもらいました。洗濯やご飯のしたくをしながら、カーペットのごみ屑を横目で見ながら、午前中から夜まで、家でいろいろな資料を読んで、考えを整理しながら委員会の原稿作り。食卓のテーブルは、息子の食事用のスペースを除いて、私のノートパソコンといくつものファイルと紙類が占拠。息子は文句も言ってませんが、内心はおもしろくないだろうな、と思いつつ、私の部屋は相変わらず整理がついてないし、テーブル上しか作業のスペースがないので、仕方ありません。夕方、頭が疲労してきたので、気分転換に生協のお店に買い物。キャベツが安いので買ってしまいました。日曜日ぐらい、時間と手間をかけて夕飯を作ろう、と思っていたのですが、今日もスピードクッキング。キャベツと豚肉炒めはおいしいですね。

▼9月13日(月)きょうも、委員会の原稿作りがメーン。明日の議会運営委員会の質問と討論の原稿、あさっての保健福祉常任委員会の議案外質問の原稿。傍から見るとどうってことない文章も、作るとなると起承転結と論点をどうするか、助詞の使い方をどうするか、などで時間がかかります。2時まで作って、それから市役所に行こうと思っていたのが、原稿作りが終わらず、4時までかかり、それから市役所の議員室へ。保健福祉の議案についても、調べようとしたのですが、結局、できずじまいで今日も終わりです。こんな風な時間の使い方をしていることを、多くの市民の方々は知らないでしょうね。唯一の楽しみは、お風呂に入ること。唯二の楽しみは、自分の好きなポップスを聴くこと。ブルーハーツ、サザン、オールデイズを聴きながらやる気を刺激させること。車ではもっぱら、今はビートルズ。エルヴィス・プレスリーもいいかも。中高生のとき、プレスリーにはまっていましたっけ。

▼9月14日(火)議会運営委員会です。「アップした議員報酬を元に戻す」ことを求める請願と、共産党議員団から出ている同趣旨の議員提出議案についての質疑、討論、採決です。無所属の会で、延々議論し、その結論は、議決への責任の取り方と報酬審議会のあり方について常設を提起しよう、ということでした。その論理展開をするために、私は家にこもって資料類を読み込み、質問と討論の原稿を作りました。昨日、原稿はできていたのですが、やはり委員会の前は緊張します。午前中、質疑です。ちょっとドジッった点もありましたが、聞きたいところは聞けました。午後は、討論、採決。無所属の会の姿勢を述べてから、議案への態度ということで、全面展開でしたので、討論が長くなり、気が引けたのですが、やはり言っておかなければと、やりました。傍聴していた人に聞いたら7分かかったということでした。議運が終わってから、5時過ぎに、明日の議案について障害福祉課や高齢福祉課に聞きに行ったり、指定管理者について森永議員と話をつめたりして、夜9時まで議員室にいました。

▼9月15日(水)きょうの議案についての準備で、4時半起きしたのですが、疲れがとれずに眠くて、早起きした割には眠気覚ましの洗濯や洗い物(3日間、台所に漬けっぱなし)をしたりで、結局議案書を開いたり、メモ書きは1時間ぐらいしかできませんでした。保健福祉常任委員会です。午前中は、議案の質疑。指定管理者の件が2件あるので、質疑しました。民に任せるものは民にという流れの中で、行政の責任についてとか、いろいろ聞いたのですが、何となく空回りの感じ。午後は、議案への討論、採決と議案外質問。合併の付帯決議についての話で、すりあわせが続いており、私は合併は必要ない、という立場なのですが、住民投票制度の言葉が入った付帯決議ができるなら、廃置分合議案に賛成してもいい、と思っていました。反対の1票を投じても死に票になるなら、これからの市政のありかたで、住民投票制度を進めていく足がかりが作れればそちらをとる、という考えです。議案には、岩槻市との合併に関するシステム統一のための補正予算が入っていました。付帯決議の内容次第で議案への態度が180度変わってきます。結局、昼に示されたすり合わせの案は、こちらの基本線である住民投票という言葉自体が削られており、「今後の合併問題についても」の「も」が「は」になれば、まだしもなのですが…。残念だけど無理ということで、補正予算案には反対しました。簡単なメモ書きで原稿なしで討論したので、言おうと思っていたことの7割ぐらいしか言えず、やっぱり箇条書きでも原稿を作っていた方がいいと反省です。議案外質問は、前回の反省もあって、時間内でおさまると思っていたのが、ちょっと時間オーバーでしたが、何とか予定通り終わってほっとしました。

▼9月16日(木)自治会の敬老会名簿の作成を今日中まで、延ばしてもらったので、仕上げなければならないのですが、班や地区を一人ひとり確認しながらの入力で、なかなか進みません。焦りまくりで入力。時間の綱渡りで、何とか、版下を夕方に届けました。夜は、議員同士の会合。わいわいがやがやで楽しかったです。

▼9月17日(金)日曜日からきょうまで、ホームページ作成をしなかったので、DailyPopの5日分をまとめてUPです。午前中は、ニュージーランドの行政視察についての打ち合わせ会。行政改革と、福祉、ごみ環境問題の3つをテーマとすることが決まりました。海外視察については、批判も出ていますし、きちんとさいたま市政に役立つような視察にしなければいけないと思っています。今週は議会運営委員会と保健福祉常任委員会の議案、請願審査と討論、採決が入り、その準備と対応を最優先でやってきて、他のことが全然できなかったので、午後は、会派の議員室で議案関係とか雑多な資料類を整理です。お疲れモードで、今日は休みの日にしよう、と思っていたのですが、去年の9月に事故で亡くなった「下畑静さんの思い出」の冊子原稿作成と、自治会の回覧作りがあるのを思い出しました。

▼9月18日(土)もう秋の気配、濃厚ですね。きのう、夜10時頃まで事務所で、故下畑静さんの思い出文集作りの会議があって、家に帰るとき、り~んり~んととてもよく通る虫の音がして、びっくりしました。ああ、もう秋なんだなぁって、そういえば、心なしか風も涼しさを増してきているみたいです。きょうは家と事務所で、入力の作業です。Aさんが事務所に手伝いに来てくれました。ある学童クラブで、指導員が手のつけようのない男の子がいたのですが、その子は日頃から、お母さんから、手を上げられていたのだそうです。そういうことは一切言わずに、結局、まわりの大人や子どもたちと軋轢を起こしていたそうです。最近、お母さんが、手を上げるのをやめたそうです。そしたら、とたんに、その子は素直になったそうです。それまで、危ないからやっちゃいけないこととか、これをやると困るなということを、わかってやっていたのを、ぴたりとやめたそうです。もともと利発で、人の嫌がるいたずらをしたり、勉強でもわかっているのをわからないふりをしたりしていたのですが、関心の向け方がノーマルになって、危険ないたずらはしなくなって、目つきもおだやかに変わったそうです。「お母さんが変わって、子どもは劇的に変わった、こんなに嬉しいことはない」と、指導員の方から聞きました。聞いている私も、ほんとに良かったねと嬉しくなりました。「どんな親でも、どんなに指導員が可愛がっても、子どもは親が迎えにくると皆、嬉しそうに帰っていくのよ」とAさん。子どもには、自分を丸ごと受けとめて、愛してくれる親(親に代わる大人)の存在が絶対的に大きいのでしょうね。

▼9月19日(日)きょうは自治会と老人会の敬老会です。といっても、集まりはせずに、お祝い品を皆で分担して届ける、という行事です。75歳以上の方が101人いらっしゃいます。朝9時に集まり、お赤飯、カステラ、社協からのお祝い品、敬老者名簿、北浦和小学校の小学生からのお手紙、浦高生からのお手紙、お祝い金を、それぞれの地区、班に分け、役員12人で分担しあってお届けしました。午前中でお届けが終わり、お弁当を食べて、その後役員会。2時過ぎに終わって、帰ろうという時、ある役員さんのバッグが行方不明。先に帰った人や業者の方に聞いても、心当たりなし。さんざっぱら探しても出てこないので、警察に電話しました。1時間も過ぎた頃、見つかりました。私の車の後ろ側の隅にありました。午前中お留守の方に、私が後で届ける品が多く、車に積み込むのをその方が手伝ってくれたとき、バッグをポンと車の脇に置いたのを忘れていたのです。たまたま車の陰が死角になって、ごみ箱まで2回も開けて探したのに、車の周りをぐるりとまわって見る、ということを誰も気がつかなかったのです。教訓~物を見失ったときは、くれぐれも焦らず、見落としはないか、冷静にチェックしましょう。バタバタしてるときが危ないですね。私にもいくつも覚えがあります。ドジを自覚してます。(笑ってますね)

▼9月20日(月)マンション建設問題の住民の会の方々が、私に世話になったからと茶話会を催してくださいました。午前中の2時間、喫茶店で10名弱の方々とコーヒーを飲みながら、おしゃべりしました。まちづくりのこととか、いろいろな話題が行ったり来たりで、参考になりました。ニュージーランドに海外赴任で何年間か行ってらした方がいて、彼が言うには、自分の家の木を切るにも許可がいることとか、魚を焼いていたら火事の通報があって大変だったこと(あちらでは魚を焼く習慣がない)、を聴いて、習慣、文化の違いや、まちのありよう(互いの約束事)の違いがあるんだなぁと思いました。最後に皆さんから、花束をもらい、ありがとうございましたと言われ、すごく嬉しかったです。マンションの建設工事はいま続行中です。竣工時にプライバシーの問題で、立ち入りをさせてもらうことになっています。だからまだ終わった訳ではないのですが、皆さんの気持ちをいただいて、少しでも手助けできてよかったと思っています。コスモスと百合とすすきの花束、私をイメージしたそうです。コスモスは前から好きだし、百合はイエローウィンという種類だそう。ほのかに甘い香りが部屋に漂って、何となく豊かな気分です。

▼9月21日(火)夕べは体調悪く、明日、市役所に行けるかどうか?だったのですが、ぐっすり眠れたので元気になりました。午前中は、午後からの会派会議に向けて、家で決算関係の書類を拡げて、思考整理しながらメモを作成。私の担当の企業会計もあるのですが、今日はまず、さいたま市全体の決算の評価にとりかかりました。会議では、いろいろな意見が出て、また明日、続きをやることに。

▼9月22日(水)決算特別委員会の資料が、午後、配布されました。終日、議会の議員室で、決算の一般会計について昨日の続きです。私は、自分の企業会計決算の水道事業が控えているので、その資料に目を通しながら、時々皆の議論に加わったりです。これから、質問をまとめる作業に入るのですが、まだ、その前段階の資料読み込みの最中です。27日の水道事業の決算委員会まで日がありますが、いくつかスケジュール予定が入っているので、質問作成の時間をとるのに苦労しそうです。それにしても、身体を動かしてないので、運動不足です。さわやかな秋空の下、おいしい空気を吸いながら散歩したいですね。

▼9月23日(木)今日は秋分の日です。実家の母にも会いたいと思いつつ、行けてないですね。議会中はむずかしい、と言い訳するけど、ホント、親不孝。この頃、父のことをよく思い出し、書いておきたいと思うようになりました。まじめで、無口で善良、人との付き合いが下手で、でも気持ちはたくさん持っていて、俳句や短歌を作ったり絵を描いたりを趣味にしていて、家族のために好きでもない(?多分)仕事を続け、さぁこれから第2の人生で、時間が好きなように使えるね、というときに倒れ、逝ってしまった父です。先日、私と同い年で、乳がんで亡くなったA子さんのお義母さんから、「ハンカチなんだけど、A子のかたみで受け取ってください」と言われていただきました。開けてみたら、コスモスのハンカチ。薄い黄色地にピンクと白のコスモスの花とつぼみ。とても清楚な柄のハンカチでした。使うのがもったいないです。

▼9月24日(金)決算特別委員会の実質審査の第一日目です。無所属の会からは森永議員が出席です。午前中、水道局へ行って、配布された資料についてのヒアリング。午後は委員会を傍聴したり、私の方の資料を読んだり。森永議員の質疑を傍聴しようと思っていたのですが、終わってしまい聞けずに残念でした。お疲れ様でした。私の長年の友人で仲間のきむちゃんが、朝日新聞の声欄に投稿しました。彼女(55歳)は、18歳の時から献血をしていて、いま175回目だそう!すごいです。彼女の血小板のHLAが適合する患者さんのために、1~2ヶ月に1回ずつ献血してきたそうです。なかなかできることではありません。今回、彼女が朝日に投稿したのは、最後の血小板献血(54歳まで)をしたから。血漿献血はまだできるので、これからも健康管理に気をつけて続けていきたい、と結んでありました。

▼9月25日(土)朝、目を開けようとしても、開けられません。目やにがドバッとついてました。初めての体験です。起きて鏡を見たら、両眼とも充血で真っ赤です。目薬を探したら、昨年の4月9日付けの目薬(というか麻酔の目薬)が出てきました。そうです。9日間の選挙戦が始まって、6日目に目が激痛でお医者さんに行ったのでした。疲労で、黒目の薄皮が剥がれたので痛いのだと言われ、安静にしているように言われたのですが、そうもいかずに麻酔の点眼薬をもらったのでした。10年ぐらい前に枝が右目に刺さったことがあって、直ったのですが、疲労が弱い部分に出てくるのだと言われました。選挙は眼帯をかけて続けました。麻酔の点眼薬は、使わずに記念にとっておきます。そんな眼の状態でも、今日しか時間がないので、小学校の運動会にも行かずに、一日中パソコンに向って、水道事業の決算委員会の質問作りでした。

▼9月26日(日)午前中は、児童養護施設「カルテット」の開所式に行ってきました。桜区の斎場の近くにあります。開所式の後、施設内を職員の方に案内していただき、ゆっくりじっくり、見させていただきました。木が基調で、吹き抜けで、明るい感じの室内です。せめて居場所は、明るく落ち着けるようにとのことです。一部屋二人で一棟15人の4棟の60人定員です。星空が見える2階の部屋がありました。虐待など心痛む事件が後を引かず、ニュースを見るたびに、心が締め付けられます。どんな子もどんな人も、命をもって生まれてきたのですから、健やかに生きていけなくては…。私の活動の原点は、やっぱり、みんなが等しく、生きる喜びを味わえることを求めること、なんだと改めて思いますね。カルテットに入所した子どもたちが、ちゃんと幸せに生きていけるようにと思いました。午後は、グリーンフィンガーズの3周年の集い。利用者とボランティアの方と職員の方たちと、3年間続けてこれたことに感謝しました。Iさんに急遽、ハーモニカ演奏を頼み、その音色を楽しみ、皆でうたを唄いました。議会・議員活動で忙しく、なかなか手伝えず心苦しいです。夕方、家に帰り、明日の決算委員会の質問作りです。何とか時間内(質問・答弁を合わせて22分の持ち時間)に収め、言いたいことが言えるよう、質問内容を推敲していたら、午前1時をとっくに回ってました。

▼9月27日(月)企業会計の水道事業の決算委員会です。私の順番は、午後でした。自民党彩政会、公明党、共産党、無所属の会(私)、民主党、自治ネット、無所属という順番です。4番目なので、質問が重なったのがあって、削ったり、質問の角度を変えたり。一問一答方式でやったので、答弁が長いと思ったら、質問の言い方を短くしたりと、用意した箇条書きの原稿どおりにはいかないですね。それでも、用意した質問は時間内に収められました。終わって、ほっとしたら疲れがどっと出てきました。昼食も、質問を変えたりしていて、あまりとれなかったので、残りを4時ごろ食べて、森永議員と細川議員とおしゃべり。帰宅して洗濯や洗い物をして、生協の注文書を書いたりしていたら、もう寝る時間です。

▼9月28日(火)午前中は、病院事業に詳しい方にヒアリングとレクチャーを受けて、決算委員会の質問項目をある程度決めました。午後、一般会計の方の決算委員会を傍聴しました。教育市民関係です。無所属の会の森永議員の質問と答弁を聞き、その他の会派の方の質疑も聞きました。決算委員会に一人の委員しか出してない会派の持ち時間は、14分(答弁も入れて)なので、皆さん一括で聞いてましたが、そうすると答弁が時間切れになる場合もあって、持ち時間内に収めるのも難しいところです。帰宅して夕飯の支度をして、これから親睦会の飲み会です。あさって、病院事業の決算委員会です。消団連の会議と重なって出られないので、明日、レジュメを作って事前に送っておかなければなりません。病院事業の資料も、まだ読み込みが終わってません。明日一日かけて質問つくりですね。委員会で発言することで、市政運営にプラスになって、市民生活にも還元できればベストだし、ベターでもいいから、そういう質問ができるようになればいいのですが…。

▼9月29日(水)終日、家にこもって、明日の準備でした。さいたま市消団連のレジュメを作って電話したりFAXしたりで、午前中はつぶれ、昼から、病院事業の決算委員会の質問作りです。ほんとは、病院まで行って、いくつか聞ければよかったのですが、今回は時間的にむりでした。項目を決め、資料を見て確認しながら、質問を入力です。夜までかかりました。

▼9月30日(木)病院事業の決算委員会が終わりました。これで、企業会計の審査は終わりです。6日に討論・採決です。私の質問順番は4番目でしたので、先の議員の質問と重なっているのがあったり、会派の皆に私の質問原稿を読んでもらい、要らないのを削ったりして、お昼はやっぱりとれずじまい。委員会に向き合うたびにやせます。何とか終えて、ほっとする間もなく、明日の決算委員会の、保健福祉関係の森永議員の質問作成に協力です。事務事業評価表や行政報告書、配布資料などを見たりして、質問案を作ったり、コピーしたり…etc.森永議員ががんばっているので、こちらも最大限協力です。予算委員会のときもそうでしたが、まじめに取り組むほどに、ああでもないこうでもないと、密室の作業にいそしむことになって、他のことがおろそかになります。「個人商店」の議員としてはストレスがたまりますね。でも、勉強好きな私は、いろんな資料を見たりするのは嫌いじゃないです。事務事業評価表もおもしろいです。

▼10月1日(金)月曜日の都市開発関係の決算委員会に向けて、質問項目の洗い出しや保健福祉審査の決算委員会の傍聴をしました。他の議員の質疑のやりとりを聴いていると、大体どういうところに関心を持っているかわかります。夕方から、Aさんを囲む会合に出席。Aさんは2年前に、脳梗塞で倒れ、生命の危機もありましたが、いま懸命にリハビリに取り組んでいます。車椅子のAさん。久しぶりにお会いして、少しやせた感じですが、前のAさんの雰囲気で、すごく嬉しかったです。お連れ合いや、お子さんたち、家族の方たちがお父さんのために、力を合わせているのがわかります。会合では、久方ぶりにお会いする面々や初めての方たちもいて、皆さん、Aさんの回復をほんとに喜んでました。

▼10月2日(土)浦和のコミュニティセンターで行われた「わくわく浦和いきいき祭り」という集まりに、ノーマライズうらわで出店。グリーンフィンガーズのおいしいパウンドケーキやクッキーを売りました。会場に来た方たちに声をかけ、買ってもらいました。グリーンフィンガーズの職員2人と私が売り子さんでしたが、私は知り合いの人たちと話したりして、あまり売り場にいられませんでしたが。職員の彼女たちが上手に売ってました。きょうはボラの参加で、お疲れ様でした。少しでも、グリーンフィンガーズのことを知っていただくことも大事なことですし、ノーマライズうらわで売り上げたお金は、グリーンフィンガーズにカンパとなります。利用者のSさん夫妻がお友だちと一緒に、顔を出してくれました。聴覚障害者のSさん、きょうはお客さんなのに、通りかかった人にパウンドケーキを勧めて、そのタイミングが抜群に上手でしたね。10月9日には、浦和競馬場の駐車場で、市内のデイケア施設などが加盟している、障がい者施設連絡会主催の福祉バザーがあります。そこでもたくさん売れるといいですね。私も参加するつもりです。

▼10月3日(日)せっかくの日曜日なのに雨です。ふとんを干したかったのに。雨でも、溜まっている洗濯物があるので、朝から洗濯機はフル稼働です。新聞も郵便物も、1週間分が溜まってます。それらを読んだり、新聞やダンボールを資源物に出せるようくくったり、衣類の整理とかで、時間が過ぎていきます。緊張が解けた日です。仰向けに寝転がると、手足の先から「緊張の糸」がスーッと抜けていく感じです。夕べ、久しぶりにシチューを作って、今日の分もあるので、何となく余裕の気分です。やらねばならない事がいくつかあるのですが、議会の質疑準備のような緊張感はないので、だらだらと一つずつこなしていけばいいか、というところです。そうすると、多分今日中には予定は終わらないのでしょうけど…。今日は休みの日だ!と自分に言い聞かせてリラックス優先です。

▼10月4日(月)午前中、北浦和フェスティバル準備委員会が終わってすぐ、グリーンフィンガーズに直行しました。2回目のグリーンフィンガーズでの手話の教室です。1回目は9月27日で、私はあいにく企業会計の決算委員会だったので、参加できなかったのです。今日は何とか途中から参加です。講師は、さいたま市聴覚障害者協会の方で、手話通訳の方も一緒です。あいさつとか、元気とか、レストランに行って注文とか、また会いましょうとか、いくつも教えていただきました。グリーンフィンガーズの面々も皆、関心もって楽しんで、先生の手話をその通りにやって練習です。私もすごく楽しかったです。私は、自分の「そえのふみ子」の指文字は何とかできて、おいしいとか、こんにちは、ありがとうぐらいは分かるのですが、なかなか覚え切れません。グリーンフィンガーズには聴覚障害の方がいるので、皆が手話を覚えれば、皆で話したり、コミュニケーションができます。前からやりたいと思っていて、さいたま市聴覚障害者協会にお願いに行き、承諾していただきました。今回、手話教室がスタートできて、よかったです。時間がある限り、参加してちゃんと覚えようと思っています。月に2回、教室を開きます。次回は25日です。その時までに覚えているかどうか?ですが、何事もチャレンジですよね。きょう、絶対に忘れない手話を覚えました。「福祉に一生懸命、がんばります」です。関心ある方、参加してみませんか?

▼10月5日(火)埼玉県消費者大会に午前、午後とも参加です。浦和商業定時制の太鼓部「響」による太鼓がすばらしく、魅せられました。舞台のそでで見ていたのですが、太鼓のリズムと生徒たちの動き。引き込まれました。DNAに太鼓に呼応する何かがあるようです。江川紹子さんの講演も、わかりやすくてよかったです。自分らしさ、自分の夢を持つことの大切さを、オウムの事件に関与して殺人を犯すに至った人のことを述べながら、逆説的に語ったのが印象的でした。自分に真摯に向き合えるかどうかで、人生が変わることを語っていました。彼女の感性、いいですね。率直で。今年は40回目の消費者大会で、その間知事さんは4回替わられたのですが、今回、初めて代理でなくて、本物の知事が来賓で出席されました。上田知事は、安全安心の切り口で施策を行なうよう、全庁に指示を出したと、挨拶で述べられていました。間近で拝見するのは初めてでしたが、説得力ありましたね。

▼10月6日(水)企業会計決算委員会の討論・採決の日です。きのうは予定外の用事が入ったり、夜の会合があったりしたので、夜遅くに討論原稿を作ろうと思っていたのですが、頭も疲れて眠いしで、今朝、早めに起きて原稿を作りました。とは言っても7時起きなので、たいして早くもないのですが…。1時間でまとめ、9時半には市役所に到着。水道事業決算の認定について、賛成の立場で討論しました。自分の分担の委員会が終わり、プレッシャーから解き放たれてほっとしました。午後は、一般会計・特別会計の決算委員会の討論・採決なので傍聴しました。きょうは早めに帰宅です。陽の高いうちに家に戻れるなんて、久しぶりで、それだけで嬉しいです。しかも、気持ちのいい秋の午後です。どこにも寄らないなんて、ちょっともったいない気もしましたが…。終わった!という虚脱感で、ひとまず帰宅。家事を片付け、たまった紙の山を整理しよう、と意気込んだのですが、ちょっと横になったらぐっすり眠ってしまいました。もう夜です。外に出て空を仰いだら、雲がかかって、天は高かったです。

▼10月7日(木)昨晩遅くの地震は怖かったですね。今朝は晴れて、気持ちいい秋の日でした。水道局へ行ってから市役所へ。障害福祉課にヒアリング。その後は、議員室でほぼ1か月分の新聞スクラップ(議会事務局が作って、各会派の部屋に配布される)を拾い読みして、さいたま市関係のニュースをチェック。アンテナを張ってるつもりでも、見落としていたのがあったりします。17年度予算編成方針を財政課にもらいに行こうと思い、その前にさいたま市のホームページで確認してみたら、さすが財政課、9月30日付けでUPしてました。義務的経費や政策的経費を除いた、その他の経費は、昨年同様、前年比マイナス5%となっていて、15年度からだと15%のマイナスになります。予算編成方針では、外郭団体の統廃合や民間委託の推進、事務事業の徹底した見直しなど、行革を来年も強力に進める、となっています。透明性、公平性を保障して、市民の参画を同時に進める施策をとらないと、一体誰のための行革か、ということになってくると思います。

▼10月8日(金)午前中、さいたま市聴覚障害者協会へ。理事の方とお話。手話通訳の方を交えて、話をしましたが、手話を見ていても殆ど分からず、私の手話の道のりは遠いなぁと実感です。午後は、海外視察の第2回打ち合わせ会~会派会議。5時には会議も終わり、机の上を整理していたら、もう6時半。明日は台風で、福祉バザーはなし。家にいるのが一番なので、この際、耐え難くなっていた床の埃とごみの一掃だ。絶対、掃除機をかけようと決意です。決意をしないとできないなんて、ちょっと情ないですが…。

▼10月9日(土)台風の接近で、福祉バザーはなし。悪天候の中で、仕事している方々、息子も含めて、ほんとにご苦労様です。何ヶ月ぶりになるのか(恥ずかしながら)、掃除機を取り出し、はたきをかけ、お掃除です。いつも掃除していれば、狭い家なのでたいして時間もかからないのですが、なにせ久方ぶり。汗びっしょりになったついでに雑巾がけと、台所のレンジにも挑戦。掃除が終わって満足。ずっとこのまま汚れずにいたらいいのにな。きょう、福祉バザーをやっていれば、掃除はやってなかったでしょう。掃除の功徳…冷蔵庫の脇の隙間に掃除機の先を入れていたら、1万円札が吸い寄せられてきました!「あらっ何!」とびっくりです。我が家にはお客さんが来ることはないし、息子が台所に立つことはめったにないし、多分この万札は、私のに違いないのでしょうが…。何でなのか?狐につままれた感じですが、得した気分。掃除はやってみるもんだ、というところでしょうか。

▼10月10日(日)午前中は、八ツ場ダムの住民監査請求が却下(門前払い)されたことに対する、住民訴訟の件で、弁護士さんたちとの打ち合わせ会議へ。とってかえして、息子の夕飯の用意をして、さいたま新都心で行われている咲いたまつりへ。今年で2回目の祭り。市民融和を目的にドラゴンがメーンですが、ライブやフリーマーケット、屋台などなど、いくつもの会場に分かれてます。昨年は見れなかったので、ざっとひと通り見て、結局、各区のドラゴンや各地からの参加のパレードを、最後まで観てしまいました。若い人たちもけっこう来てました。市の職員の方たちの参加が多かった感じです。お仕着せでない祭りを作り上げるのは、大変だろうな、と思いました。その後、虹の会のPLUSBe★theALLNIGHT(プラスBe・ぶっちゃけオールナイト)という催しへ。虹の会の面々のスナップショットと佐藤さんのしゃべり。それぞれの面々の一瞬一瞬の写真が大型画面に映し出されて、表情や目線というのは、面白いなぁ、という感じ。笑いました。私は、11時頃、失礼してきましたが、オールナイトというから、夜を明かしてエンタテイメントをやるのでしょうね。脱帽です。

▼10月11日(月)世間的には祭日です。午前中、「草の乱」という映画を森永議員と一緒に観てきました。井上伝蔵をメーンに、秩父事件を描いた映画です。私も森永議員も、涙腺が弱く、明治政府の圧制に対して決起の戦いに行く父と息子の別れの場面で、ハンカチが…。警官隊との戦闘シーンでは、二人とも下を向き、ため息。「身命(しんめい)をかけて」とか、「分別だけで決められないものもある」とかのセリフに共感したり。「先が見えている戦いに立ち上がるのは、指導者としてはつらいよね」とか、「殺し合いは嫌だ」とか、二人でひそひそ話。合法的な手段がすべて封じられ、犠牲を覚悟しての蜂起。「圧制を変じて良政に改め、自由の世界として人民を安楽ならしむべし」と、9日間の戦いは、一揆にとどまらない政府打倒も視野に入れた戦いで、敗北でした。でも、何故、戦いに立ち上がったかが分かりました。映画を観て、考えました。「人」が何をするのか、どう生きるのか、人々によって織り成されるものが社会。人々(自分も含めて)が何を選ぶかによって、社会が変わる。井上伝蔵を演じる緒方直人が凛としてカッコよかったです。田代栄助(秩父困民党の総理)の林隆三も存在感がありました。「自由自治元年」の幟旗、120年前のことです。明治政府の中央集権、軍備増強、デフレ、増税の時代です。時代は変わって、現代。やはり富める者は富み、貧しいものは貧しく、弱肉強食と閉塞状況は変わらないようです。地方分権が言われていても。いかにして、皆が、自由に、平等に、生きていることの素晴らしさを得られるようにするのか。忘れてはならないポリシーです。祭日の10時開演だから空いているかも、と思って行ったら観客席は埋まってました。11月1日にもあります。秩父事件決起の日です。

▼10月12日(火)議会運営委員会の理事会と議会運営委員会がありました。明日の議会最終日の議事日程についてが議題です。火曜はグリーンフィンガーズが福祉ショップ出店なので、パウンドケーキを買い物。細川議員が2本、土井議員が1本買ってくれました。私も2本買いました。おいしいんです。午後は、久しぶりに事務所で作業です。

▼10月13日(水)44日間という長かった9月議会が終わりました。岩槻市との合併を決める「廃置分合」議案が可決され、これで、さいたま市の正式な意思決定がなされたことになります。以降、県議会、総務省の告示と手続きが進みますが、来年の4月1日には、岩槻はさいたま市に編入されることになります。私はこの合併には賛成できないので、反対しました。閉会日の議会は、順番通りに進み、2時半には閉会となりました。それから、会派会議。家に帰って洗濯と夕飯の支度をして、会派の打ち上げ会へ。決算委員(私と森永議員)のご苦労さん会も兼ねた会で、おいしい料理と飲み物でおしゃべり。本当にご苦労様というところです。議会は、市民の意思を決するところです。文字通り、市民の意思を代表してより良い選択をしていくには?と、考えて、調べて、悩んで、議論して、というプロセスにどっぷり入りながら、自分(そして会派)の結論を出していきます。反対派とか賛成派という、色分けでなく、全体として議会の力を上げていければと、臨んでいるのですが、労多くしてで、どこまで達成できたのかと問われると厳しいものがあります。それでも、自分なりに一生懸命、悔いないよう、議会活動に全力投球してやってきました。明日からは、議員活動です。

▼10月15日(金)久しぶりに晴れて、空気も澄んで、もうすっかり秋の風です。緑の深さ、透明な陽光を身体に受けて清清しい気分。ある場所でコスモスがたくさん咲いているのを見ました。いいですね、あのたおやかさ。夜、八ツ場ダムをストップさせる埼玉の会の会議。始めた運動を続けていくことは、粘りがいります。

▼10月16日(土)東京ランポ主催の「まちづくり制度改革シンポジウム」に行ってきました。都市計画についてのシンポです。国分寺市がまちづくり条例を6月に制定したそうです。10月に発行したての「まちづくりの作法を定めましたー国分寺市まちづくり条例のあらまし」という冊子を入手しました。いわゆるハード面でのまちづくり条例で、地区計画やまちづくり計画、開発手続きなどで、なかなか面白そうです。帰りの電車で、ビルの間から、雲の狭間に輝く夕陽を見ました。オレンジ色と金色の光です。昨日の夕陽も素敵でしたが、今日の夕陽にも見入ってしまいました。駅からの帰り道、いつもは自転車なのですが、今日は歩き。友だちの本屋さんに寄って、久しぶりのおしゃべり。知り合いの八百屋さんに寄って買い物。近くの方に会って、街灯の件でお礼を言われたり。やっぱり、歩いた方がいいですね。

▼10月17日(日)気持のいい日です。ふとんを干したかったのですが、洗濯物がたまっているので、ふとんを干すスペースがなく、残念。日曜日だし、お休みモードの日になるかな、と思っていたのですが、下畑静さんの思い出文集作りで、事務所で作業。印刷にかける前の最終チェックで、修正したり。OさんとIさんが版下を作ってページ合わせをして、事務所の刷り機で印刷。時間がかかってました。ご苦労様でした!11月7日に私の関係のリサイクルバザーをやることになり、そのチラシ作りに精を出しました。Aさんが手伝いに来てくれました。ポスティングをやってくれるHさんが、取りにくるというので、あわててチラシ印刷。印刷は間に合ったものの、紙の裁断は間に合わず、Hさんに手伝ってもらって出来上がり。ありがとうございました。そんなこんなで、もう夜です。気のおけない仲間たちとの作業は、いろいろなおしゃべりができて、楽しいですね。

▼10月18日(月)朝晩、めっきり寒くなりました。季節感があるのはいいのですが、時の経つのは何て早いのだろう!とも思ってしまいます。日々燃焼で行くしかないのでしょうが…。埼玉県食肉事業協同組合連合会の食肉交流会に出席しました。新聞で連日、報じられているBSE(牛海綿状脳症)の問題(全頭検査の見直し)がテーマです。県の農林部畜産安全課の職員の方から、詳細な説明をお聞きし、また、国の方針、政策などもお聞きしました。さいたま食肉市場の方からも、現場ならではのお話も聞きました。今までは、1時間で10頭処理できたのが、BSE問題が起こってから、5頭しか処理できなくなったことや、生後20ヶ月以下の牛を検査対象から除外することで、起こりうる懸念(仮に19ヶ月の牛にBSEが出た場合、誰が判定し責任をもつのか、小売店も検査済みの肉しか店頭に出さないだろうし、そうなると20ヶ月以下の牛の肉は扱われない)も聞いて、そうか~と思いました。小売業界はアメリカからの輸入は望んでいないことも、聞きました。国の政策が、どちらに顔を向けているかで違ってくることを実感しました。アメリカに向いているのか、それとも国民(消費者、生産者、小売業者)の安心・安全に向いているのか。この交流会に、私は消費者団体の一員として参加しました。他に5つの消費者団体の出席がありました。生産者や小売業界の方たちとの意見交流は、とても大事です。互いに知り合い、協力し合う関係が作られていければいいな、と思いました。埼玉県産の牛で、夢見牛、深谷牛、むさし牛とか、あるそうで、知りませんでした。もっと地場産のことを知る必要がありますね。地産地消で、その食材を使うようにしないと。

▼10月19日(火)健康診断の日です。細川議員の車に乗せてもらって行ってきました。一番最後が胃カメラ。バリウムを飲んで、炭酸のゲップを我慢しているのがつらかった!T議員、Y議員、S議員たちともおしゃべり。さぁ、皆さんの結果が楽しみですね。私も大丈夫かな?健診が終わった後、Y議員に、ステラタウンができたので、見てみたらとアドバイスをもらって、そちらで細川議員と昼食。ステラタウンは、富士重工跡地にできた大型ショッピングセンター(?)。店内は広々していて、ウィークディの昼なのに、若い人たちがけっこう来てました。北区は、利用可能な土地があって、広い、若いまちという感じでした。旧大宮については、土地勘がほとんどありません。浦和だったら、まかせて!と言えるのですが。さいたま市全体を見渡せる目を養わないとと感じました。見るのが一番ですね。ステラタウンの100円ショップをのぞいて、ついつい二人で買い物。7点買って700円。物はもう要らないと思っているのに、台所用品とかを買ってしまいました。

▼10月20日(水)また台風接近で、雨です。どういう訳か資現物収集の日に雨が多くて、新聞紙類を出せずにいるので、家に溜まりっぱなしです。11月は催し物が多いようで、ご案内がたくさん送られてきて、ちょっと整理を怠ると、どこにどの紙が行ってしまったのか分からない状態で、精神衛生上よくありません。9月議会の報告もホームページにUPしようと思いつつ、手がつけられていません。明日の消団連の会議のレジュメ作りを事務所でやっていると、お客さん。自治会の用事もまだ片付いていないですね。午後は議員室に行って、用事を済ませ、また事務所で会派の文書のまとめの作業です。

▼10月21日(木)午前中はさいたま消団連の定例会。関東農政局の方がいらして、今後、消費者団体との定期的な懇談の場をもちたいという意向をお聞きし、私たちも参加させていただくことにしました。午後は、シーノ大宮で、消費生活講演会。お葬式について、NPOの方からお話を聞きました。何かあったときのために、エンディングノートを用意しておくことがいい、というお話に、そうだなぁと思いました。終わってから、生涯学習推進センターに寄って、職員の方とお話です。

▼10月22日(金)浦和警察に行って、防犯についてアドバイスをうかがってきました。地域のコミュニティができているところでは、侵入事件も少ないことをお聞きし、参考パンフをいただいてきました。事務所にとって帰ってお客さんとお話。お客さんが帰られてすぐ、市役所に向かいました。お昼はおにぎりとサンドイッチを食べて、すぐ会派会議です。6時近くまでかかり、急いで夕飯の支度をして、私の関係の会議。時間に追われ、緊張しっぱなしで自分の空腹感も感じません。それでも、会議の途中から、緊張が溶けてきて、Iさんがいつも持ってきてくれるトマトを食べて、Iさん手作りのカレーをおいしくいただきました。ごちそうさまでした。私の夕飯はこれでOKかな。

▼10月24日(日)きのう、新潟で地震があったのですね。伊豆に転居した友人宅に、仲間5人で訪ねました。午後に到着し、一休みした後、近くの山の温泉へ。すぐ近くに川。源泉で露天風呂です。樹々が真上にあって、森林浴を兼ねてのお風呂で、気持いいです。時間帯のせいか、小さい露天風呂には私たち以外はいなくて、のんびりゆったりと入りました。夕方、海を見に行きました。曇っていたので、海に沈む夕日は見れませんでしたが、海の空気を胸いっぱいに吸い込みました。夕飯は、友人宅の庭でバーベキュー。ワイワイと飲み、食べ、眠くなって早々とおふとんへ。ラジオもテレビも無しでしたので、携帯のメールで教えてもらうまで、地震のことはまったく知りませんでした。今朝は早く起きて、また山の温泉へ。顔はともかく、身体がすべすべになった感じです。温泉の帰りに、売店に寄って買い物。地元の人たちが作った野菜や、加工品が売られています。障害者の作業所が作った小物類もきれいに並べられていて、買いました。作った人の名前がラベルで貼られたどくだみ茶、うこん、にがり水、手作りパン、蜂蜜、などなど、いろいろなものがあって、お店は小さいのですが、お客さんがたくさん買いにきてました。昼に、友人のお勧めの回転寿司で、新鮮なネタのにぎりを食べて、おいしかったです。川と海を間近で見て、自分が元に戻っていくような感覚を持ちました。水の流れ、不思議です。

▼10月25日(月)午前中は、グリーンフィンガーズで手話の勉強会です。今回から初級のテキストを使って、先生の指導も厳しく(?)きっちりと教わります。手のひらをこちらに向けるか、あちらに向けるか、いまいち分からなかったりして、私はなかなか覚えられません。自分のイメージにつながるものだと、すぐ覚えられるのですが、単に形だけ覚えるというのは、だめですね。午後は、自分の予定を立てていたのですが、突発の用事が入って出かけたり、事務所に次々と人が来たり、で、今日の予定は明日に持ち越し。明日も、南部建設事務所や都市計画課に行く用事が入り、バッティングしないようにスケジュールノートとにらめっこです。

▼10月26日(火)雨ですね。新潟の被災地も雨だとか。10万3千人余の方々が、496箇所の避難場所で、避難生活をされているのをテレビで報道していましたが、これから寒くなるし、復旧、復興、生活再建も大変だと思います。日本には活断層が2000もあって、今回のようなマグニチュード6.9の地震は全国どこででも起こりうると、昨晩のニュースで言ってました。少なくとも、天災が人災にならないように、こういうところでも政治の責任は大きいと思います。夕べ、帰宅したら、議会事務局から被災地への救援についての報告がFaxで送られてきてました。私にできることは何だろうと、考えているのですが、義援金への協力と、物資を送ることかなぁと。郵便局へ行って、義援金を振り込もうと振込用紙をもらい書こうとして、振込先を書いた紙を忘れてきたのに気がついて、ドジりました。物資送付は、新潟県の災害対策本部に連絡してから、ということなので、今朝から、ずっと電話しているのですが、ずっと話し中です。つながりません。友人やご近所の方に声をかけると、皆さん、新しいタオルとか毛布とか、あるそうなのですが、連絡とれないので、どうしようかなというところです。

▼10月27日(水)午後、会派のホームページのことで業者の方と打合せ。無所属の会のホームページも徐々に中身が豊富になってきています。打合せが終わって、おととい相談を受けた件で、都市計画課と街路課へ。都市計画決定された道路が、さいたま市は149路線あります。どの道路から整備していくのか、まちづくりとの関連はどうか、とか地区計画のことなど、話をきいてきました。都市計画マスタープランをいま、策定中で、17年度策定をめざしているそうです。マスタープランや主要計画を議会の議決事項にする自治体も出てきていますが、さいたま市の場合は、まだそういう話は聞いてないですね。現在、総合交通体系のまとめるための調査をしていることもお聞きしました。両方の課それぞれで、みっちりお話ししたので、帰りは夕方になり、郵便局へは行かれずじまいです。夕暮れの中、車のライト・光がきれいだなぁと、次々と走ってくる対向車を見ながら、思いました。車のライトを美しいと感じたのは初めてです。

▼10月28日(木)ようやく、ようやっと、母の住むケアハウスへ行ってきました。行く前に、バザーのご提供品をいただきに行って車に積み込み、郵便局に寄って新潟中越地震の義援金を振り込みました。実家の家で、衣装もちの母のタンスから、頼まれた衣類を探すのに時間がかかりました。庭をぐるりと回ると、柿がたわわに実っていたので、袋一杯に取り、コスモスと菊を花束にし、すだちが色づいていたのでいくつかもぎり、母へのおみやげです。母は元気で、気丈で暮らしているようなので安心しました。帰りは、夕方になり、太陽が沈む直前です。関東平野の田園地帯の地平線のところで、あたりを橙色に染めながら、丸く白く輝いて、太陽が沈んでいくのを横目で追いながら運転してました。母との別れは、やはり切ないです。通いなれた道ですが、往復6時間はさすがに疲れます。

▼10月29日(金)自治会の役員会と会派の会議がバッティングして、役員会は欠席。午前中は会派の勉強会。介護保険についてです。午後は会派会議。早く終わるかなと思いきや、4時までかかり、その後事務作業や話をしたりして、市役所を出たのが5時半過ぎ。自分の駐車場についてから、生協の品物受け取りで寄り道するのを忘れたことに気がつき、また車で引き返し。きょうは朝も、非効率なことをやってましたっけ。車に乗ろうとしたらキーが見つからない。家に戻ってバッグをひっくり返してもない。昨晩と今朝の自分の行動を必死に思い出しながら、テーブルの下を覗いたり、夕べは疲れて眠くてズボンのまま寝てしまったんだ、キーをズボンのポケットに入れたままかもしれないとベッドを見たり、ズボンを今朝洗濯したので、洗濯機の中や干してあるズボンのポケットを見てもない。…時間が迫って焦りました。もしやと思って洗濯物を入れるかごの中を見たら、ありました。この間20分ぐらいでしょうか。早めに行く予定を立てていたので、勉強会には充分間に合いましたが、急いでいる時ほど焦っちゃいけないってほんとですね。急がばまわれ、とはよく言ったものです。何事も落ち着いて、です。

▼10月30日(土)昨日の自治会の役員会で、新潟中越地震の被災者の方たちに支援したい、自治会のお金を出すよりも、一軒一軒まわって募りましょう、ということになったそうで、きょうは朝から、自治会の役員で分担し合い、義援金の募金のお願いをしてまわりました。皆さん、趣旨を話すと、快く応じてくれました。明日もまわって、集計することになっています。日頃、地域のコミュニケーションができていると、こうした助け合いもスムーズにいきますね。新潟県災害対策本部に電話がつながりました。義援物資は、一応整ったが、今後消耗品などで必要になるものもあるので、時期をみておくるか、単品ごとに登録しておいて新潟県からの連絡があったら送るかの2つの方法があるということでした。私がまとめて送れるのは、自分と何人かの方たちが出してくれたタオルで、どれぐらい必要なのか分かりませんが、一応登録しておきました。昨晩、さいたま市のホームページを見たら、さいたま市の対応がUPされてました。

▼10月31日(日)慌しい一日でした。洗濯したいのにできません。新聞も郵便物も書類もぐしゃぐしゃです。11時にさいたま市の消防フェア開会。昨夜は、議会運営の本をつい読みふけり、夜更かししたので起きるのが辛かった。消防フェアには去年行かなかったので、どんなものかと今回は出席の返事を出しました。レッズの坪井選手が一日消防署長で、ファンの人たちがたくさん来てました。そしてびっくりしたのは、小さいお子さん連れがほとんどだったこと。イベントに若い人、若い家族連れが来るのは喜ばしいですね。デカレンジャーの舞台には、たくさんの人垣、それも子どもを肩車に乗せて、パパさんたちがぐるりとまわりを囲んでいるのはなかなかの光景でした。1時間ぐらいぐるっと見て周り、帰宅して、私のマンションの方たちに新潟中越地震の被災者の方たちへの義援金集め。50%の在宅率です。お昼を食べる間もなく、会派の勉強会へ。議員活動についての勉強会です。議会活動がなかなか市民の目に触れられないことや、理想と現実の狭間で何を獲得していくのかとか、日ごろの問題意識を触発されました。討論、採決のあり方、委員会の役割、政務調査費の位置づけ、会派のとらえ方等々、議会の運営の仕方も、今までの歴史の中から生み出されてきているし、より良きを目指す人たちの努力で、現在があることが実感できました。私が漠然と感じていた問題意識が、講師の先生によって言葉化されたみたいで、聴いていてうれしかったです。実務、実践、現場をふまえた言葉化(理論化)は、説得力があり、同じ思いの人ともつながれるし、私は好きですね。基本はやっぱり市民の目線、ということですが。

▼11月1日(月)香田証生さんが遺体で発見されたことが、大きく新聞に載っていました。拉致・拘束された時、首相は即座に自衛隊は撤退しないと言明し、外務大臣は退避勧告を無視した者が悪い(迷惑だ)旨の発言をしてました。何ておごった言い方をする政治家なんだろうと、不快な気持ちで発言を聞きました。自己責任論で片がつくのなら、政府はいらないです。イラクでは10万人が亡くなり、米軍の死者も1100人との記事がありました。行政、政治の責任は、人々のいのちを守ることがまず第一でしょう。香田証生さんは24歳の若者です。人の敷いたレールに乗って人生を歩くのでなく、自分で自分の人生を歩もうと思う年齢です。本当にこういう結果になって残念です。ご無沙汰している方からバザーの品物提供の声がかかり、2軒のお宅にうかがってきました。お一人はお連れ合い(夫)を14年間介護された方、もう一軒の方は、身体が虚弱でこの夏2回入退院を繰り返し、いまも家で安静中。お連れ合い(夫)が洗濯、買い物をしながら、ご夫婦で暮らしています。2軒のお宅で短時間でしたが、お話してきました。謙虚に暮らしの中に身をおいて、人生を歩まれている方たちとお話すると、人の命の大切さがよけい伝わります。

▼11月2日(火)午前中は、午後に出す無所属の会の予算要望の最後の修正作業。痴呆の方のグループホームについての相談へのお応えなど、電話連絡。午後はニュージーランド海外視察の第3回打合せ会。ニュージーランドについて、インターネットで調べても概略しかわからず、地方自治とか福祉や環境政策などは図書館で調べるしかなさそうです。打合せ会終了後すぐに、障害者協議会理事会へ。途中からの出席です。障害種別に異なる団体が一同に会して、一つの活動、運動をつくっていくことは時間がかかりそうです。帰宅して夕飯をつくってから、自転車で会合先へ。この頃は車ばかりなので、体力が落ちているのを実感です。今回の会合のテーマは、60歳を過ぎてからの生き方。諸先輩のお話は参考になります。わかったのは、人生設計通りには行かないだろうな、ということ。いまを精一杯に生きる、現在は生かされているのだ、ということなのでしょう。

▼11月3日(水)10時から2時近くまで、浦和北部第2社会福祉協議会創立30周年記念式典・祝賀会に出席しました。弁護士の伊藤政子さんが「最近の家族関係について」と題して、記念講演をされ、身につまされながら、興味深くお聴きしました。1時から事務所で、仲間たちがリサイクルバザーの値段付けをしてくれているので、事務所に戻り、私も参加です。ちらしを見たからと、3人の方が品物を持って来て下さったり、電話が入ったり、日頃、ご無沙汰している方や、初めての方、いつもバザーに出してくれる方など、ご協力の声がかかってうれしいです。ありがとうございます。

▼11月4日(木)午前中はまちづくり特別委員会の資料に目を通し、午後、まちづくり特別委員会。見沼たんぼの保全、活用、創造、セントラルパーク、見沼地域における農業振興について執行部からの説明を聞いて、質疑です。終わってから、食の安全推進委員会を傍聴しました。食の安全推進指針策定のための委員会です。さいたま市消団連から委員を出しているので、議論の推移がどうなっているのか、関心があります。傍聴席に坐っていても、つい意見を言いたくなってしまいました。夕方は、バザーのご提供品の受け取りです。7日が晴れますように。

▼11月5日(金)午前中、早々と若いお母さんたちが値段付けにきてくれました。午後も、ご近所の方や友人が値段付けにきてくれました。品物も、私が取りに行ったりしてますが、事務所に持ってきてくださったりと、本当にありがたいです。議員活動が忙しく、バザーのちらしを作るのも遅くなったし、ポスティングも遅れたし、品物を受け取りに行く時間があるのかどうかも不安だったのですが、ご近所の方たちや仲間の協力で、何とかやれそうです。午後は、会派の会議でした。5時までかかりました。帰宅の途中に生協の品物を受け取りながら、その家の方とおしゃべり。このところ、日曜も祭日もなく外に出っぱなし、毎日緊張を持続しているので、何もしないでリラックスして、家の中でごろごろする時間がほしいですね。

▼11月6日(土)北浦和小学校の学校公開と北浦和フェスティバルに参加しました。毎年、このフェスティバルと私の関係のリサイクルバザーが重なり、ちゃんと最初から参加できなかったのですが、きょうは開会式から参加できました。浦和警察署のケンちゃん劇団が、寸劇と腹話術で、知らない人に連れ去られそうになったときの対応を演じて、1年から6年までの子どもたちは、興味津々引き込まれてました。校庭では交通安全や地震体験、ゲームなどのスタンプラリーをしてました。午後は、明日のバザーの準備。値段付けの済んだ品物を運んだり、品物をいただいたり…。夕方、ある方から、あるデイサービスセンターの対応への苦情と相談がありました。時間がかかるかもしれませんが、調べることに。

▼11月7日(日)リサイクルバザーも無事終了しました。品物を提供してくださった方々、ちらしのポスティング、値段付け、当日の売り子さん、お菓子やお茶の差し入れ、いつも休憩場所を快く提供してくださるKさん、品物を保管するのに一室を提供してくれたTさん、そして、買いに来てくださった方々にお礼申し上げます。ありがとうございました。売り上げは、66,636円でした。10円~500円ぐらいの値段で、よく売れたと思います。けっこう、身内で買ってるのも多かったですが…。バザーの楽しさは、思いがけない掘り出し物があることですね。今回も、へぇーっというような物やブランド物も出てました。そして、日頃なかなかお会いできない方々や、わざわざ会いに来て買ってくれる方たちとお話しできることも楽しみのひとつです。売り上げから、売り子さん10人分のおにぎり代3,040円、値札378円を差し引いた63,218円のうち、チェルノブイリ子ども基金、タイの少数山岳民族教育プロジェクト、新潟中越地震被災者義援金にそれぞれ1万円ずつカンパします。残りはそえのふみ子とともに街をつくる会の活動資金にします。リサイクルバザーも14年(17回)になりました。毎回、綱渡り的な準備でやっているのですが、結果的にはさまざまな方々のご協力をいただいて、何とか続けられてきています。昨晩、夕飯を食べてから腹部に激痛が走って、息子もいないし、このまま腹痛が治らなかったら明日どうしよう、という状態でした。きょうも体調はいまいちでしたが、いただいた薬を飲み、お天気にも恵まれ、のんびりゆっくりと、いろいろな方々との楽しい触れ合いができたので、よかったです。

▼11月8日(月)午前中は、グリーンフィンガーズで手話の勉強会です。この前の復習をしつつ、きょうは人の名前。私の名前は~です、とかあなたの名前は何ですか?とか、乗り物などの単語、東西南北などを覚えました。みんな真剣に先生の手話を見てまねして、覚えていきます。お昼も一緒に食べました。ボランティアのSさんが、ご自分の畑で作った大根で味噌汁を作ってくれて、おいしかったです。午後はきのうのリサイクルバザーの片付けと、お礼のあいさつ。売れ残りの品物で、いいものはグリーンフィンガーズのリサイクル商品行き、そうでないのはファイーバーリサイクルの回収にまわします。ラッキーなことに、年2回の回収日の2回目が明日です。やっぱり、焼却処理にはしたくないですから。夜は、ノーマライズうらわの役員会。グリーンフィンガーズのパウンドケーキが好評で、授産の売り上げがうなぎのぼりに増えているのは、喜ばしいのですが、デイケア運営は授産だけでないので、課題は多いです。

▼11月9日(火)明日から3日間の予定で、保健福祉常任委員会の視察で家を開けるので、やっておかなければならないことを反芻して、今日取り掛かったのですが、予定の半分ぐらいしかできませんでした。自治会で集めた新潟中越地震の義援金が、356,170円になり、11月1日に読売新聞社の救援募金に依託したのですが、その報告を自治会だよりに載せる作業も終わりませんでした。(ちなみに、私は自治会の募金に4万円出しました。新潟にボランティアで行きたいのですが、行かれないので行ったつもりのお金を出しました。先日、郵便局で1万円義援金を振り込んだので計5万円カンパです。)バザーで出た不用品をえり分けて、ダンボールや燃えないごみなどにまとめたりしているうちに、押入れの整理もしたくなって、そちらに時間がかかったり、洗濯する気はなかったのに、バスマットやトイレのマットを洗濯機に入れて洗濯にとりかかったり、…どうして私はいきあたりばったりが好きなんだろう、と我ながら計画性のなさにあきれています。多分、お休みがなかったので、その反動なんでしょう。きょう、連絡しなければならない方たちへは、一応連絡は済ませて、これから明日の準備です。

▼11月12日(金)10日からきょうまで、保健福祉常任委員会の視察でした。10日は松江市の保健医療福祉ゾーン(市立病院の改築移転と保健センターの建設)、11日は倉敷市のくらしき健康福祉プラザの視察です。2日間の視察は、保健・医療・福祉施設の参考になりました。6月議会からの常任委員同士、3日間、行動を共にする中でお互いに知り合え、和気藹々で過ごせたので、神経を使いながら同行した議会事務局の職員の方も、ほっとしていることでしょう。行きは飛行機でしたが、帰りは新幹線。2時ごろ家に着きました。まだ頭がぐるぐるしている感じです。家に帰って、荷物を整理して、洗濯機を回して、また、日常の活動に精を出すギアチェンジです。

▼11月13日(土)午前中に自治会だよりをつくり、午後から、与野の中央区の区民祭りへ。森永議員と落ち合って、ザーッと見て回りました。区役所、体育館を中心にたくさんの出店ブースがあって、大勢の市民で盛り上がってました。ほかほかの田舎饅頭、大判焼き、デイケアで作ったという太~いさつまいもを買ったり、ビーズの携帯のストラップや指輪をつい買ってしまったり、ぶらぶら会場めぐりをしていると楽しいですね。H議員と会って、できたてのおそばを食べて、おいしかったです。でも、実はその後、気持ち悪くなって、吐いてしまったのですが。蕎麦湯を飲んで、どうもむかむかして変だ、食堂でおかしくなるわけにもいかないしで、トイレへ。トイレに着いた途端、吐いてしまい、「このまま、入院てことになったらどうしよう?早く健康診断の結果が来ないかな」などと、おおげさに思ってしまいました。その後、新都心駅の連絡通路で行われている市の環境フェアへ。さいたま市消団連も出展しました。市民団体や環境関連の事業者などなど、たくさんの出展がありました。不特定の市民の方々に見てもらうには、最適の場所ですね。私の車で移動したのですが、車のトラブルをすべて経験した!と豪語する森永議員から「音がおかしい、絶対どこかがおかしくなっている」と言われ、彼女のかかりつけの自動車整備工場へ。代車を借りて帰ってきました。体調は悪いものの、夕方から夜にかけて、自治会だよりをコピーし、他の回覧物と一緒に回覧をまわして歩きました。きょうの活動スケジュールは9割達成ですが、ほとんどお腹に入ってないので、空腹が頂点です。こんな調子じゃまたやせちゃいます。

▼11月14日(日)昨夜は早々と寝たので、6時には起きたのですが、また寝てしまい、10時ごろ起床。神経と身体はつながっているのですね。昨晩まわりきれなかった2軒に回覧をまわして、昼には家を出なければならないことが、頭にインプットされているので、10時には身体が用意スタートです。食欲もないし、体調もよくないのですが、午後からの八ツ場ダムの集会で、司会をすることになっているので、気力でカバーです。集会では、楡井茨城大学教授の「関東流域地下水盆の過剰揚水規制と環境問題」という講演、嶋津さんの「埼玉県における八ツ場ダムの問題点」のお話、大川隆司弁護士(全国市民オンブズマン連絡会議代表幹事)の「八ツ場ダム住民訴訟の意義と今後の展望」のお話。もりだくさんの中身でした。6都県で住民監査請求~住民訴訟を起こしましたので、今後、司法の場で八ツ場ダム建設の是非を争うことになります。普通に考えれば、もう利水、治水のためのダムは要らないのはわかると思うのですが。楡井さんは、NPO法人「日本地質汚染審査機構」の理事長もされています。環境省がもはや環境を守る省ではなくなったと、NPOで地質汚染を食い止める活動をされています。

▼11月15日(月)やはり風邪を引いたようで、早く治さなければなりません。午前中は、第40回埼玉県消費者大会の実行委員会(反省会)、午後は、引き続き、実行委員会と埼玉県との懇談会です。消費者大会で上げた、県への要請文に対する県からの回答を口頭で聞き、質問するという段取りです。懇談会が終わった後、すぐに近くの会場で行なわれている「市民と行政がともに学ぶ環境講座」に参加です。有害な化学物質対策が、まだきちんと制度化されていないことや、スウェーデンの国家目標(21世紀は人と環境にやさしい世紀とすること)のために、スウェーデン政府がとっている政策について、お聞きしました。興味深かったです。午後は、障害者スポーツ大会の閉会式に出席する予定にしていたのですが、県との懇談会にさいたま市消団連から出席できる人がいないので、私が急遽そちらに出ました。おかげで、環境講座にもかなり遅れてですが、参加でき、いいお話を聞きました。さいたま市の環境政策を考えるのに参考になりそうです。講座が終わったら、行くのは今日しかないと、美容院に直行。予約を入れてないし、いつもお客であふれかえっているので、大分待たされることを覚悟して行ったのですが、ラッキー!(美容院にとっては困るかも)なことに、空いてました。待たずに、髪を久しぶりにカットしてもらい、ホントさっぱりしました。

▼11月16日(火)午前中は議会運営委員会でした。岩槻市との合併に伴う議員定数条例の改正について、説明がありました。1時間ほどで終了し、それから1時間は電話かけをしたり、コピーしたり、ごみゼロ運動に使う自治会用のごみ袋を貰いに行ったり、調べ物をしたり、食堂に行く時間ももどかしいので、おにぎりを食べながら作業。午後は、会派の市内視察で見沼区役所へ。区長さんのポイントを押さえた説明をうかがい、区役所内を見学。武道館と隣の職員研修所、図書館を見学。稼働率とか建物の維持管理とかに、つい関心が行ってしまいます。見沼区はみどりが多くて、浦和区よりも大ぶりなまちづくりができそうな印象を持ちました。基盤整備の要望が一番多いそうです。見沼区からまた、市役所にとってかえり、勤務時間内ぎりぎりに、国保年金課へ行って、国民健康保険の加入状況を聞きました。請願が出ているので、その判断のためのヒアリングです。国保が市民の医療保険の最終的受け皿になっていること、保険料(税)額の是非や、一般財源からの繰り入れなど、考えるほどに悩ましい課題です。いろいろと話し込んでしまい、気がつくと6時をとっくに回っていて、職員の方に「すみません」。議員室で森永議員がコーヒーを入れて待っていてくれました。あたたかいコーヒー、おいしかった!風邪はどこかに飛んでいったみたいです。

▼11月17日(水)昨夜は遅くまで、きょうの自治会の親睦旅行の参加者に配る、防犯講話へのよびかけの自治会だよりを作ってたので、起きるのがつらかった。朝7時15分に、出発です。福島県の木戸川で鮭の遡上を見て、塩屋崎で昼食、小名浜でおみやげを買う行程でした。お昼にはお風呂に入ったり(私は入りませんでしたが)、カラオケをしたりと、ゆっくりし、砂浜の続く海を見て、バスの旅です。ほぼ13時間後の夜8時ごろに帰着でした。日頃、顔は見知ってても、名前までは?という方々も、こうした親睦を重ねて、コミュニケーションが深まっていくのでしょうね。

▼11月18日(木)きのう洗濯できなかったので、ずっと洗濯機をまわしながらがら、書類の山の整理にとりかかります。夕べも遅くまで、消団連のレジュメを作っていたので、身体が重いです。消団連の会議は午後からなので、少しは気分が楽ですが。会議は夕方までかかりました。消費生活展の原稿締め切りは11月末。無理だ、と早々と原締めに間に合わないことを伝えて、ホッ。明日までの原稿作りの資料が、会派のへやに置いてあることを思い出し、5時過ぎに市役所へ。雨が降って、夕方なのにもう夜みたいです。こういう日は、何となく気が乗りませんね。21日からの海外行政視察の準備は、まだ何もできてません。トランクも出してないし、ウ~ン、いつ準備ができるんだ。明日の予定が無事にこなせれば、何とかなるかなと、心づもりはしているのですが。

▼11月19日(金)午前中は、午後からの保健福祉常任委員会と、会派会議にむけて、焦りながら準備です。日々スケジュールに追われているので、いつも泥縄的になってしまいます。きょうの委員会で審査、討論、採決される国保の請願についての態度を決めかねて、担当課にヒアリングしたり、さいたま市の国保の事業概要、議会での議論検索、決算委員会での資料、市が出した国への要望、さいたま市の福祉という冊子、委員会の議事録などに目を通し、最後に国保税の条例を見て、判断しました。そんなにしなくてもいいのかもしれませんが、自分なりに納得して結論を出したいので、ぎりぎりまで調べてました。インターネットで、国民健康保険がどのように広報されているのかも見ましたが、国保税の減額について知りたい人にとって、不十分な情報でしたね。委員会は1時間以内で終わり、次は会派会議。5時過ぎまでかかり、ぐったり疲れました。会派の面々も皆、疲れた~を連発です。言葉と思考が、四方に飛び交いながらの議論なので、疲れるのですね。でもまぁ、疲れてもお互い、言いたいことを言い合って、落ち着く所に落ち着かせられれば、それでよしとした方がいいのでしょう。謙虚に大胆に(どこかで聞いたような?)、議論にのぞむ鍛錬だと思って。

▼11月20日(土)昨日とはうって変わっていいお天気!気持いい日となりました。9時から、浦和区のごみゼロ運動で町内のごみ拾いです。きれいな町内には犯罪も起きにくいとか。道路もきれいになってすがすがしくなりました。午後は、保育所の継続の件で相談を受けました。どんな結果になるかはわかりませんが、動いてみることに。とは言っても、私は1週間留守にするので、それが気がかりなのですが。動き方のアドバイスをして、1回報告を受けることにしました。今日は、レッズの試合、アルディージャの試合の案内が来てましたし、農業祭や、上尾の消費生活展の見学も課題に上がってました。虹の会の芋煮会もありましたね。どれにも参加したいのですが、時間的な余裕でいうと、無理ですね。あきらめました。どう考えても、明日の支度と留守中のことを優先ですね。留守中は息子がいるので、大丈夫でしょうが。

▼11月26日(金)夜8時半過ぎごろ、無事家に着きました。21日から26日までニュージーランドへの行政視察・ハミルトン市姉妹都市提携20周年に参加してきました。飛行機で10時間半は、遠いような近いような…。けっこうな強行軍で、睡眠不足からか唇の下におできができたり(こんなことはめったにない)、腹痛を起こしたり(胃腸薬はたくさん持って行って、毎食といっていいほど飲んでいたのですが、痛み止めの腹薬は考えが及ばず、同僚議員から赤玉や正露丸をもらって、何とかしのぎました)、身体が慣れるまで大変でした。個人的な旅行でしたら、気疲れもないのでしょうが、決められたスケジュールにもとづいて行動し、他の人や受入先に迷惑をかけないことがまずあるので、自分で思っている以上に神経が緊張していたのでしょうね。視察も、姉妹都市提携20周年式典も有意義でした。ニュージーランドの自治体制度が、行って見て聞いて、身体で分かった感じです。行政視察のテーマは、行政改革、自治体運営、高齢者福祉、ごみ・環境問題の4つ。どこでもフランクで真摯に対応してもらいました。機械が苦手な私が、マニュアル片手にデジカメを初めて使用。このhpにも、写真を入れることにチャレンジして、視察報告のページを作らないと。

▼11月27日(土)時差ぼけなのか、午後からの障害者週間の記念事業(さいたま市障害者協議会主催)の会場に行くのに、曲がる道を間違えてとんでもない方まで行ってしまい、ぐるぐるとまわってしまいました。障害種別のそれぞれの団体の人が、自分の体験や思い、希望、差別がまだなくなっていないことなどを語り、聞いていて、へぇーとか、そうだよねぇとか、思いました。お互いに、知らないところを語り合うことは、次に何かを生み出す可能性があります。帰りに、久方ぶりにクリーニング屋さんに寄って、夏物を出して、預けっぱなしにしておいた冬物を受け取り。自分のクリーニングの出し入れまでは、なかなか時間がとれず、ご好意に甘えてしまってます。まるでクローゼットみたいですみません。夕べ寝たのが午前2時ごろですから、まだ身体も頭も本調子になっていず、こういうときは、家の中の片付けをするのが一番ですね。

▼11月28日(日)午前中は、浦和区の防災訓練でした。昨夜、森永議員に貸してあった防災服を受け取り、寝る前に着ていくものをチェック。細川議員が通り道だからと、私を拾ってくれて彼女の車で行ってきました。住民災害対応訓練は、初期消火、応急救護、救出、仮設トイレ組み立てと行われ、全部見て回りました。仮設トイレは10万円だそうですが、助成金が出ないので、なかなか普及しないんだと、ある方が言ってました。お金がないからと、助成対象になってないそうです。知りませんでした。避難場所の備蓄倉庫のかぎも、職員が持っているので、いざというとき間に合うのか、とおっしゃている方もいました。阪神淡路やこの前の新潟中越地震の災害は、人事ではありません。災害が発生したとき、即対応すれば、助かる方もたくさんいるでしょう。日頃から具体的な動き方を、インプットしておく必要があると痛感しました。非常食用レトルトのトン汁と混ぜご飯が配られ、いただきました。味は濃い目でしたが、おいしく食べました。12時過ぎに、訓練は終了し、お茶と乾パン、あんぱんが参加者に配られました。参加した皆さん、お疲れ様でした。明日は、まちづくり特別委員会で三重県の公園2カ所の視察です。1泊2日なので、まだ気分的には楽ですが…。夕べ、久しぶりにお風呂にゆっくりつかり、ぐっすり眠れたので、頭はクリアになりましたけど、郵便物と新聞の2つの山を崩して、一つ一つ目を通すのがプレッシャーですね。

▼11月30日(火)きょうで11月が終わり。明日から12月。月日の経つのは何て早いのでしょう。29日から、まちづくり特別委員会で松阪市の農業公園(ベルファーム)と鈴の森公園を視察してきました。農業公園は今年の4月にオープンしたばかり。23ヘクタールと広々しています。公園内にある「時のぶどう」というバイキング形式のレストランは、地元の食材を使い、お皿も木製、味も家庭的で、すごくおいしかったです。鈴の森公園は、カネボウの工場跡地を利用した公園で、市民グループの提案を受け入れ、市民参画が売りの公園です。さいたま市でも、合併記念公園4haが今年度中にオープン予定です。視察が有効的に生きるといいですね。帰宅早々、FAXやるす電の連絡などなどで、やることがてんこ盛り。グリーンフィンガーズ利用者のSさんのお父さんが、亡くなられ、お通夜に行ってきました。

▼12月1日(水)何とも忙しい一日でした。朝早くおきて、洗濯機を3回稼動。午前9時に緑区役所で区長さんとお話し。区役所内をひと通り見て周っているところで、声をかけられ、立ち話。そこから南部建設事務所の道路維持課へ。産業道路沿いの歩道の補修がなかなか進まないので、いつできるのかの再々度の確認です。ちょっと時間がとれたので、写真屋さんに寄って、現像をしてもらい、待ってる間にお昼をちょこちょこっと食べ、公民館へ。1時半から、自治会の防犯講話ということで、浦和警察署の生活安全課長さんのお話をうかがいました。課長さんのお話はユーモアたっぷり、なおかつ真面目。会が終わり、グリーンフィンガーズへ。職員募集での面接です。グリーンフィンガーズの夕方は、翌日の福祉ショップに出すパウンドケーキの焼ける香ばしい臭いで満ちています。帰りに、K先生のお宅にうかがい、話に花が咲いて長居してしまいました。帰宅すると9時。夕飯作り。ようやく落ち着いて、きょうできた写真に目を通しました。笑える写真がいくつもあって、楽しいです。

▼12月2日(木)なぜか5時頃、眼がさめてしまい、洗濯したり、ごろごろして、さぁ家を出ようという時に、家の鍵がどうしても見つからない!事務所の鍵も一緒なので、困った!9時前には出るつもりでしたので、そのまま鍵をかけずに出かけました。車の中を見てもなし。運転しながら、昨日の動きを必死に思い出してみました。議会の駐車場に着いて、念のために車に置いておいた紙袋をゆすったらチャリンという音。どういう訳か、紙袋の中に鍵が入ってました。9時半からの議運の理事会には間に合いましたが、家は鍵なしなので、議運が終わって家に直行。でも、寄るお宅2軒があったので、寄り道してしまいました。ちょっと心配でしたが、管理人さんも外で動いている時間だし、大丈夫だろうと帰宅。時間の使い方では、目一杯に予定を組まない方がいいということを再度認識です。

▼12月3日(金)10時から議案説明会。資料に沿っての説明ですぐ終わり、10時半から会派会議。会議も終わり、資料などを整理しているうちにもう3時です。5時半からのグリーンフィンガーズの忘年会に、遅刻しての参加です。利用者さんたちが帰り、その後、職員の人たちと話しこみ、気がつくと11時半でした。遅くとも8時には家に帰れると思っていたので、夕飯のしたくもせずに出てきたのですが、もう間に合いません。息子はもう寝てました。いろんな場所で、いろんな人たちが、いろんな風に、一生懸命に生きている。私はどこまでそれらを受け止めて行けるのか?明日も頑張るしかないのですが…。

▼12月4日(土)車の修理屋さんにお願いしていたのが、直ってきました。プロペラシャフトがぼろぼろで、このまま乗っていたら、どこかの道の真ん中でエンコしていただろう、とのことで、知らないことは恐ろしい。代車で乗っていた軽も、小さくて動きやすくて、よかったのですが、私の車はやっぱり、同じ軽でも荷物がドンと積めるのじゃないと。車への趣味はまったくないので、見栄えより働き優先です。息子は、私の車はぼろで椅子も硬くて疲れるからいやだと、乗りたがりませんが。

▼12月5日(日)午前中、緑区の子どもまつりを見学しました。緑区役所の1階、3階を会場に、読み聞かせやお話し会、粘土、けん玉、こままわし、べーごま、輪投げ、折り紙など、懐かしい遊びや、駐車場ではトン汁や竹馬、パトカーや白バイ、消防自動車に乗ったり、と小さな子どもたちでにぎわってました。帰りに、議案で出ている市道路線の認定箇所の緑区内の部分を、地図を頼りに確認。3件ともミニ開発に伴うものでした。廃止路線の確認も必要だね、と一緒に行った細川議員、森永議員と話。それにしても議案の地図はわかりにくいです。土地勘がないと、なかなかたどりつけません。午後は、浦和のさくら草通りで行われている浦和学童保育まつりへ。それぞれの学童クラブが出店で、いくつか買い物。なつかしい方に偶然会ったり、新しく知り合いになった方と参考になるお話ができて、ラッキーでした。夕方からは、議長就任祝賀会へ。こういう会合に出るのは、初めての経験です。大勢の方々が来ていて、びっくりしました。さいたま市議会の議員の人たちも、たくさん出席してました。学童まつりのバザーで、250円で買ったエナメルの靴を履いて出かけたのですが、靴擦れで皮がむけて痛かった!この日は、東京で八ツ場ダムの集会があって、そちらに行く予定にしていたのですが、議案調査や、市内の課題優先で、集会には行けませんでした。

▼12月6日(月)今日のスケジュール予定がいくつか変わり、夜は、故日向隆吉氏のお通夜に行ってきました。私は北浦和に以前住んでいたことがあり、自治会でお世話になっていました。ご冥福をお祈りいたします。こうした式に出ると、思いがけない方々とお会いしますね。

▼12月7日(火)産業道路沿いの歩道の補修が終わっても、フラットにはならないので、困ります。お金をかけて直してもバリアフリーにならないのでは…。区の生活課は予算が限られているというし、建設事務所の道路課でやるにしても、住民から見ると、たらいまわし、二重行政と受け取られかねません。午前中、南部建設事務所に行って、道路補修の件で再々再度の申し入れ。お昼は中央区役所の市民食堂で、定食を食べました。さんまの煮たのがおいしかったです。夜は、グリーンフィンガーズでノーマライズうらわの会議。明日は、12月議会の開会日で、一般質問、議案外質問の通告もあります。私は一般質問はしないので(2月議会でやります)、保健福祉常任委員会の議案外だけですが、その準備もあるので、何となく落ち着きません。消費生活展の原稿もぎりぎりです。もうひとつ、別の団体での原稿の催促もありました。う~ん、どれを先にしたらいいんだ。議案調査との兼ね合いもあるし、気持ちは焦りますが、なかなか進みません。

▼12月9日(木)昨日の12月議会定例会初日は、午前中で終わり、常任委員会の議案外質問の通告を出しました。質問の項目は出したものの、まだ、質問内容が整理できていないので、夕べ午前2時半ごろまで資料を読んだり、メモ書きしたりしてました。息子が「夕飯はいらない」と連絡してきたので、夕飯を作らずにすみ、作業に集中できてラッキーでした。夕飯作りがなかったら、夜もひと仕事ふた仕事ぐらいはできますね。私が議案外質問する児童虐待について、その最新情報は、参議院の厚生労働委員会でのやりとりだと、ある人から教えてもらったので、参議院のHPからビデオをダウンロードし、委員と政府側との質疑を聴きながら、自分の質問内容を精査してました。今日の午前中も質問内容の作成にかかりきり。午後1時から3時まで、盆栽議員連盟の講演会。その後、議案の調査で、与野の児童クラブを5箇所、はしごして見て回りました。私が昨晩、リキを入れて作った質問の職員への説明は、今日の夕方という約束だったのですが、明日に延びたので、今晩もう一回見直しです。

▼12月10日(金)午前中、議案外の質問について、担当所管の職員の方に説明。能書きや自分の言いたいことはともかく、何を聞きたいかをきちんと伝えておかないと、かみあった答弁にはならないので、聞き方に気を使います。それと、どういう答弁を得て、次につなげていけるか、というのも聞き方に入ってきますね。質問を作っていて、一番時間をとるのは、得たい答弁を想像しながら聞き方を考えている時です。言いたい言葉が出てこない、思考が浅いなぁ、もう少し調べたいなぁとか、思いながら質問作成です。午後は、県内の市町村消費者団体活動交流会に出席です。途中で退席し、会派会議へ。夜、事務所で打ち合わせ。昨日、一昨日とお風呂に入ってなくて、今朝も入りそびれたので、早くお風呂に入ってさっぱりしたいですね。

▼12月11日(土)終日、自宅にこもり、洗濯機を動かしながら、児童虐待についての資料を読んだり、質問事項について精査してました。また持ち時間(質問と答弁で10分)オーバーになりそうなので、どれを切ろうかで(質問5分ではそんなに聞けないのに、聞きたいこと、押さえておきたいことがたくさんある)、あれこれ考えていると、時間はあっという間にたってしまいます。家にいると、つい洗い物をしたり、大根を煮たりとかの家事をしながらの「ながら族」作業になります。作業の密度は落ちますね。でも、家事も大事です。掃除は相変わらずやってないので、汚いのですが、食べるのと着るものについては、ちゃんとやっておかないと。庭とはよべない庭の垣根の木の枝を切って、そのまま4~5日放置しておいたのも気になっていて、今日ようやく、ごみ袋に入れて片付けました。うちは、木が少ないので、テラスに出ていると、遊歩道を歩く人とよく目があったりします。アイビーを柵にからませるようにしたのですが、まだ目線の所まで蔦ってないです。

▼12月12日(日)寒い日でした。朝早くに家を出ようと思いつつ、なんだかんだと用事を片付けていたらお昼になってしまい、正午に母のところへ、出発。行って帰って、夜の8時前に帰着。母と会っても、片道にかかる時間より短い時間しか過ごせないのですから、ちょっと消耗です。母は元気で、ケアハウスの生活にもなじみ、楽しんでいるみたいでほっとしました。顔の色つやもよく、ほっぺなどは、化粧もしてないのに赤みがさして、つやつや。しわもないし、とても80歳とは思えません。娘の私の方がくたびれてるかも。ちょうど、親戚の人も来ていて、母の若々しさに驚いていたので、娘としては複雑な心境でしたね。でも、以前から、母は若く見られていて、私と姉妹に間違えられたこともあったので、まぁよしとしましょう。インフルエンザがはやっているから、お正月は実家に帰らず、ケアハウスで過ごす、とのこと。正月くらい家に帰った方がいいんじゃない?と、私が言っても、もう、だめですね。一度こうしたい、と思ったら、私や妹がいくら言っても、その場では「そうね」と聞いていて、「でも、やっぱり~する」というのが、今までの母のやり方。私が頑固なところがあるのは、きっと母のそういうところを受け継いでいるのでしょう。

▼12月13日(月)一般質問の一日目でした。10時からの開会前の9時に、私の議案外質問での執行部への再度の説明。ここで、大体、どんな答弁になるのか、予想がつきます。それでも指摘し、提案したいことがあります。~で、それを伝えておきました。一般質問の登壇者は10人。それぞれ持ち時間が違い、質問も違うし、質問内容の時間配分も違います。ずっと坐って聴いているのも、疲れますね。事務所にも寄らずに帰宅。唯一のリラクゼーションがお風呂というのも、情けないなと思いつつ。

▼12月14日(火)議会の一般質問の2日目。夕方からは、海外視察の反省会。写真の交換で盛り上がりました。

▼12月15日(水)議案調査日で、昼に自治会の役員会と忘年会でした。お鍋とかおさしみとかぎょうざとか、おなかいっぱいです。市の次世代育成支援の行動計画の策定委員会を傍聴に、遅れて行ったら、時間までに入らないとだめと言われ、まだ傍聴席はあったのに、傍聴できませんでした。納得できないので、審議会の運営規定と傍聴規定をもらって、確認したら、確かに傍聴は開会までに手続きをとると出ていました。だけど、肝心の市民向けにの市報には、開会30分前から受け付けとは書いてあっても、開会までに手続きをとることは書いてありません。今まで何回かいろいろな審議会等を傍聴しましたが、どこでも、途中から行っても傍聴できました。市民が時間をとって、傍聴に行っても、開会前に行かないと私のようにシャットアウトされるというのはおかしいし、そのこと自体を知らせてないのはもっとおかしな話です。明らかに担当課のミスで、傍聴規定を見直すことと、きちんと広報することの2点を申し入れました。夜、故阿部征一氏のお通夜へ。浦和市議時代、1年間だけでしたが、市民の風という会派でご一緒させていただきました。ご冥福をお祈りいたします。

▼12月16日(木)保健福祉常任委員会で、午後4時くらいまでかかり、疲れました。朝から最後まで傍聴されていた方々も、疲れた~とおっしゃっていたそうです。議案の審査では、民間学童クラブが既に存在し、小学校も小規模のところに公設の児童クラブを新設する件で、公と民との共存共栄を方針としていることと反しているのでは、という質疑があり、時間がかかりました。保健福祉は、他の委員会より議案も多いし、質疑もたくさんあります。議案外質疑では、私は児童虐待について聴きました。児童虐待の専門の部署を設けてはどうか、という質問に組織改正時に検討と答弁があり、期待がもてそうです。質問内容が多くて、また時間オーバーになってしまいましたが、部長の答弁中に終了のブザーが鳴ったので、何とか最後まで答弁を聴くことができました。夜は、郷土料理研究会の会合。楽しく飲み、かつ食べ、おしゃべりでした。

▼12月17日(金)午後から会派会議です。各委員会での報告と、議案に対する態度の確認などなど。議会が閉会するまで緊張はとれません。会議終了後の夕方、県庁内にある、さいたまタワー誘致事務局に、資料をもらいに行きました。電磁波に関する資料はまだ出てません。年内にはもらえそうです。今週は、議会が続いたので、事務所にはまったく行けずに、HPの更新もできませんでした。夜の会合も続けて入ると、時間の余裕が持てません。洗濯するのがようやっとで、夕飯のしたくも冷凍品と電子レンジ利用が多くなりますね。

▼12月18日(土)第2産業道路の開通式に行ってきました。見沼太鼓保存会の子どもたちが、たたく太鼓はずんずんとおなかに響きました。式典終了後、無所属の会の同僚議員の斎藤議員、土井議員を誘って、グリーンフィンガーズのいも煮会・もちつきへ、直行。もち入りのけんちん汁と大根おろしのからみもち、おいしくて、いつもの私には考えられないくらい沢山食べて、つい食べ過ぎました。もちつきを目にした通りがかりの若い男性が、田舎のもちつきを思い出したと、飛び入りで参加してペッタン、ペッタンと腕をふるってました。すぐに帰るつもりでいたのが、帰りそびれ長居して、あわてて、もち米を提供してくださったMさん宅へ、おもちを持ってお礼です。夕方までに洗濯を3回やって干して、その後、新婚のTさん宅へ伺う予定なので、時間が間に合うかな~。というときに、洗濯機の脱水の調子が変になって、脱水ができない!パニックです。

▼12月19日(日)とうとう洗濯機が壊れて、山のような洗濯物がたまったままです。十数年使ったのですから、寿命と言えばそうなのでしょう。ご苦労様、と洗濯機に言いたいです。よく働いてくれました。電気屋さんに行って、新しいのを注文しました。ドラム式や全自動などあって、迷いましたが、やっぱり二槽式にしました。以前、全自動を使っていて、タオルの端がすぐほつれたのと、すぐに壊れたことがあり、機械はシンプルに限るというのが私の持論なので(生活もシンプルがいいです)、手間はかかるでしょうが、生地を傷めず、原始的なところで二槽式にしました。私は、洗濯はずっと前から合成洗剤でなくて粉せっけんを使っています。今の全自動は、粉せっけんでも大丈夫になったのかもしれませんが…。洗濯機が届くのが火曜日。それまで洗濯物はためておきます。

▼12月21日(火)午前中は、議会運営委員会の理事会と議会運営委員会。午後に新しい洗濯機が来ました。さすがに容量も大きくて、以前よりたくさん入ります。ゴーゴ-とずっと洗濯機を動かしながら、事務作業。公民館で長年活動されている地域の方から、相談。夜は会派の会合。議会中は、朝からずっと顔を合わせっぱなしで、遠慮えしゃくのない会話が飛び交っているのですが、テーブルを囲むとまた違う雰囲気になるから不思議です。夜10時にお開きで、駅から家まで歩くと、風が冷たくて、身が引き締まる感じです。12月20日(月)朝から会派会議で、午前中で終わる予定が午後まで延び、その関係のことを処理し終えたのが4時です。一日中、議会棟にいると、何かつまらないですね。部屋の中は暖かくて過ごしやすいのですが。他の課題が、後手後手に行きそうで焦ります。

▼12月22日(水)市議会12月議会の最終日。平穏に進むかと思っていたら、議事進行がかかり、議場が一時騒然。議会運営委員会の理事会、議会運営委員会が開かれました。議長一任の形で収まり、後は予定通りたんたんと進み、お昼には閉会です。その後、会派会議をして、いくつかの確認。グリーンフィンガーズの親睦旅行が、今日から2泊3日で、無事着いたという連絡。私は、あす皆と合流です。その前に、別の会のレジュメ作りなどの作業をやっておかないと出かけられません。そう思いつつ、今日届いた虹の会の機関紙84ページを読みふけり、そうだよねぇ、自分と人と社会に対してどう向き合うかなんだよねぇ、と独りで嬉しくなってます。虹のいいところは、逃げない、言葉と実践がちゃんとつながっているところ。時間の過酷さを受け止めているところ。忙しくて、なかなか行けないけど、まっとうさを追求する虹の姿勢、大好きです。佐藤さんや金子さんに会いたいですね。会って何を話すということではないのですが。ただ、同じ場を共有したいなぁということだけですが…。障害者の運動というのは、それぞれの人との向き合い方が問われる、制度だけの問題ではない、ということだと思います。

▼12月24日(金)昨日から伊豆の潮風館に行ってきました。潮風館は埼玉県の施設で、バリアフリーの施設です。25人の参加者がいると、現地からこちらまでの送迎のバスも出してくれます。車椅子も乗れ、トイレもついています。今年で3回目のグリーンフィンガーズの旅行は、このバスを使って2泊3日の旅でした。私は昨日、いちにち遅れで3時に到着。夕食は、皆でカラオケに興じて、楽しかったですね。伊豆に住む私の親しい友人も参加してくれて、2ヶ月ぶりに会えて嬉しかったです。早朝、海の向こうに明けの明星がきらめいて宝石のようでした。帰りのバスの中では、漫才のような会話や、Nさんのマイク独り占めの生歌が続いたりと、皆おなかを抱えて笑ったり、笑いすぎて涙を流したり…。障害も年齢も性別も境遇も、それぞれ異なる者同士が、縁あって一つの集団を作り、一つの空間と時間を共に過ごす。これからも、ゆっくりと穏やかに、確実にグリーンフィンガーズが歩んで行ければと思います。

▼12月25日(土)世間的には夕べはクリスマスイブ、きょうはクリスマス。私の生活にはまったく関係ありませんでした。朝から夕方まで、消費生活展の冊子に出す原稿作り。(締め切りを大幅に過ぎていて、消費生活センターの担当の方、ごめんなさい。)遺伝子組み換え食品いらない!のテーマで、この数年続けて出してます。輸入ナタネや大豆の遺伝子組み換え種子がこぼれて自生しているのが、国の調査でも明らかになりましたし、米や大豆の組み換え試験が日本国内でも行われており、見過ごすことのできない問題になっています。夜は、私の関係の会議と内輪の仲間の忘年会。

▼12月26日(日)一日かかって、ニュージーランドの視察報告の原稿作りです。私の分担はハット市の行政改革についてです。当日配布された資料は、英語。レクチャーを受けてのメモを見たり、事前配布の資料とを読み比べたりの事実確認から始まり、当日の英語の資料を辞書で引いたりして、我ながら要領が悪くていやになります。私の結論は、行革は、住民の納得を得ることと説明責任と情報公開がかかせないこと。納得を得るには、得てもらうだけの材料の提供が必要なこと。ハット市が行革に成功したのは、こうした手法をちゃんとやったからだと思いました。原稿締め切りは24日(金)でしたが、これもごめんなさいして延ばしてもらったので、明日には出さないと。

▼12月27日(月)ダブルブッキングをしてしまい、障害者協議会の交流会は欠席。ニュージーランド視察報告と、消費生活展の原稿をそれぞれ届け、会派の議員室で、政務調査費の報告作成作業に参加。お昼に久しぶりにうなぎを食べました。味がほんのりしていて、おいしくいただきました。楽しいひと時でした。明日からの虹の会の忘年会は、やはり無理ですね。まだまだやり残しの仕事、作業が残っていて、そちら優先です。残念!

▼12月28日(火)看板に貼る証票申請の手続き。今日までということで、ぎりぎりセーフ。こういう書類を書くのは苦手です。午後、グリーンフィンガーズに行って、リサイクル品の提供で、Tさん宅から運んだり…etc。「今年一年間お疲れ様でした。ありがとうございました。来年もまたよろしくお願いいたします。」~と年末のご挨拶。

▼12月29日(水)朝、外を見ると雪です。「うわぁ、まいった!」夕べ、夜なべで自治会だよりを作ったので、今日中に回覧として配る段取りでした。パソコンソフトを買いに行って、郵便局に振込みに行って、印刷作業も今日中に仕上げて、看板の証票も貼ってと、夕方までにやる予定が、この雪でどこまでできるやら。8年前の雪の朝、ごみ出しのとき、ツルッと滑って右腕手首を複雑骨折したのがトラウマで、凍る道は歩くのが怖いです。作業が立て込んで、疲れて焦っていた時でしたっけ。焦らない、焦らない、と自分に言い聞かせて、そろそろと道路を歩き、車をゆっくり運転し、時計を見ながら作業です。Iさんが朝から夕方まで、手伝ってくれて助かりました。Iさんは、何とかなるさ式で、合理的に物事を処理していこうというタイプ。いくつか漏れはあったけど、今日の予定は8割がた終わってホッです。

▼12月30日(木)終日、手紙の山と書類の山と格闘。私の狭い部屋の真ん中のでんとした丸いちゃぶ台。議会のあるたびに、そこに関連資料がバサッバサッと置かれ、片付けなくちゃと、いつも思いながら、一年近くが経過。今日こそやるぞ、と分類整理にとりかかりました。でもつい読んでしまうんですね。脈絡なしに、さまざまなパンフや新聞記事や会議録等々。ちゃぶ台をしまって、少し部屋らしくなりました。明日は家の中の掃除です。そういえば年賀状の用意がまだでした。選挙区内に賀状を出してはいけないので、こちらからは出せないのですが、返事は出さなくてはなりません。選挙区外はいいそうですが、やれてないですね~。

▼12月31日(金)雪です。寒いです。きょうで2004年が終わります。皆様はどんな一年を過ごされたでしょうか。私にとってはあっという間に過ぎた一年でした。議会活動では、会派での(会派としての)活動にエネルギーを集中し、予算特別委員会や企業会計決算特別委員会に全力集中、議会運営委員会の委員としても緊張して取り組みました。プライベートでも、いくつかの出来事がありました。3月に母のケアハウス入居。つい最近、次男が独立。完璧なシングルになりました。もうこれで、夜出かける前に慌てて夕飯を作る必要はなくなりましたし、毎日の洗濯もやらずに済みます。ほっとしたような寂しいような、複雑ですね。議会・議員活動最優先でやってきて、相談や課題にも精一杯、対応してきましたが、やり残しもあります。来年はもう少し、計画的にやれればと思っているのですが…。議員活動(特に政令市となってからの)はすごく忙しいです。やること(やらねばならぬこと、やりたいこと)は山積。力は未熟を自覚。問題意識はあるのに、時間が追いつかない!と痛感した場面がいくつもありました。もう一人のそえのが欲しい、という感じです。でも、そんな風にはがゆさを感じながらも、元気に活動できるのは、さまざまな方々からの協力、応援があってこそできるのですね。皆様からのご支援に心から感謝し、3年目を迎える政令市での議員活動をよりトータルに遂行できるようにしていきます。もっとフィードバックしたいです。現場主義そして勉強、課題解決力。自分らしさにこだわりながら、謙虚に、しなやかに(しぶとくも入るかな?)生きたいですね。明日から2005年。良い年となりますよう!